26 祭りの後
僕は鈴木くんを送り出して、文芸部の店番に入った。
ソーダを渡した選択に、後悔なんかない。それにあれは告白するためのお守りであって、必須アイテムじゃない。
だからなくても、構わないんだ。
とはいえ、心細いことに変わりはない。
その頼りない心に喝を入れるために、背筋を伸ばした。
部誌の売れ行きは順調だ。今年は、完売しそうなペースで売れている。代金を受け取って、一部ずつ手渡すたび、その重みを噛み締めた。
そしてとうとう、在庫の最後の一部を手に取る。お金を受け取って、「ありがとうございます」の一言と一緒に、手渡した。
完売だ。代々引き継がれている「完売」の立て札を立てる。今年も、この札を出せてよかった。
やがて閉会時間が近づいてきて、人通りがまばらになっていく。
部長が鈴木くんを連れて戻ってきた。こっそり鈴木くんの表情をうかがう。さっきよりもずっと明るい顔をしていて、ほっとした。
部長が「完売」の札を見て、声を弾ませる。
「今年も完売だね。よかった!」
僕はその言葉に、なんだか胸がいっぱいになった。
先輩たちの最後の部誌だ。最後に花を持たせる、ってやつができて、誇らしい。
全校放送のスピーカーが入る、くぐもった音がする。放送部が、文化祭が閉会間近だとアナウンスを始めた。
僕たちは、三人で顔を見合わせる。頷きあった。
「鈴木くん、志村くん。あとはよろしく」
爽やかに笑う部長に、僕は胸がいっぱいになった。
鈴木くんは胸を張って、「はい」と頷く。
部長の「あとはよろしく」の重みとあたたかさが、ずっしりと胸に残った。
しばらく、この場にいる全員で、余韻を噛み締める。その間に少しずつ、文芸部のメンバーが集まってきた。
とうとう文化祭閉会のアナウンスが入る。あちこちで歓声と、大きな拍手があがった。胸にじんわりと、余韻が広がる。
部長が張りのある声で、最後の号令をかけた。
「じゃあ、片付けちゃおっか!」
僕たちは机と椅子を運んで、部室に戻した。段ボールは特設のゴミ捨て場に持っていく。
あっという間に、文芸部の片付けは終わった。流れ解散になって、僕は鈴木くんと二年生の棟へ戻る。
夕日が差し込んできて、なんだか感情的になってしまった。僕は窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「終わったね」
うん、と鈴木くんが頷いた。夕日に照らされる中庭の並木の緑が、いつになく寂しく見えた。
鈴木くんが、くるりとこちらを振り返った。笑顔で手をあげる。
「じゃあね。また!」
そして、階段をあがっていく。僕は手を振って別れた。
他に言葉はいらない。ただ僕たちは、自分のすべきことをするだけだから。
教室に戻ると、もう片付けが始まっていた。脅かし役たちは衣装を名残惜しげに眺めつつ、ゴミ袋へひとおもいに押し込んでいる。段ボールで作った小物類は、細かく千切って捨てていく。
暗幕は、科学部が引き取りにきた。実験で使いたいと申し出があったらしい。
あっという間に、いつも通りの教室が戻ってくる。黒板に大きく描かれた「お化け屋敷」の文字の上を黒板消しが何度も通った。やがて、痕跡まで残さずに消える。
こうして、僕たちの文化祭が終わった。祭りの後の浮かれた雰囲気に、文化祭委員が前に出て声を張る。
「それじゃあみんな、お疲れ様。後夜祭があるから、ぼちぼち外に出てねー!」
また拍手が起こる。おのおのが友達と連れ立って、下駄箱へと向かった。僕はリョウちゃんの姿を探す。リョウちゃんは何人かのクラスメイトと話していたけど、彼らと別れて教室の隅に残る。
こうして、クラスのほぼ全員が、外に出ていった。委員の子たちは最後まで残って、物言いたげにこちらを見ている。
だけど、ひとりが「邪魔しちゃ悪いよ」と言った。彼らは顔を見合わせて、ちらりと僕たちを見る。
「……あと、窓の戸締まりはよろしくね」
それだけ言い残して、とうとう彼らも出ていった。
教室で、僕とリョウちゃんの二人きり。
祭りの後のざわめきが、廊下に、中庭に、学校中に満ちていた。浮かれた感覚のまま、リョウちゃんに微笑みかける。
リョウちゃんは緊張の面持ちで、僕に歩み寄ってきた。僕は、ただ彼を待った。
僕の前で、リョウちゃんがぴたりと立ち止まる。僕もまっすぐに、彼を見上げた。
見つめ合って、どれくらい経っただろう。
先に口を開いたのは、リョウちゃんだった。後ろに手を回している。頼りなさげに、肩を揺らした。
「……ハルくん。話って、なに?」
僕は震える息を吐いて、しっかり吸った。またふっと息を吐き出して、「すぐに終わるよ」とリョウちゃんに微笑みかける。
「前、リョウちゃんが、好きな人を教えてくれようとしたでしょ」
びく、とリョウちゃんが震える。僕は「あの時はごめんね」と謝った。
「せっかく打ち明けてくれたのに、僕ときたら、話を聞かずに遮った。本当に、ごめんなさい」
「いいんだよ、ハルくん。そんなの」
優しいリョウちゃんは、僕を庇ってくれる。だけど僕は、自分自身を許せないから、首を横に振った。
「ううん。僕は僕を許せない。だって……」
覚悟は散々決めたはずなのに、この期に及んで声が震えた。
だけど、リョウちゃんからは目をそらさない。できるだけ自分がよく見えるように、微笑みかける。
リョウちゃんの視線と、僕の視線が、ぶつかった。
「だって僕、リョウちゃんのことが好きだから。恋、してるから」
言い切る。とうとう、言ってしまった。胸が震える。全身がどくどく脈打って、肌がじっとり汗ばんだ。
リョウちゃんは驚いたように目を見開いて、僕をじっと見つめている。僕は生唾を飲み込んで、わななく唇を開いた。
「りょ、リョウちゃんに、好きな人がいるって知ってる。だけど、告白、したかった」
つっかえつっかえ、本音を伝える。言葉をきちんと選んで、できるだけ誤解の少ないように。
「ごめんね、リョウちゃん。これは僕のエゴだ。もう、行っていいよ。好きな人の、とこに、行って……」
とうとう、うつむいてしまった。僕の勇気はここまでのようだ。
本当は、行かないでって言いたい。二人きりのこの時間が、痛いほど緊張して、苦しくて、惜しかった。
リョウちゃんは身じろぎもしないで、僕の前に立っている。呼吸の音が、やたらと耳についた。
やがて、つま先がわずかに動く。上靴を履いた足が、さらに一歩、僕に近づいた。
「ハルくん」
名前を優しく呼ばれる。ぎゅっと目をつむると、手のひらに、ぴたりと何かが押しつけられた。
目を開けると、それはソーダのペットボトルだった。
「へ」
間抜けな声が漏れる。
リョウちゃんの大きな手が、僕の手に、ペットボトルをしっかり握らせた。
「じゃあ、今度は俺の話、聞いてくれる?」
震えて掠れた声で、リョウちゃんが言う。ぱっと顔を上げると、泣きそうに目を潤ませて、リョウちゃんは微笑んでいた。




