礎
父から聞いた話になる。
今でこそ上手く回っているが、祖父の代で一度、うちの工場は傾きかけた。左前の経営をなんとかしようと親族一同奔走したが、なかなかに状況は打開できない。
そんなある夜、祖父は夢を見た。
工場の入り口に、何か曖昧として黒いものが佇んでいる。泥を人の背丈にまで積み上げたようにも見えたが、その表面は瞬きごとに形を変じてうねり揺らめき、まるで火事場に吹き上がる黒煙のようだった。
そして、それは告げた。
どこから出しているのかも判らない、感度の悪いラジオの如き雑音混じりの声で。
「この家の井戸には財がある。未明、見出して富貴を得よ」
目を覚まして夢だと悟り、祖父は愕然とした。こんな神託めいた夢を見るほどに追い詰められていたのかと、自分を情けなく思った。
まるで信じないまま、ただ笑い話として弟にだけ話した。
翌、未明。
どしんと地鳴りのような、もの凄まじい音がした。
地震とは違って、揺れは長く続かなかった。衝撃は強くただ一度だけ来て、以降は静まり返っている。
続々と起き出してくる家族の無事を確認していくと、弟がいない。部屋にもいない。
どうしたのかと総出で探し回った結果、裏の古井戸で死んでいるのが見つかった。全身の血が抜かれていたのだという。
「本当かよ」
「本当だ」
俺が混ぜっ返すと、父はひどく苦い顔になった。
「爺さんの弟さんは独り身でな。その保険金が元になって、うちの工場は持ち直した」
だから、本当という事にしておけ。
言い放って、その顔のまま酒盃を乾した。腹の中の黒いものまで、飲み干そうとするようだった。