第2話 落ちてきた少女
雷鳴が村を揺らす夜だった。
俺は丘の上から、嵐の中心へと落ちていく光を見ていた。
最初は流星かと思った。
だが、軌跡が不自然だ。
直線的すぎる。
まるで、何かが「落ちさせられた」ような。
光は村の外れ、深い森の奥に消えた。
衝撃音はなかった。
ただ、雷が一瞬だけ静まり、嵐の勢いが弱まった気がした。
「……行ってみるか」
俺は迷わず走り出した。
こんな夜に森へ入るのは自殺行為だが、あの光が空島から来たものなら――
これが、俺の知るべき真実への第一歩になるかもしれない。
雨が叩きつける。
足元はぬかるみ、木々が風で唸る。
懐中灯代わりの【魔力灯】を小さく灯して進む。
能力を使うのは危険だが、今は仕方ない。
森の奥、倒木が折れた場所にそれはあった。
少女だった。
銀色の髪が泥にまみれ、白いドレスは破れ、翼のような薄い布が背中に裂けて垂れ下がっている。
年齢は俺と同じくらい、十六か十七。
息はしているが、意識はない。
「……生きてる」
俺は急いで少女を抱き上げた。
軽い。
あまりにも軽い。
まるで骨が空洞のように。
その瞬間、少女の体から微かな魔力が漏れ出した。
俺の【鑑定】が反応する。
【名前:不明】
【種族:空島民】
【所有魔法:天候操作系(上位)】
【状態:魔力枯渇・重傷】
――やっぱり、空島からだ。
心臓が早鐘のように鳴る。
天候を操る存在が、目の前にいる。
しかも、こんな場所に落ちてきたということは……追われているのか?
選択肢は二つ。
ここに放置して、村に戻る。
それとも、連れて帰る。
俺はため息をついた。
「……仕方ないな」
少女を背負い、俺は来た道を戻った。
自分の小屋へ。
村の中心から離れた、誰も来ない場所だ。
小屋に着くと、すぐに手当てを始めた。
転生前の知識で簡単な応急処置。
傷口を洗い、布で巻く。
魔力枯渇には……俺の魔力を少し分けてやるしかない。
両手を少女の胸に当て、ゆっくりと魔力を流す。
【作物成長促進】とは違う、純粋な魔力供給。
やりすぎると俺が枯渇するが、命に関わるなら仕方ない。
すると、少女の睫毛が震えた。
「……ん……」
目が開く。
透き通った水色の瞳が、俺を見上げる。
「ここは……?」
声は小さく、震えていた。
だが、はっきりとした言葉。
この世界の共通語だ。
「俺の家だ。森で倒れてたのを拾ってきた」
俺は平静を装って答えた。
少女は体を起こそうとして、痛みに顔を歪めた。
「ありがとう……私は、セラ。セラフィーナ・ウィンドレア」
――名前を名乗った。
警戒はしているが、敵意はないようだ。
「リクだ。ここは地上のエルド村の近く」
俺はわざと「地上」という言葉を強調した。
セラの瞳が、一瞬大きく見開かれた。
「地上……? 私、落ちてきたの……?」
記憶が曖昧らしい。
俺は静かに頷いた。
「嵐の最中に、光となって落ちてきた。お前、空島の住人だろ?」
セラは息を呑み、唇を噛んだ。
沈黙が続く。
「……どうして、それを?」
「見たからだ。お前の魔力に、天候操作の痕跡がある」
セラの顔が青ざめる。
体が小刻みに震え始めた。
「お願い……誰にも、言わないで」
懇願するような声。
まるで命乞いだ。
「地上の人に、空島のことが知られたら……私、殺される」
俺は静かに首を振った。
「安心しろ。俺も、秘密にしてる身だ」
セラが不思議そうに俺を見る。
「秘密……?」
「ああ。俺には、特別な能力がある。それを村に知られたら、俺もヤバい」
俺は軽く笑って見せた。
セラは少しだけ表情を和らげた。
だが、すぐに不安そうに呟く。
「でも……私は、もう戻れないかもしれない」
「どうして?」
セラは目を伏せた。
「私は……空島で、失敗したの。天候調整の儀式を、しくじってしまって。
魔力が暴走して、島の結界に穴が開いて……それで、落ちてきた」
――儀式の失敗で、落ちてきた?
「それで、追手は?」
セラは小さく頷いた。
「いるはず……私を、消しに来る人が」
その時だった。
窓の外で、雷が再び鳴り始めた。
だが、今度の雷は――不自然だった。
雲が、渦を巻いている。
まるで、何かが「探している」ように。
セラが震える声で言った。
「来た……」
俺は窓から外を見た。
空に、小さな影がいくつも浮かんでいる。
翼を持った人影。
空島の追手だ。
「……まずいな」
俺はセラを見た。
彼女は恐怖で顔を歪めている。
だが、俺の心には別の感情が湧いていた。
――チャンスだ。
この少女を守れば、空島の真実を知れる。
天候を操る仕組みを、直接聞ける。
俺は立ち上がり、セラに手を差し伸べた。
「隠れるぞ。俺の畑の地下倉庫に。追手が来ても、すぐには見つからない」
セラは一瞬迷ったが、俺の手を取った。
「ありがとう……リク」
冷たい、細い手だった。
俺たちは小屋を出て、雨の中を走った。
背後で、雷が一層激しく鳴り響く。
――これが、始まりだ。
空島と地上。
分断された世界が、動き出す瞬間。
第2話 終わり
(次回、第3話 「追手と秘密の能力」)




