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01「お前が私の妻を買い物に誘わねば事故に遭わなかった」「え……え、ええ〜」

 転生してよかったと思うのは優しい父と母を持ったこと。転生して最悪だと思ったのは父に手を振り払われたこと。


 ことの発端は、辺境に位置する領地を統括する男爵家の分家である家に生まれたことから、全ては始まる。貧乏でもないが裕福でもない。

 どちらでもないからこそ、不幸どころか幸運だった。父たちは仲が良くて、娘の自分もそれだけあれば十分恵まれた立場だ。


 母が、小さなケミティの手を引きよちよちと歩いていると、馬車が突っ込んできて母が跳ね飛ばされるという事件が、目の前で起きた。たまにある事故だと思うけれど、自分の母親が当事者となれば冷静ではいられまい。


「きゃああ」


「人が轢かれたぞ!」


 周りの叫び声なんて耳に入らないから、無我夢中で母に声かけした。あまりにショックで知っていることなんて全て頭から吹き飛んだ。


 そもそも、馬車に轢かれた人が出た時の対処法なんて最初から知らないけど。止血の方法は知っているけど、体を打ちつけた人の対応はわからない。

 医療従事者ではなかった一般市民に、高度な技術なんてないし。このまま、近くの医院に運ばれたものの辺境なので腕の良い医者が都合よくこの地域にいるわけではない。


 高名な隠居した医者や医療治癒術を持つ人も、都合よくいないのだ。この世界には魔法があるけれど、強い使い手は都会にいる。母の名を何度も呼んでいると、父が現れた。


 急いで来たのか服装はヨレヨレ、顔や髪はボサボサ。父に駆け寄ろうとしたら、母しか見えていないのかというように走り抜け、ケミティが前にいたことが邪魔だったのか横に思い切り押しやられた。


 何が起こったのかわからなかったけれど、壁に体をぶつけて父に乱暴に振り払われたことは辛うじて理解。

 普通なら錯乱していたからと理解したのだが、いくら酷すぎる怪我でも幼い子供を全身打ちつけるくらい振り払う父親、というありえない行動に疑問が生じる。


 もしやこいつ、母親込みじゃなかったら娘を可愛がらないのでは?と。

 急に思考が変化したように思われるのかもしれないが、色々ピースをかき集めると覚えがあるというか、納得がいったからこそ思考に違和感を生じさせた。

 普通の女の子なら健気に子供心を激しく傷つけて嘆いただろうけど、こっちはもう精神のところはかなり成熟した存在。


 その部分が冷静な考えをもたらした。いつもなら、母を愛しすぎているから戸惑って混乱したのだと、理解してあげられた。

 けれど、母が大怪我をして三日目になってもこちらへ声をかけることなく、悲劇に嘆くだけ。最低でも娘に大丈夫だったかと一声かけるべき時間は経過した。


 一日から二日は頭がカッとなっていても、呆然としていてもまあ当然だなとわかる。けれど、父は三日目になっても己が視界に入っているはずなのに母の病室へ通う。

 朝起きても「ああ」とかすら言わない。こっちは事故の被害者ながら父に負担をかけまいと気を遣っているのに。どうなってるんだと変に思う。

 普通、被害者の幼いケミティが父に気を遣われて然るべき。


 強制はしないし、気を遣わなくてもいいけど、まるで母一人だけが被害に遭って娘なんて初めからいなかったみたいな対応で、母の見舞いに一日を費やす男。


 百歩譲って母は妻だから通うのは誰もがすることだが、同じ事故現場にいた幼い子供に一声すらかけないのは、人としてというか、父として……この人はもしかしたら、初めからケミティを娘として可愛がっていなかった可能性が、微レ存。

 母が愛しているから父も愛している演技をしていた?


 しっくりくる。だって、可愛がられはするけど、手を繋がれたり遊んだりしないから。母と同じように話しかけてはくるけど、ありきたりだ。

 子供に興味がないから、母の真似をしていただけなのだとしたら?


「体を弾き飛ばしたくせに、まだ一言も謝られてない」


 思い出したように言うと、どんどん腹が立ってくる。一体どういうつもりでこんなことされなければならないのか。むかっときた。

 一言くらいは文句を言っても許されるのではと思っていると、父から呼び出されて今更謝るのだろうかと期待が首をもたげる。


「お呼びと伺いました」


 しんなりと挨拶をして頭を上げるとやけに敵視した視線が絡む。苛立ちげに眉根を顰めている。それはこちらがやりたい目線なんだけど?

 こちらを目を細めた状態で観察していると、彼はコツコツとテーブルの部分を小指で叩く。


「私に何か言いたいことはあるか」


「……え?まぁ、あると言えばありますが」


 言葉を続けようとしたら急に言うのなら今だぞ?となぜか圧迫面接じみた威圧感を与えられて目を顰める。


「え、ああ、じゃあ。お父様は私の怪我についてなにも言わないのですか?」


 と、言い終わると相手はぽかんとした。


「は?お前は何を言っている?」


 いや、おかしいのは明らかにそちらでは。実の子供がいつまでも怪我について聞いてこない件を不思議に思うことこそ、気をつけて欲しい。なにかがズレていたりするのか?頭痛がまたぶり返しそうだ。


「お前は謝ることもできないのか?」


「……は?あや、まる?」


 いやいやいや!何に対して?

 こっちは確実に被害者であり、事件の目撃者である子供。どこをどう見ても、なにもいうことはないと思う。右を向こうと左を向こうとね。


「なんだ、その顔は」


 目が唐突に憎しみに染まる。いきなりなことに対処できない。


「顔ですか?」


「お前は母親に詫びることも、私に詫びることもできんのか」


「え?」


 親に詫びることなんて無かったような。首を傾げていると、それに我慢ならないのかやけに顔を真っ赤にした男が、ガラリと顔色を変える。豹変と言っても差し支えない。


「母親を、事故に遭わせた罪悪感はないというのか?お前は悪魔だったのか?」


「んん?事故に遭わせた?」


 この人とんでもない。つじつまとか、矛盾とか、そんなものが可愛く思えるとんでないことを言い出したぞ。


「えっと、事故に遭わせたとは?」


 頭ごなしに否定しても無駄な気がして、穏やかに質問していく。父親はどうやら、その本性を今日まで隠し通せていたらしい。おっそろしいまでに。

 本当にどうやって隠してきたのだろうか?


「お前が私の妻を買い物に誘わねば事故に遭わなかった」


「え……え、ええ〜」


 それ、確率の問題。子供の自分より、両親がでかける回数の方が明らかに多いのに、押し付けがましい。仮に父がでかけて母が事故に遭ったらどうなってたのだろうか。

 自分がついてこなかったから、事故にあったとでも言いそうなくらい破綻しすぎている。まともな思考なしに貴族がやれるなんて、貴族って楽だ。


「あー、そうなのですか」


 こう言う人の対処法は否定しないことだ。この人の頭の中ではとっくにケミティが加害者だろう。

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― 新着の感想 ―
> 辺境に位置する領地を統括する男爵家の分家である家に生まれたことから、全ては始まる。貧乏でもないが裕福でもない。 「辺境伯家の分家の男爵家」ならわかりますが、 五爵最下位の男爵家の分家(本家より爵位…
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