第2話「追放」
副団長に就任したカガリさまは、就任初日から精力的に動いた。
団員全員の実力査定。それが彼女の最初の仕事だった。
査定の方法は単純明快。
訓練場に設置された的に向かって退魔術を放ち、その威力と精度を数値化する。
退魔師たちは腕を競い合うように次々と術を放ち、訓練場は熱気に包まれていた。
「さすがカガリ副団長、合理的だ」
「実力が数字で見えるなんて、公平でいいよな」
周囲の評価は上々だ。
──ただし、私を除いて。
「次、封印管理係。ツムギ」
名前を呼ばれて、私は訓練場の中央に立った。
周囲の視線が集まる。その中に、好意的なものはひとつもない。
「退魔弾を撃って。全力で」
カガリさまが腕を組んで言った。
真紅の髪に琥珀の瞳。背筋の伸びた立ち姿は、たしかに〈紅蓮の退魔師〉の異名に相応しい威風がある。
私は両手を構えて、霊力を練った。
全力──と言われても、使えるのは総霊力の三割だけ。残りの七割は封印に回し続けなければならない。
退魔弾を放つ。
淡い光の弾が的に当たり、小さな焦げ跡をつけた。
──それだけだ。
訓練場が、しんと静まり返った。
「……これが、全力?」
カガリさまの声には、隠しきれない失望と軽蔑が滲んでいた。
「はい。申し訳ありません、私の退魔術はこの程度で……」
「数値、出たか?」
「は、はい。退魔力……十二です」
記録係の声が震えている。
退魔師団の平均が百五十。新人でも五十は出す。
十二という数字は、この場にいる全員にとって信じがたいものだったろう。
「十二」
カガリさまが復唱した。その一言に、場の空気が凍った。
「退魔師団に所属していて、退魔力が十二。──冗談にしても笑えないわね」
周囲から嘲笑が漏れた。
ヒイラギとサカキが顔を見合わせて肩をすくめている。
「カガリ副団長、ツムギは封印管理係でして──」
口を挟んだのは、引退間近のギンガ団長だった。
白髪交じりの温厚な老人は、杖をつきながら訓練場に姿を見せていた。
「封印管理は退魔師団の根幹を支える重要な──」
「ギンガ団長」
カガリさまの声が、ギンガ団長の言葉を断ち切った。
「封印管理なら、術式さえあれば誰でもできます。必要なのは手順書であって、専任の人間ではありません」
──違う。
封印管理は術式だけではできない。霊力の微調整、妖気の流れの読み取り、その日の霊脈の状態に合わせた臨機応変な対応。何より、九尾の封印は──。
でも、それは言えない。言ってはいけない。
「ツムギ」
カガリさまが、まっすぐに私を見た。
「あなたの仕事は、マニュアル化して他の団員に引き継ぎます。退魔力十二の人間を養う余裕は、退魔師団にはありません」
追放、という言葉は使わなかった。
代わりに差し出されたのは、『自主退団勧告書』と書かれた書類だ。
「三日以内に詰所を空けてください。退職金は規定通り支給します」
紙を受け取る手が、微かに震えた。
悔しいからではない。怖いからだ。
私がいなくなったら、誰が封印を維持するのだろう。
マニュアルに書けるような仕事ではないのに。
でも、それを証明するには封印の存在を明かすしかない。
そうすれば──玉藻さまが危険に晒される。
「……承知、しました」
声が掠れた。
顔を上げることができなかった。
詰所に戻って荷物をまとめながら、私は玉藻さまに語りかけた。
封印を通じて念話ができるのは、鎮めの一族の特権だ。
『──追放されただと?』
玉藻さまの声が低く震えた。怒っている。
『あの小娘、わしの封印を誰が維持しておるか知りもせぬのか』
「知らないのは当然です。秘密にしていたのは私ですから」
『ならば明かせ。お前がどれほど重要な役割を担っているか──』
「それはできません。封印の存在が知られれば、玉藻さまを利用しようとする者が必ず現れます」
『わしのことなど、どうでもよい!』
「どうでもよくありません」
玉藻さまの声が途切れた。
「三百年も封印の中にいて、ようやく穏やかに過ごせているのに。また争いの種にされるのは、私が嫌です」
『…………』
「大丈夫です。封印は遠隔でも維持できます。距離が離れると負担は増えますが、すぐに崩壊するようなことにはなりません」
『小娘──ツムギよ』
「はい」
『無理はするなよ』
「……はい」
荷物は驚くほど少なかった。
替えの着物が二枚。祖母から受け継いだ封印の指南書。使い込んだ筆と墨。それだけだ。
退魔師団に八年いて、私の痕跡はこれだけしかない。
詰所を出ようとしたとき、背後から声がかかった。
「ツムギ」
振り返ると、ギンガ団長が立っていた。
いつもの穏やかな笑みは消えていて、深い皺が刻まれた顔に苦渋の色が浮かんでいた。
「すまない。わしの力では、止められなかった」
「いえ。ギンガ団長のせいではありません」
「封印のことは──わしから、それとなく伝えておく」
「……いいえ。それだけは、どうかおやめください」
私が首を振ると、ギンガ団長は黙り込んだ。
この人は知っている。鎮めの一族のことも、九尾の封印のことも。
だからこそ、私をずっと守ってくれていた。でも、もう──。
「元気でな、ツムギ。お前は、わしが出会った中で最も優れた退魔師だ」
その言葉に、目の奥が熱くなった。
でも泣くわけにはいかない。ここで泣いたら、もう歩けなくなる。
「ありがとうございます。お体に気をつけて」
深く頭を下げて、私は宮廷退魔師団を後にした。
振り返らなかった。
もう二度と、ここには戻れないと思ったから。
王都の大門をくぐるとき、ふと空を見上げた。
よく晴れた青空だった。八年ぶりに、仕事のことを考えずに見上げた空だ。
「……辺境にでも行こうかな」
あてのない旅路。
でも不思議と、足取りは軽かった。




