第1話 転生、そして不作の村
俺は死んだ。
いや、正確には死んだはずだった。
トラックに轢かれた瞬間、頭の中で最後に浮かんだのは「また残業かよ……」という、なんとも情けない後悔だった。
それが、どういうわけか次に目を開けたとき、俺は赤ん坊になっていた。
名前はリク。
生まれ落ちた場所は、辺境の小さな農村――エルド村。
ここは地上世界。
空には、雲の上に浮かぶ巨大な島々がぼんやりと見えることがある。
村の古老たちはあれを「神々の住まう天界」と呼び、決して近づいてはならないと教えてくれた。
俺が転生してから十六年。
ようやく十六歳になった今、俺はこの世界の異常さに気づき始めていた。
作物が育たない。
いや、育つことは育つ。
だが、収穫はいつも惨憺たるものだ。
三年続けて大干ばつ。
去年は突然の豪雨で田畑が水没。
今年はまた、雨が降らない。
村人たちは「神の怒りだ」と嘆き、祭壇に粗末な供え物を捧げる。
でも俺にはわかる。
これは自然じゃない。
空島の仕業だ。
転生時に与えられたチート能力――【鑑定】と【作物成長促進】――のおかげで、俺は土壌や気象の異常を詳細に見抜けるようになった。
空から降る雨は、微妙に魔力の残滓を含んでいる。
干ばつの時期にだけ、雲が不自然に避けて通る。
これは誰かが、意図的に天候を操っている証拠だ。
だが、そんなことを口に出せば、俺は異端者として火あぶりにされるだろう。
この村に「天候を操る魔法」などという概念は存在しない。
空島の存在すら、神話の域を出ていないのだから。
だから俺は黙って、畑を耕す。
【作物成長促進】をこっそり使って、自分の区画だけはなんとか収穫を確保する。
それでも、村全体は飢えに苦しんでいる。
「リク、また今年もお前の畑だけ実ってるな……」
畑の端で、幼馴染のミアがため息をついた。
金色の髪をポニーテールにまとめ、日に焼けた肌が健康的な少女。
十六歳とは思えないほど大人びた瞳で、俺を見る。
「運が良かっただけだよ」
俺は笑ってごまかす。
実際は、毎晩こっそり魔法を使って土に魔力を注いでいるのだが。
「運って……もう三年連続だよ? みんな、お前の畑の種が欲しいって言ってるけど」
「種は去年の残りだ。特別なものじゃない」
本当は、【成長促進】で強化した種子だ。
でも、そんなこと言えるわけがない。
ミアは少し寂しそうに笑った。
「リクが豊作なら、それでいいよ。私たち、なんとか生き延びられるから」
その言葉が、胸に突き刺さる。
村の食料は、もう限界だ。
このままでは、冬を越せない。
――何か、しなくちゃいけない。
その夜、俺は一人で村はずれの丘に立っていた。
満月の光が、田畑を青白く照らす。
空を見上げると、雲の切れ間に巨大な影――空島が、ぼんやりと浮かんでいるのが見えた。
あそこに、答えがある。
天候を操っているのは、きっとあいつらだ。
俺は拳を握りしめた。
現代日本の知識と、このチート能力があれば――
いつか、あの空島に辿り着いて、真実を知りたい。
だが今は、まだ早い。
まずは、この村を救わなければ。
「よし……」
俺は小さく呟き、畑に戻った。
そして、誰にも見られないことを確認してから、両手を地面に押し当てる。
【作物成長促進・範囲拡大】
魔力が土に染み込んでいく。
まだ実験段階の技だが、少しずつ効果範囲を広げている。
今夜は、俺の畑だけでなく、隣の畑まで届くくらいに。
――でも、これじゃ足りない。
もっと、根本的に解決しないと。
その時だった。
空が、急に暗くなった。
雲が急速に集まり、雷鳴が轟く。
村中がざわつき始めた頃、俺は気づいた。
これは、ただの嵐じゃない。
また、誰かが意図的に呼び起こしたものだ。
そして、遠くの空から――
何かが、落ちてきた。
小さな光。
流星のように、地上に向かって落ちてくる。
俺は息を呑んだ。
あれは、きっと――
空島から、何かが降ってきた。
第1話 終わり
(次回、第2話 「落ちてきた少女」)




