11. エピローグ
ヴァルドワーズの『真実の愛世代』と『7人のうわきし』
叫んだ『真実の愛』はその時の見てくれは華やかなものだったが、どれも長続きしなかった。
まずフィリベール王太子だが学園で見つけたお気に入りの令嬢に非凡なる魔法の才があったことに目をつけ、彼女に聖女の肩書きを与え、自身の妃に据えようとした。ようはお前は聖女なのだから婚約者は王太子である俺様が相応しいと言い張って無理矢理婚約を結ぼうとしたわけだ。
ところが、その令嬢に聖女の肩書きを与えたまではいいが、いざ彼が求婚すると彼女は激しく拒絶し、王太子妃になりたくないと泣き叫んで、王城中を巻き込んでで大暴れしたそうだ。
アネット妃はその時の様子をブランシュにこう語った。
「なんというのかしら。慣れてない猫の腹を無理矢理吸おうとしたような感じかしら? わかりづらいですって? ならば猫を獣医に連れて行ったよう感じ? それもわかりづらいですって? ならば嫌がる猫の尻尾を引っ張ったような・・・」
猫から離れて欲しい。
どんだけその聖女にされてしまった令嬢は猫っぽかったのだろうと、他人事のようにすました顔でブランシュは紅茶を飲んでいたが、アネット妃から「その聖女にされてフィリベールに求婚された子はあなたの義妹のクロエよ」と言われ、紅茶を吹き出しそうになってしまった。
ブランシュは小さな身体で猫のように大暴れするクロエの姿が容易に想像できてしまって頭を抱えた。
幸いクロエには何のお咎めもなかった。むしろ非難の矛先はフィリベールに向かった。嫌がる令嬢を無理矢理婚約者にしようとしたことに加え、それとは別に『真実の愛』を王城に囲っていることもどこからか暴露され、年頃の令嬢のいる貴族家を中心にフィリベールは次期王に相応しくないと表だって紛糾されるようになってしまった。クロエを聖女にしてしまったのも問題だった。これまで静観していた神殿がフィリベールを糾弾し始めたのだ。神殿にとって聖女は尊い存在だ。クロエを紹介したのはヴァルドワーズ王家だが、相応しいかどうかを判断したのは神殿だ。彼らは総本山の大神殿にも取り次ぎ、クロエが聖女に相応しいだけの能力と品位を持っていることを確認し、ならばとヴァルドワーズ王家に神殿との連名でクロエへ聖女の地位を授与することを許可したのだ。王家が守ってくれるなら心強いだろうと。
ところが、その後にやってきたのは聖女クロエが全く望まない婚姻だった。聖女クロエは文字通り泣き叫んで嫌がったのである。
そして神殿もクロエにこう言われてしまった。
「私は聖女になんかなりたくなかった。聖女にされたせいでこんな目に。王家も神殿も嫌い」
クロエは学園を卒業してすぐに、イエール伯爵家から籍を抜き、伯爵令嬢の立場を捨てた上で、魔導師塔に入ってしまった。魔導師塔は完全な実力社会だ。聖女に認定されるほどの実力があるならば魔導師塔でもやっていける。そして何よりもクロエは魔法が好きで、魔導師塔に憧れを持っていた。
こうなってしまうと王家も神殿も手を出せない。神殿は愕然とした。彼らが尊ぶべき聖女に嫌われた挙げ句逃げられてしまったのである。神殿は大いに怒り、フィリベール王太子が聖女に望まぬ婚姻を強いた結果がこのざまだと激しく責め、フィリベール王太子が王座に就けばこの国に神罰が下るだろうと宣告したのである。
そして国内外に言いふらした。
「ヴァルドワーズ王国で聖女様が見つかりましてね。ええ、あの国では200年ぶりの聖女様です。それはもう才能にあふれ、慈悲深い素晴らしい方です。これは吉兆だと、神殿とヴァルドワーズ王家でその方を正式に聖女と認定し、お守りしようとしたのです。ところがあの国のボンクラ王子が何を血迷ったか『聖女の伴侶には王子であるこの俺様が相応しい』とかほざきましてね。お前を守るとか歯の浮くような台詞を抜かしていましたけれど、劣情が見え見えでして。聡明な聖女様は王子の下心にすぐさま気づかれました。そして王子との婚姻は嫌だと拒絶されたのです、お可哀想に。それでもエロ王子は婚姻を強行したものですから、聖女様は激しく泣かれ、貴族令嬢の立場を捨て、お籠もりになってしまったのです。『聖女になんかなりたくなかった』とまで言われまして。エロ王子は『真実の愛』を王宮に囲っているのですから、それで満足しておけば良かったのです。スケベ王子はメイドのケツでも追いかけてりゃいいんですよ、ぺっぺっぺっ!」
最後の方は隠す様子もなく直球で不敬であり、それを聞いたピエール王とフィリベール王太子は怒り狂い、神殿関係者を不敬罪で捕らえようとしたが。
「やれるものならやってみろ。この身が滅びたとしても神殿は貴様らヴァルドワーズ王家に屈さぬ」
と神殿が対決姿勢を露わにしたので、うかつに手出しが出来なかった。ただでさえ支持が落ちていたピエール王とフィリベール王太子はこの件で完全に国内の貴族達からも民衆からも見限られた。
そしてここぞとばかりにアネット妃が議会と貴族をまとめ上げ、フィリベールを廃嫡に追い込み、ピエール王と第一正妃とフィリベール王子はまとめて王家の離宮に幽閉となった。いずれ彼らは病を得て儚くなるかもしれない。
そしてアネット妃の娘である双子王女の姉が王太子を飛ばして女王となり、その後見にアネット妃がついた。とはいえ、これまでも王族が担う国政はほぼアネット妃が熟していたのだから、国の運営体制は変わることはなく、むしろ王家に巣くっていた無能が除去されたおかげで、風通しがよくなるという有様だった。
