この世界は息が詰まる
自傷行為の描写がありますのでご注意を
テレビを点ければ嫌なニュースばかり。だから私は、テレビを見なくなった。チャンネルを変えても同じ話ばかり。長いCMは、番組の後半になるに連れて増えていく。
部屋においているテレビは、完全にモニターと化していて、テレビ番組を見る物ではなく、ゲームをする為だけに存在している状況だった。
そんな私が珍しくテレビを点けた。地上波をつけたのはいつ以来だっただろうか。ネットニュースで見出しが流れてきて居ても立っても居られなくなり、いつも背を向けているテレビと対峙して映像を眺める。
まるで現実味を帯びていない映像。空に光る物体と赤い炎。映画でもドラマでもない、現実で起きている光景に、無意識にぎゅっと拳を握りしめていた。
元々、感受性は強い方だった。良いエネルギーも悪いエネルギーも全部を受け取ってしまうと占い師にも言われた。何となく自分でも「そうだな」と納得した。
ニュースを見なくなったのもそれが理由だ。
事故や殺人事件、いじめ問題に自然災害、それらが持つ悪い気が、視覚と聴覚を伝って私の内側に入り込んでくる。
握りしめている拳にはまだ力がこもっている。心なしか呼吸も浅くなってきた。画面を消せば良いのだが、視線はニュース番組に釘付けだった。
実感のない争い。対岸の火事で、自分は安全な場所に立っているのだけれど、いつ火の粉が飛んでくるのかもわからない。ただ、いま時点で私に身の危険は起きていない。
屋根のある生活、食べる事にも困らず、夜は快適に眠れる。雲泥の差であることは明らかなのだが、そこで私の瞳からポロリと雫が零れた。
恵まれている。恵まれている筈なのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
画面越しでは、生きるか死ぬかの日々を送っている。私は不自由のない生活をして、死がいつ訪れるかという窮地に立たされている訳でもない。ただ、私も戦ってもいる。過去のトラウマと。罵詈雑言の風が毎日毎日吹き荒れて、フラッシュバックを引き起こす。
掌に白い錠剤と黄色の錠剤を乗せて口の中に放り込む。4つの錠剤を水で流し込むが、少し喉で引っかかった。再度水を流し込んで、錠剤は完全に腹の中に収まった。薬が効いてくれるまで、私は両目を瞑って椅子の背もたれに体を預ける。
大丈夫。大丈夫。何も起こらない。
閉じた瞳からは未だに涙が零れていく。心なしか脈が早くなっていく。ニュースの音が段々と雑音になってきて、頭の中を直接ガンガンと殴ってくるものだから、私はテレビの電源を消した。
結局、何も変わらなかった。自分は恵まれていると実感できれば、少しはこの苦痛が和らぐと思っていたのに。私はゆっくりと手を伸ばした。私のお守りは少しひんやりしている。使うべきではないとわかっているけれど、生きているという証拠がほしい。その時、スマホに着信が入る。お守りを置いて私は通話のボタンを押した。
「傷つけてないかい」
その一言で、自分は人と会話が出来て、生きていると実感できた。お守りに頼らなくても「生」を見つけられた。
「よくわかったね」
「返事ないからおかしいなと思って」
あれだけ早く脈打っていた鼓動は、ゆっくりとテンポを落としていった。
「少しお出かけするかい?」
貴方の問いかけに、私は「うん」と返事をした。15分くらいで着くと思うと貴方が言うものだから、スッピンでも良いかと尋ねた。
「問題ないよ。車でドライブするだけ、人混み嫌でしょ」
「よくお分かりで」
気がつくと涙は止まっていて、自然と口元が緩んでいた。通話を終わらせて、ゆっくりと部屋着から外着へと着替える。
ふと気になって再度テレビをつけた。
速報が流れていて、先ほどとは違う映像が流れていた。赤い炎、黒い煙、アナウンサーの焦った声色。はるか遠くで起きている事実に、また心臓が早鐘を打った。
あぁ、この世界はとても息苦しい。この世界は息が詰まる。
私はお守りをこっそりと鞄の中に忍ばせた。それと同時にインターホンが鳴った。扉の向こうには、少し困った顔をした貴方が立っていた。私はといえば、笑顔を無理やり貼り付けていた。
生きづらい世の中で、嘘でも良いから笑っていないと壊れてしまいそうだから、今日も私は外では笑顔を作るんだ。
息のつまるこの世界で「普通」でいるために。
「普通」でいるために、赤い傷跡は隠して生きていく。
悪いニュースをみると、本当に心臓がぐえってなるので、地上波はほとんど見ないです。




