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旧幽  作者: 鵜狩三善
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水に映る

 中学の頃、おふくろにひどい口をきいた。

 きっかけは憶えていない。だがおそらく些細だったはずだ。その頃の俺は反抗期真っ盛りで、進路にも思い悩んでいて、だからおふくろのちょっとした仕業に噛みついたのに違いない。


 おふくろは物静かな性質だった。

 俺への扱いも腫れものに触るようにおっかなびっくりで、生意気を言っても強く出ないと察したガキは調子に乗っていたのだ。大人の目線で顧みればただの甘えでしかないのだが、当時は少しもそんな事は思わなかった。


「お前なんかもう親とは思わないからな!」


 威勢良く啖呵を切って、直後頬を張られた。

 予想外の反撃と、ぼろぼろと泣き出したおふくろに動転して、俺は家を逃げ出した。

 衝動的な行動だったからすぐに困り果てた。行く当てもないし、丁度夕食前だったから腹も減っている。だというのに財布すら持っていない。

 しかし子供ながらに見栄があって、そのまま家へは帰れなかった。途方に暮れた俺は、近所の公園に足を運んだ。


 防災緑地を兼ねて整備されたそこは、大型駐車場を備え、野球のグラウンドやフィールドアスレチック風の遊具までもが設けられた、規模の大きな公園だった。

 園内中央の噴水の前に腰掛けて、ただ水の流れを眺めた。


 胸中には、なんであれくらいでという憤りと、なんであんな言葉をという後悔とが半々にある。

 おふくろへの感情を整理できずに悶々としていると、マッシュルーム型の噴水が作る水幕に、ぼんやりと何かが映るのに気づいた。

 目を凝らせば、それは少しずつ鮮明さを増していく。

 やがて水を銀幕に浮かび上がったのは、見知らぬ女性の像だった。その顔立ちはどうしてか、俺の中の懐かしいものを掻き立てた。


 彼女は、案じるように俺を見ている。その眼差しは同時に、たしなめる色も含んでいた。

 どうにもいたたまれなくなって、俺はそこを離れた。

 家に帰ると、おふくろはくずおれたまま泣いていた。詫びるうちに俺も涙が出てきて、折悪しく帰ってきた親父が、何事だと大慌したのを憶えている。



 それからしばらくが過ぎて、高校卒業の日。

 夕食の前に、改まった両親から思わぬ話を聞かされた。

 俺は、おふくろとは血が繋がっていないらしい。実の母は俺を産んですぐに落命し、俺に物心がつく前に、親父はおふくろと再婚をしたのだという。


「何にせよ、おふくろはおふくろだろ」


 流石に驚いたが、はっきりそう答える事ができた。おふくろはまた泣いていた。

 家族での食事を終えてから、コンビニに行くと告げて家を出た。その足で公園に向かう。

 あの日水幕に現れたのは、俺の揺籃(ようらん)の記憶だったろうか。俺を産んだ、そのひとの(かんばせ)であったのだろうか。

 しばらく見つめていたけれど、水はもう、何も映しはしなかった。

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