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『雑用係の退魔師はいらない』と追放されたので辺境で静かに暮らします──え、封印が解けて大妖が復活? だから言ったのに  作者: 月代


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第3話「辺境の村」

 王都を出て七日。

 街道を外れ、獣道を越え、山を三つ越えた先に、その村はあった。


 深い森に囲まれた小さな集落。家は二十軒ほどで、田畑は山の斜面を切り拓いたような段々畑だ。

 澄んだ空気と、鳥の声と、遠くを流れる川のせせらぎ。

 王都の喧噪とは別世界だった。


「おや、旅の方かい?」


 村の入り口で声をかけてきたのは、腰の曲がった老婆だった。

 白髪を丁寧に結い上げ、皺だらけの顔に人懐こい笑みを浮かべている。


「はい。ここはなんという村ですか?」

「隠りかくりむらっていうのさ。山の奥すぎて地図にも載ってないけどね」


 隠り村。名前の通り、世間から隠れるように存在する村だ。


「あたしはタエ。この村の村長をやってるよ。──あんた、ずいぶんやつれてるねぇ。いつから何も食べてないの?」


 言われて気づいた。この三日ほど、携帯食が尽きてから何も口にしていない。

 封印の遠隔維持に霊力を使いすぎて、食欲を感じる余裕すらなかったのだ。


「大丈夫です、慣れて──」

「慣れてるからいいって顔じゃないよ。ほら、うちにおいで。汁物くらい出してあげるから」


 断る間もなく、タエさんに腕を引かれた。

 意外なほど力強い手だった。


 タエさんの家は村の中央にあった。

 囲炉裏のある居間に通されると、温かい味噌汁と握り飯が出てきた。

 一口食べた瞬間、涙が出そうになった。


「美味しい……」

「ただの味噌汁だよ。──よっぽどお腹が空いてたんだね」


 タエさんは何も聞かなかった。

 どこから来たのか、なぜこんな山奥にいるのか。

 ただ黙って、おかわりを出してくれた。


 三杯目の味噌汁を飲み干したところで、ようやく人心地がついた。


「ありがとうございます。助かりました」

「いいのさ。で、あんた、これからどうするつもりだい?」

「……正直、まだ決めていなくて」

「ふぅん。だったらしばらくここにいたらいい。空き家がひとつあるし、人手はいつだって足りてない」


 あまりにもあっさりとした申し出に、面食らった。


「いいんですか? 私、何者かもわからないのに」

「何者かなんて、見ればわかるよ。あんたは悪い人間じゃない。それで十分さ」


 タエさんの目は真っ直ぐだった。

 退魔師団では誰も向けてくれなかった、信頼の眼差し。


「……では、お言葉に甘えます。何かお手伝いできることがあれば、何でも言ってください」

「そうかい。じゃあまずは休みな。手伝いは明日からでいいから」


 案内された空き家は、小さいが丁寧に手入れされた一軒家だった。

 縁側があり、裏手には小さな畑がある。囲炉裏の灰はまだ新しい。


「前に住んでた薬師のばあさんが去年亡くなってね。それからずっと空いてたんだよ」


 薬師の家。棚には乾燥した薬草の束がいくつか残っていた。

 窓から差し込む西日が、埃の粒を金色に照らしている。


「いい家です。ありがとうございます」

「気に入ったなら何よりだ。ああそうそう、夕方になると山のほうから小さい妖怪が降りてくることがあるけど、気にしないでおくれ」


 タエさんは何でもないことのように言った。


「妖怪?」

「ここは山の霊脈が近いからね。小鬼とか、火の玉とか、その程度のやつさ。昔から共存してるから、村の人間は慣れたもんだよ。──ただ最近、ちょっと数が増えてるのが気になるけどねぇ」


 霊脈が近い土地に妖怪が集まるのは自然なことだ。

 問題は「最近増えている」という部分。

 それが何を意味するのか、退魔師としての勘が警鐘を鳴らしていた。


 ──でも今は、考えるのはやめよう。


 布団を敷いて横になると、全身の力が一気に抜けた。

 七日間の旅と、封印の遠隔維持で、体は限界を超えていたらしい。


 意識が沈んでいく直前、ふわりと温かいものが頬に触れた。


「……ん?」


 薄目を開けると、目の前に小さな狐がいた。

 手のひらに乗るほどの子狐で、金色の毛並みが夕日に輝いている。

 丸い瞳でじっとこちらを見つめていた。


「……妖狐?」


 微かな妖気を感じる。間違いなく妖の類だ。

 けれど敵意はまるでない。むしろ──懐かしいような、不思議な親しみを覚えた。


「こんにちは。あなた、この村の子?」


 子狐は「きゅう」と小さく鳴いて、私の頬にすり寄ってきた。

 ふわふわの毛並みが心地よい。


「……かわいい」


 思わず指先で耳の後ろを撫でると、子狐は気持ちよさそうに目を細めた。

 不思議な子だ。普通、妖狐は人間にはなつかない。


「名前、あるの?」


 子狐は首を傾げた。ないらしい。


「じゃあ……コハク、なんてどう? あなたの毛の色、琥珀みたいだから」


 コハクと名付けた子狐は、嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振った。

 私の布団の上にちょこんと丸くなり、そのまま眠ってしまう。


「……ふふ」


 小さな温もりを胸に抱いて、私も目を閉じた。

 王都を離れて初めて、安らかな眠りが訪れた気がした。


 ──翌朝。


 村の外れで、異変に気づいた。


「タエさん、あの畑は……?」


 段々畑のひとつが、無残に荒らされていた。作物は根こそぎ抜かれ、土は妖気を帯びて黒く変色している。


「ああ、また夜のうちにやられたよ。最近、山から降りてくる妖怪の中に乱暴なのが混じっててねぇ」


 タエさんは溜息をつきながら、鍬を手に畑を見つめていた。


「退魔師を呼びたいけど、こんな山奥まで来てくれる人はいないし、来てもらう金もないしねぇ」


 その言葉に、胸が痛んだ。

 王都の退魔師団は、辺境の小さな村を守ることすらできていない。

 派手な大妖の討伐には何十人も向かわせるくせに、こういう地道な仕事は放置する。


「──タエさん」

「ん?」

「私、少しだけ退魔術が使えるんです。よかったら、今夜見張りをさせてもらえませんか」


 タエさんの目が丸くなった。


「あんた、退魔師だったのかい」

「……元、ですけど。あまり強くはないので期待しないでください」


 コハクが私の肩の上で、小さく「きゅう」と鳴いた。

 まるで「嘘つき」と言っているようで、思わず苦笑した。

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