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傭兵と彼女  作者: 七夕
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 ギルドと帝国が手を結んだ。


 それを知らされたのは、アジトにギルド団員の全てが召集された日であった。

 同盟。国家直属。ギルド史上初の快挙――そんな言葉が団員の興奮した声と共に飛び交った。これから激化するであろう大きな戦に向け力を合わせ、勝利の栄光を共に掴もうではないか。皇帝からギルドに向けられた言葉は大きな栄誉であり、力であった。国家権力が味方に着く意味は想像もつかぬほど大きい。これからは街を歩く度、武器に刻まれた帝国の紋章を見た民から賛辞をもらい、憧憬の眼差しを送られる立場となる。それを思うと皆の表情は生気に満ち溢れ、大きな使命感に心震わせ、全体の士気がこれ以上ないほど高まった。アジトは興奮の熱気に包まれていった。


「要するに国の良い様に扱われるってことでしょ」

 一方、ギルド内で腕のある実力者たちの表情は芳しくなかった。

 壁に寄りかかり沈黙を決め込んだクラウディオの隣にいる、希代の魔術師と呼ばれる者や巨人の申し子と呼ばれる格闘家。銀獅子と謳われる剣士等。豪華な面子は揃いもそろって不服そうに眉を顰めていた。

「国家直属という聞こえは良いかもしれんが、皆それに騙されているな。これまでとは勝手が違う。帝国の命令に対しては絶対となる。それこそ、囮として死ねと言われたら死ににいかねばならないのだからな」

 銀獅子が冷静に言えば、魔術師が不服そうに悪態を吐いた。

「負け戦なんか請け負う気、さらさらないんだけど」

「同感だ!マスターは何を考えてんだ!俺は帝国の犬になる気なんてこれっぽっちもねぇぞ!」

 剛金のような筋肉が身に着いた大振りの腕を手で叩きながら格闘家も怒りの声を上げる。他の実力者も彼と同じ意見のようで表情は浮かばずであった。


「こんなところにいたのか」

 彼らとそれ以外の団員の温度差を見比べていると、ヨウがこちらへ歩み寄って来る姿が目に映る。クラウディオが顔だけ上げるとヨウは微笑み、彼に向って手招きした。

「ヨウ。お前はどう思ってるんだ。聞けばこれから傭兵の派遣は全て、帝国軍が管理するそうじゃないか!そうなったらお前はどうするんだ?」

 ぴくりとクラウディオが反応する。一方、ヨウは笑って答えた。

「俺のことより自分の心配をするんだな。帝国の犬になりたくないのならギルドを抜けるしかないぞ。良く考えろ。――クラウディオ。一緒に来てくれ」

 詰め寄る格闘家にそれだけ言うと、ヨウはクラウディオを一瞥して先へ歩いて行った。呆然とする格闘家を尻目に壁から離れ、言われた通り彼の後へ着いていく。

 恐らく、二人でしたい話があるのだと、なんとなく悟った。




 アジトの裏には少し開けた広場がある。ここは傭兵たちの訓練場にもなっており、様々な用具が散り散りに置いてある。その間を抜けさらに奥へ進むと閉鎖的な並木があり、その奥には静かな空間が広がる。

 二人が辿りついたのは墓地だった。

「――今回は四人。クレイン、ディアナ、セネル、アルベルト」

 読み上げたのは手元にあったチョーカーに掘られた名である。そのチョーカーを、真新しい石の十字架に掛け、ヨウは白い花を添えた。

 クラウディオは知っていた。

 派遣先で命を落とした団員の魂を、ヨウがたった一人、此処で弔っていることを。

 受付は派遣先の情報がいち早く入る機関である。戦の結果はどうだったのか。何か収穫はあったか。そして、団員の生死確認。誰が生き残り、誰が命を落としたのか。全く分からぬわけではなく、情報が得られた場合は死亡確認の証拠として、一人ひとりが必ず持つギルド団員の証となるチョーカーが所属ギルドへ返される。身体は戻って来ない。どのような状態で死んだのかは、大雑把な情報が届くのみなのである。

 ギルドの裏に墓を建たのは彼だ。そしてこれは、せめて花を手向けてやらねばならないとヨウが一人でに行っている静かな葬儀であった。誰かが死んだ場合、それを知るのは誰でもなく、彼なのである。それ故の行動であることは聞かずとも察していた。


「お前はどう思っているんだ。クラウディオ」

 黙祷を捧げた後、墓石を見つめながらヨウが問いかける。何が、とは今回の協同宣言の事を指しているのだろう。


 ――帝国のこれまでのギルドの扱いは酷いものであった。それを指し示しているのがこの墓場なのだ。死亡確認についての情報が得られないのは帝国側の管理不足も関係している。任務のほとんどは、国からの要望で戦に駆り出される形式のものばかりだ。故に戦場の情報を管理するのは国なのだ。しかし彼らは、傭兵を使い勝手のいい道具にしか思っていないのだろう。誰が来て、誰が戦って、誰が死んだのか。そんなことはどうでもいいのである。欲しいのは目の前の勝利だけなのだから。

 それを考えれば嫌な予感しかしない今回の宣言。

 『国家直属』――つまりそれは、国の管理下においての捨て駒だと考えていいだろう。

「今回の宣言を反対したところで、覆るわけでもあるまい」

 クラウディオは静かに答えた。

「従うのか」

「お前もいるんだ。放ってはおけない」

 ヨウが隣のクラウディオへ視線を向けた。意外そうに目を丸くする彼の視線があまりにも続くものだから、思わず「なんだ」と返した。「いや」と言葉を濁してヨウはくしゃりと表情を歪めて微笑んだ。

「剣を」

 そこで言葉を一度飲み込もうと躊躇う素振りを見せ、しかしヨウは口を開いた。

「剣を、捨てようとは思わないのか」

 その言葉にはクラウディオでも流石に驚いた。わずかではあるが目を見開き、今度は彼が隣のヨウを見やる。

 どこか、様子がおかしい様な気がした。

「――ヨウ?」

「なんでもない。愚問だったな。忘れてくれ」

 強い風が吹き、黒い髪と金色の髪を揺らした。

「お前は傭兵だ。分かってる。わかって、いるよ」

「ヨウ、お前」

「言わないでくれ」

 言葉の続きを制され、口を閉じた。しかしクラウディオは、あることに気付いてしまった。

 少しの間の後、ヨウの口からぽつりと言葉が零れる。

 「……戦えない俺はギルドここで待つしか出来ない。だから、どういう形であれ帰って来た奴らを迎えてやりたいと思ってる。死んでようが同じだ。俺にとっちゃ、ギルドこいつらは家族も同然だからな」

 ヨウは額に片手をやり、ぐしゃりと前髪を書き上げた。視線は下に落ちており、瞳は憂いを帯びている。

「それなのに。こんな」

 言葉にならない。そう言わんばかりに、下げられた片手が拳を作る。ぎゅうと皮膚が白くなるまで握られたそれは、僅かに震えていた。

「こんな死に方を、する奴らが、増えるような――」


 ぽつり、と。水滴が頬を濡らす。

 空は鈍色。降り注ぐそれは、雨だった。


「クラウディオ」

 ヨウは目を細め、墓石をじっと見つめた。

 雨に打たれ、手向けた花が揺れる。


「お前もいつか、死んじまうんだろうな」


 力なく微笑んだ彼の頬を流れるのは、雨か。それとも。





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