王家の傍系となる2つの公爵家であるが、オーベルヴィリエ公爵家は3人の娘が産まれたのでこちらは跡継ぎに問題はなし。実は高位貴族達はうっすらとブランシュの娘達がレオンの子ではなくシモンの子なのではと感づいていた。そしてアネット妃には件の特例に関わる根回しの時にこのいきさつの一部を話してあるので、彼女はブランシュの娘達がシモンの子であることを知っていた。だが、様々な事情で次期当主の子種が使い物にならない時、別のところからその家の血を引く子種を持ってきて跡継ぎをもうけることは、これまでも貴族家では表沙汰にはしないが行われてきたことなので、あえてそこをつつく貴族はいなかったのである。血を残すというのはそういうことなのだから。
もう片方の公爵家は跡継ぎ不在で混乱していたが、こちらは双子王女の妹が継ぐことになった。元々この国の公爵家は王族の血を絶やさぬ為のいわば予備的な存在だったので、公爵家の直系がいなくとも、王族がその後に入れば王族の血の保存という役割はそれで果たせたのである。
かつて真実の愛を叫んだ侯爵家2家も、結局当主の弟妹の子を跡継ぎとして養子に据えることになった。真実の愛から産まれた子は弱く、跡継ぎを残せなかったのである。
1つの侯爵家は子女の虐待から違法行為が多数発覚したため既に取り潰し、辺境伯家は早々に当主をすげ替えたので、結局、『略奪平民女』の血は後に残らなかったのである。
だがそれらはもうブランシュには関係ないことだ。
彼女には既に守るべき家と愛すべき娘達がいるのだから。
公爵という立場は忙しいものだが、ブランシュは幸せを噛みしめながら毎日を過ごしている。
彼女の最近の楽しみは実家のイエール伯爵家にチクチクと工作を仕掛けることだ。
アンドレ・イエール伯爵と後妻は相変わらず領地のことも家のことも顧みず、執事のジャンを筆頭とした気の毒な使用人や代官が執務を熟していたのだが、流石にほころびが出てきていた。おまけにクロエが出奔したので、跡継ぎ不在で混乱気味だった。
ブランシュはそこに目をつけ、イエール伯爵家に支援をし、実際はオーベルヴィリエ公爵家に依存させていった。ジャン達イエール伯爵家の使用人達や代官達もブランシュの味方に回ったので、いずれイエール伯爵家はオーベルヴィリエ公爵家に併合され、分家のような扱いとなるだろう。もはやお家乗っ取りに近いが、当のブランシュがイエール伯爵家の正当な嫡子であるため、問題視されなかった。むしろとっととボンクラ伯爵夫妻を追放してブランシュの娘に継いでもらった方がいいだろうという見方をするものが大半だった。
ブランシュとしては亡き母親との思い出が残ったイエール伯爵家の屋敷を取り戻したかったのと、優しかった使用人達を迎え入れたかっただけだ。そして必要なら3人の娘達の誰かが継ぐことが出来るように。
工作を仕掛けるのが少しばかり楽しいというのは否定しないけれど。
「お姉様って結構怖い。というか黒い?」
ブランシュに公爵邸に招かれて、事情を聞いたクロエが一番に放った言葉がこれだ。イエール伯爵家に手を出すなら、ブランシュはクロエの意思も聞いておこうと思ったのだ。だが、クロエは伯爵家を継ぐ気は全くなく、両親への愛情もないと言い切ったので、ブランシュは遠慮なくイエール伯爵家を切り崩しにかかったのである。
クロエの服装は魔導師塔所属の魔導師の正装である黒のローブだ。縁取りには銀糸の刺繍が施されている。そして胸元には猫をモチーフにしたブローチと大きなリボン。相変わらず背も小さく、童顔なので、20歳を過ぎてもクロエは可愛いままだ。そんなクロエに「怖い」と言われてしまったので、ブランシュは少しだけやり返すことにした。
「クロエも元気そうね。ローブも似合ってるわ。でも今度はあなたが聖女・・・ぶふっ・・・いえ聖女の衣装を着たところを見てみたいわ。クロエが聖女・・・ぶふっ・・・。聖女らしい・・・ぶふぉ・・・ところを見たいなって」
普段は理想的な淑女であるブランシュだが、『クロエが聖女』というフレーズだけはどうしても我慢が出来ず、笑いを漏らすのを止められなかった。おまけに娘達がクロエに向かって「聖女様~」なんて手をふるものだから余計におかしくなってしまう。
クロエは憮然として
「私、聖女じゃないもの」
といい頬を膨らませた。
しかし神殿からは正式に認定されており、神殿から発行される年鑑にはきちんと『ヴァルドワーズ王国所属 聖女クロエ』の名前が記載されている。
あまりこのネタでつつくとクロエが本格的にいじけて喋らなくなってしまうので、ブランシュはクロエを揶揄うのをそこまでにした。
晩春の公爵邸は桃色のバラが見頃を迎えていた。風も暖かく、穏やかな時間が流れる。
かつてのイエール伯爵家や王城ではこんな時間は過ごせなかった。知らず知らずのうちに自分を押さえ込み、無意識に周りの一挙一動に気を張って過ごしてきたからだ。
今のブランシュにはこうして落ち着ける場所がある。ここでは気を張らなくてもいい。
「お姉様、顔が柔らかくなった?」
クロエがそんなことを聞いてくる。
そうだろうな、とブランシュは思う。だって
「今、私は幸せだから」
初めての連載作品です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




