表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『雑用係の退魔師はいらない』と追放されたので辺境で静かに暮らします──え、封印が解けて大妖が復活? だから言ったのに  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

第6話「山の主」

 辺境での生活は、驚くほど肌に合った。


 朝は日の出とともに起きて、コハクと一緒に畑仕事を手伝う。

 昼は山に入って薬草を摘み、薬師の家に残されていた道具で簡単な傷薬や風邪薬を作る。

 夕方はタエさんの家で村人たちと夕餉を囲み、夜はこっそり村の周囲に結界を張り直す。


 地味で、静かで、誰にも急かされない日々。

 こんな暮らしが世の中にあったのかと、毎日驚いている。


「ツムギちゃん、この薬すごく効くよ!」

「おかげでうちのじいさんの腰痛が楽になったって!」

「今度は虫除けの薬も作ってくれないかい?」


 村人たちは気さくで温かかった。

 薬を作れば喜んでくれるし、畑仕事を手伝えば感謝してくれる。

 退魔師団では八年間一度も聞かなかった「ありがとう」が、ここでは毎日聞こえた。


「大丈夫です、慣れて──」


 つい口にしかけて、止めた。

 この村では、その言葉は必要ない。


「……嬉しいです。ありがとうございます」


 素直にそう言えるようになったのは、いつからだろう。


 その日の午後、私は山の中腹で薬草を摘んでいた。

 コハクが肩の上で耳をぴくぴくさせている。


「どうしたの、コハク?」


 異変に気づいたのは、コハクの反応からだった。

 山の奥から、重く濁った妖気が流れてきている。

 地蜘蛛や小鬼のものとはまるで違う、力のある妖気。


「──まずい」


 妖気の方角は、村に向かっている。


 全力で山を駆け下りた。

 村の入り口に着いたとき、すでにそれはそこにいた。


 体長は馬ほどもある巨大な猪。しかし、その体は黒い瘴気に覆われ、目は血のように赤く濁っている。

 額に一本の角を持つ──山の主だ。


「山の主が里に降りてきたのか……!」


 山の主は本来、山の霊脈を守る守護者だ。

 それが瘴気に侵されて暴走しているということは、霊脈の異変が相当に深刻だということ。


 村人たちは悲鳴を上げて家の中に逃げ込んでいる。

 タエさんだけが、鍬を持って立ちはだかっていた。


「タエさん、下がって!」

「ツムギ!」


 私は村人たちの前に飛び出した。

 山の主が咆哮する。衝撃波で地面が揺れ、木の葉が吹き飛んだ。


 ──これは、三割の力では厳しい。


 地蜘蛛とは格が違う。山の主クラスの妖怪を浄化するには、それなりの霊力が必要だ。

 しかし、封印の維持を緩めるわけにはいかない。


「コハク、離れて」

「きゅう!」


 コハクが私の肩から飛び降りた──と思ったら、私の前に立ちはだかった。

 小さな体を精一杯膨らませて、山の主を威嚇している。


「コハク、危ない!」


 山の主が前脚を振り上げた。

 コハクの小さな体など、一撃で潰される。


 ──考えるより先に、体が動いた。


 封印に回している霊力の一部を、ほんの一瞬だけ引き戻す。

 全身に霊力が満ちる。視界が澄み渡り、世界の色が変わった。


「鎮めの術──『静寂』」


 両手を地面につけた瞬間、白銀の光が波紋のように広がった。

 光は山の主を包み込み、黒い瘴気を剥がしていく。

 まるで汚れた衣を洗い流すように、優しく、丁寧に。


 山の主の赤い目から、少しずつ濁りが消えていった。

 巨大な猪はよろよろと後退し、やがて力なく膝を折った。

 瘴気が完全に祓われたのだ。


「……大丈夫。もう終わったよ」


 私はゆっくりと山の主に近づき、その額に手を当てた。

 山の主は穏やかな目で私を見つめ、小さく鼻を鳴らした。

 ──礼を言っているのだと、わかった。


「帰って。山を守って」


 山の主はゆっくりと立ち上がり、森の奥へと消えていった。


 その瞬間、全身から力が抜けた。


「っ──」


 膝が折れる。地面に手をつく。視界がぐらぐらと揺れた。

 封印の維持を一瞬でも緩めた反動で、霊力が乱れている。急いで封印に霊力を戻す。


「きゅう! きゅう!」


 コハクが慌てて駆け寄ってきた。心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「大丈夫……ちょっと、霊力を使いすぎただけ……」


「ツムギ!」


 駆けつけてきたのはハヤテだった。

 無表情のはずの顔に、隠しきれない動揺が浮かんでいる。

 私のそばに膝をつき、肩を支えてくれた。


「……すまない。間に合わなかった」

「ううん。大丈夫、私──」

「大丈夫じゃない」


 ハヤテの声が、低く、はっきりと言い切った。


「今の術は──〈鎮めの術〉だろう。あれを使えるのは、〈鎮めの一族〉の人間だけだ」


 息が止まった。


「なんで……それを……」

「昔の仕事で、記録を読んだことがある。だが〈鎮めの一族〉は百年前に途絶えたはず──」


 ハヤテが私の目を見た。

 嘘を許さない、真っ直ぐな瞳。


「お前──何を封じている?」


 答えられなかった。

 答えてしまったら、もうこの穏やかな日々は終わる。


「……ごめんなさい。今は、言えない」


 ハヤテは数秒間、黙ってこちらを見つめていた。

 それから静かに目を伏せた。


「……わかった。言いたくなったら言えばいい。──ただ、一人で抱え込むな」


 その声があまりにも優しくて、今度こそ涙が零れそうになった。


「きゅう」


 コハクが私の膝に乗ってきた。小さな体で、精一杯の温もりをくれている。

 ハヤテがそっと私の肩に羽織をかけてくれた。


「……ありがとう」


 この人たちになら、いつか話せる日が来るかもしれない。

 そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