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旧幽  作者: 鵜狩三善
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埋まっていません

 白い壁が苦手だ。

 厳密には、壁が、ではなく塀が、と言うべきだろうか。家屋を囲うあの仕切りが、白い色をしていると怖気が立つ。

 乗り物でなら、そうした家の前を過ぎる事に問題はない。だが徒歩だと駄目だ。もういけない。どうしても嫌で嫌でたまらなくて、わざわざ遠回りをしてしまう。

 この嫌悪感が、恐怖感がいつ生まれたのかは判っている。

 それは一昨年の旅行の折だ。


 我が身ひとつの気軽な観光だった。夕食を終えてゆっくりと温泉に浸かって、涼みがてらで宿の外へ煙草を買いに出た。

 迷わない程度の遠回りで散策していると、一軒の家が目に止まった。

 灰色のブロック塀の続きの中でその家だけが、夜目にも鮮やかな白漆喰の土壁に囲われていた。

 明らかに風景から浮いている。異彩を放っている。私の背丈を越える高さとどっしりとした幅を備えて重厚なそれは、まるで武家屋敷の守りのようだった。

 家主の風雅の発露であるのだろうか。

 ごてりと盛られたなまこ壁を眺めつつ行き過ぎようとしたところへ、


「埋まっていませんよ」


 そう、声をかけられた。

 驚いて見回すと、女がいた。婀娜っぽく着物を着崩した女だった。あちら側に足場でもあるのか、白壁の上に頬杖をして、薄い笑みで私を見下ろしている。


「そこには、何も埋まっていません」


 目が合うと首を振って、女はもう一度言葉を繰り返した。

 ならば別のどこかには、何かが埋まっているのだろうか。ふとそんな疑問を抱いた。女の目がちかりと瞬いたような気がした。

 一瞬の奇妙な静寂が通り過ぎた。結局、私は尋ねはしなかった。「はあ、そうですか」と愚鈍に口の中で呟いて、足を早めてその場を去った。

 途中で一度だけ振り向くと、女はまだ塀の上から、じっとこちらを見つめていた。


 部屋に戻るやベッドに潜り込んだ。全身が瘧のように震えていた。ひどく寒かった。

 以来、私は白い壁が怖い。

 前を通れば、またあの女が覗く気がして。

 それに。

 今度は言われてしまうかもしれない。「ここに埋まっていますよ」と、そう言われてしまうかもしれない。

 どうしてなのか、理由はわからない。

 けれど私にはそれが、ひどく恐ろしい事に思えてならないのだった。

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