今も
通っていた中学校の体育館には、何故かずっと同じ横断幕がかけられていました。
幕自体は白地に「一致団結」と黒く書かれた、当たり障りのないごく普通のものです。でもいつからそれがかけられているのか、どうしてそれがかけられっぱなしになっているのかは、誰も知りませんでした。
布地は汚れて黄ばんできてすらいるのに、教職員の誰一人とて、外そうとか変えようとかを口にしないのです。
そもそも体育館に横断幕を掲げるのであれば、普通はギャラリーの柵部分にするのではないかと思います。でもこれは、ギャラリーの床の下の壁面に、何かを覆い隠すようにべっとりと垂らされていました。
あの裏には悪いものが隠されているのだと、生徒達の間で噂になったりもしました。
けれど本当のところは、やはり誰も知りませんでした。
ちょっと捲ってみるには、幕の位置が高すぎるのです。
脚立でも用意しなければ手は届かなくて、そこまでするほどの事でもないだろうと、皆好奇心を諦めてしまうのでした。
中学校当時、私はバスケットボール部に所属していました。
そして部活で遅くなったある日、ふと閃いたのです。わざわざ幕を捲らなくとも、壁に張り付いて下から覗けば某かが見えるのじゃないだろうか、と。
好奇心旺盛だった私はこれを天啓と思って、即実行に移しました。
頬と胸を押し当てるようにようにして、壁と幕との隙間を見上げます。
すると。
目が合いました。
隙間から、何かがじっと私を見下ろしていたのです。こちら側を覗いていたのです。
ぎゃっと乙女にあるまじき悲鳴を上げて駆け出して、家に帰りつくまで、一度も足を止めませんでした。
その後はできるだけ、幕には近付かないように学校生活を送りました。
そうしていると分かるのです。私以外にも幾人か、横断幕を露骨に避ける生徒がいるのでした。きっと私と同じような事を思いつき、そして覗き返された人達だったのでしょう。
先日、うちの娘が中学校に上がりました。私の通った、まさにその学校です。
入学式に参列すると、体育館の後ろにはあの横断幕がかかっていました。
だから多分、あれはまだそこに蟠っていて。
覗いているのです。
今も。