25 友情エマージェンシー
何はともあれ、僕はソーダを手に入れた。後は文芸部の店番をして、後夜祭を待つだけだ。
午後。PTAの屋台が出していた焼きそばを、文芸部室でもりもり食べる。いい麺を使っているのか、もちもちでおいしい。
部室でまったりしていると、鈴木くんがへろへろの顔でやってきた。なんだか思い詰めた表情をしている。
僕は割りばしで麺の端切れをかき集めながら、「お疲れ」と声をかけた。鈴木くんは顔をあげて、おつかれさま、と返してくれる。やっぱり、声に覇気がない。
「鈴木くん。大丈夫?」
んー、と鈴木くんはあいまいに頷いた。僕は最後の一口を咀嚼しながら、割りばしを折って空のパックへ入れる。
輪ゴムでパックを閉じ直しながら、鈴木くんの様子をうかがった。どうにも浮かない顔をしながら、塩焼きそばを見つめている。
「PTAが売ってるやつ?」
「うん。おいしいよね、これ」
微笑みを浮かべて、鈴木くんが割りばしを割った。一口ひとくちを噛み締めるように食べる鈴木くんに、なんとなく、勘が働く。
彼の隣の席に座って、拳を机の上に置いた。
「何かあったの?」
ぴたり、と鈴木くんの手が止まる。彼は眼鏡の奥で瞳を動かして、僕を見つめた。
「……うん。実は、桂木くんが、女子に呼び出されているのを見ちゃったんだ」
その弱弱しい声に、僕の胸まで酷く痛む。僕は手元を見つめながら、「そっか」と頷いた。
鈴木くんは、弱り切った声で続ける。
「やっぱり、僕なんかが桂木くんを好きだなんて……釣り合わないよな」
「鈴木くん……」
いつもあんなに頼りになるのに。君は素敵な人だよ。
でも、僕なんかが言っても、鈴木くんには響かないだろう。今の鈴木くんに響く言葉を伝えられるのは、桂木くんだけだ。
僕たちはしばらく無言だった。鈴木くんはうつむいて、机の下で拳を握りしめている。
先に沈黙を破ったのは、僕だ。
「鈴木くん。財布を持って、自販機に行こうよ」
えっ? と声をあげて、鈴木くんが僕を見る。
僕は彼の目を見て、頷いた。リュックから財布を取り出して、ポッケに突っ込む。
「お守りを買いに行こう」
立ち上がって、鈴木くんを見下ろした。鈴木くんは戸惑って、何度も「え?」と言っている。
僕はできるだけ力強く見えるように、胸を張った。
「今だったらまだ、ソーダがあるはず。行こう」
はっと鈴木くんが息をのんだ。そして、ゆっくり立ち上がる。
僕たちは顔を見合わせた。鈴木くんが、出入り口の方を見る。
「告白するって、決めたわけじゃないけど……ついてきてくれる?」
「もちろん!」
僕はにこりと笑みを浮かべて、鈴木くんの後に続いた。自販機には、たくさんの人がいる。だけどまだ、ソーダは在庫があるみたいだ。
でも、ちょっと怪しいかもしれない。去年どれくらいで売り切れたかは忘れたけど、今年も相当の人数が買っているはずだ。
祈るように列へ並ぶ。じりじりと進むのが、もどかしい。
そして次の次が、僕たちの番だ。鈴木くんが財布を用意する。まだ、ソーダは売り切れていない。
鈴木くんの指が、財布の中を探っていた。僕も思わず、息をのんで見守る。
自販機から、人が離れた。僕たちの前に並んでいる人たちが、お金を入れる。
その人が、ソーダのボタンを押した。
同時に、ソーダが、売り切れ表示になる。
「……あ」
鈴木くんの口から、ため息みたいな声が漏れた。僕は何も言えずに、ただ自販機の「売り切れ」表示を見つめていた。
僕たちの番がやってくる。僕は百円玉を二枚入れて、お茶を一本買った。鈴木くんは、何も買わなかった。
落ちてきたお茶を取り出して、自販機から離れる。鈴木くんを振り返ると、どこかやけくそじみた笑顔を浮かべていた。
「ありがとう。おかげで、ふっきれたよ」
首を横に振る。僕は、何も力になれなかった。鈴木くんは、いいんだ、と諦めたみたいに笑う。
「きっと僕は、この恋にふさわしくないんだよ」
たまらない気持ちになった。
鈴木くんが僕にどれだけよくしてくれたか。どれだけ、胸の内を明らかにして、頼ってくれたか。
だというのに、僕は、ぼそぼそした声で否定することしかできない。
「そんなことないよ……」
「ううん。ありがとう、ハルくん。力になってくれて」
そう笑う鈴木くんが、痛々しくてたまらない。
友達として、何かできることがないか。
「……うん。そう、だね」
もはや何もできない。僕は無力だ。ソーダを一本買うこともできない。
だけど一個だけ、できることがあると、思い至った。
生唾を飲み込む。これは僕自身も、捨て身の行動だ。
だけどここで何もしなかったら、僕はきっと、ずっと後悔することになる。
「鈴木くん、来て」
僕は鈴木くんが着いてくるかも確かめず、ずんずん廊下を突き進んだ。部室へ戻って、リュックを開ける。
ソーダを取り出して、机に置いた。
振り向くと、遅れてやってきた鈴木くんが、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。
「ハルくん。それは……」
「うん。ソーダ。はい」
ためらわず、鈴木くんへ差し出した。鈴木くんは、首を勢いよく横に振る。何度も「ダメ」と言った。
「ダメだよ。さすがに、そこまで甘えられない。それは、ハルくんのものだ」
「ううん。僕には必要ない」
言い切って、微笑んだ。鈴木くんは「ハルくん」と、ちいさな声で僕を呼んだ。そしていつにも増しておしゃべりになって、早口でまくしたてる。
「僕はこうやって、行動し損ねる愚か者だ。それはちゃんとアクションを起こした、ハルくんが持っているべきものだよ」
「それは鈴木くんが思慮深くて、優しいってだけだと思うよ? 僕はただの、考えなしだから」
おどけるように言う。
本音を言えば、僕もソーダが欲しい。告白のためのお守りがほしい。
だけど今、恋を諦めようとしている友達を前にしたら、そう言ってもいられなかった。
僕はソーダがあってもなくても恋を諦められないけど、鈴木くんは、折れてしまう寸前に見える。
鈴木くんに、改めて、ソーダを突き出した。
「これは鈴木くんが持っているべきだと思う」
僕たちの視線が、ぶつかり合った。鈴木くんは唇を震わせて、手を伸ばす。
その指先が、ペットボトルに触れた。しっかり掴むのを確認して、手を離す。
鈴木くんはソーダを抱きしめて、まっすぐに僕を見た。
「ハルくん。ありがとう」
泣き出しそうだけど、芯の通った声だ。きっともう、鈴木くんは大丈夫。
僕の胸はひどく痛んで、後悔に似た感情が吹き荒れている。だけどそれ以上に、よかった、と思った。
「うん。がんばってね」
だからちょっと酷だと思うけど、背中を押す。
鈴木くんは、やわらかくはにかんだ。
「ハルくん、決めたよ」
静かに鈴木くんが口を開く。僕は黙って、それを見守った。
「僕は桂木くんに、告白する。……フラれたら、慰めてね」
「お互い様だよ」
僕たちは、顔を見合わせて笑った。
これでよかったと、僕はちゃんと確信できた。




