11 デート再び
今日は部活のない日だから、お弁当を食べて、昼下がりくらいの時間で学校から解放された。
二人で電車に乗って、リョウちゃんに誘われるまま、いつもなら乗り換えで使う駅に降りた。
この辺りでは大きな駅だ。駅前の大通りは少し……だいぶさびれているけど、再開発が進みつつある。古いお店の閉店跡に、おしゃれなお店が入って、少しずつ色合いが増えている街だ。
夏日の中でセピア色にくすんだ、古いシャッター街を抜ける。リョウちゃんは、おしゃれな看板の前で立ち止まった。かき氷やアイス、パフェの写真の鮮やかな色合いに、目がいく。看板の奥には、細い階段が続いていた。
「ここのかき氷が美味しいんだ」
リョウちゃんは迷いなく、薄暗くて細い階段をあがっていく。僕も慌ててあがっていくと、リョウちゃんはお店の扉を開けて待っていた。
「入りなよ」
こういうスマートさは、どこで学んでくるんだろう。僕は「ありがとう」と礼を言って、中へ入った。途端にひんやりとした冷房に包まれて、ほっと息をつく。店内には、僕たちと同じ高校生たちがたむろっていた。
にぎやかな話し声をぼんやり聞き流しながら、ハンカチで汗をぬぐう。二名様ですか? と尋ねられて、案内された席に座った。リョウちゃんはメニュー表を開いて、僕へ渡してくれる。
そこから先の記憶は、あまりない。僕はリョウちゃんと話すのに必死だったし、火照りをごまかすために、冷たいかき氷を食べた。ひんやりとしたフルーツの甘酸っぱさが、ますます胸をむずがゆくして、上手く話せた気がしない。だけどとにかく、幸せだと思った。好きな人とデートするって、すごく苦しくて、楽しい。
お会計をして、外に出る。涼しい店内とは打って変わって、外はむしむし暑かった。街路樹に取りついたセミの鳴き声の中で、リョウちゃんが笑う。
「かき氷、おいしかったね」
「うん」
リョウちゃんとおいしいものを一緒に食べられた。ほくほくした気分で歩き出す。
駅へ戻る途中でも、駅の近くにある真新しい図書館へ寄ったり、駅中のお店を冷やかしたり。
このまま帰らないで、ずっとリョウちゃんと一緒がいいと思った。同じものを見て、感想を言い合うのが嬉しい。
僕の心は、すっかりリョウちゃんのとりこだ。
だけど、帰らなくちゃいけない。定期券を駅の改札へかざして、ホームへの階段を降りる。黄色い線の内側に並んで立った。
そして僕は、とても大切なことを忘れていた。
リョウちゃんから好きになってもらうための、アピールをしていない。
そっと様子をうかがう。リョウちゃんは「なに?」と穏やかに言って、首を傾げた。その目元のほくろに目が行くけれど、魅了されている場合じゃない。
「かき氷、おいしかったね」
「うん。そうだね」
にこり、と微笑まれる。僕は意を決して、リョウちゃんを真っすぐ見上げて、少しだけ大きな声を出した。
「ま、また! 一緒に、来ようね」
言ってしまった。恐る恐るリョウちゃんを見つめると、うつむいて、口元を手で覆っている。
なにか、まずいことでも言ってしまったんだろうか。
しばらく経って、リョウちゃんは深く息を吐き出す。そして、僕を真剣な顔で見つめた。
「……ハルくん」
はい、と背筋が自然と伸びる。
リョウちゃんは、表情を動かさずに言った。
「そういうこと、俺以外に言わないでほしい。ダメ?」
「そ、そうなんだ……? うん、いいけど」
いまいちピンと来なくて首を傾げる。リョウちゃんは、「そうだよ」と、さらに念を押してきた。
「友達とかと遊んでも、こんなにかわいいことを言ったらダメだ」
何を言っているんだ。ますます分からない。
腕を組んでうんうん唸っている間に、電車がやってきた。乗り込むと、車内はそこそこ混んでいる。扉の近くの手すりにつかまって、リョウちゃんを見上げた。
リョウちゃんはぼんやりとした目つきで、窓の外をじっと見つめている。
ゆっくり電車が動き出して、窓の外の風景が動いていった。それを眺めるリョウちゃんの横顔が本当にかっこよくて、ほうとため息が出る。
は、と我に返った。アプローチがどういうものか、僕は創作物をたくさん読んで、ある程度は身に着けているはず。今が、実践の時じゃないのだろうか。
「ね、ねえ。リョウちゃん」
そっと近寄って、袖を引っ張る。リョウちゃんはぴくりと首を動かして、僕を見下ろした。
「今日も、か、かっこいい、ね」
恥ずかしい。何を言っているんだ、僕は。さすがに今のは脈絡がなさすぎる。
変に思われたかもしれない。いや、その、とごまかすための言葉を探した。慌てる僕をよそに、リョウちゃんは、大きな右手で顔を覆う。
「……ハルくん。『かっこいい』も、俺以外に言ったらダメだよ」
「い、言わないよ。リョウちゃんだけ」
こんな恥ずかしいこと、リョウちゃん相手でなきゃ言わない。恥ずかしくなってそっぽを向くと、リョウちゃんが、僕の持つ手すりに背中を押しつけた。
「そういうの、どこで覚えてきたの?」
なぜか、少しいらだちの混じった声。僕は、何か間違えてしまったんだろうか。さっきまでの浮かれた気分がすっかりしぼんで、うつむく。
「本で、読んだだけ……」
「そうなんだ」
リョウちゃんの声が、少しだけ上擦った。僕は顔を上げて、恐る恐る彼を見る。リョウちゃんは、「ごめんね」と申し訳なさそうに言って、また口元を手で覆った。
今日のリョウちゃんは、機嫌がころころ変わる。
「びっくりさせちゃった?」
なんだかリョウちゃんの声が甘くて、思考がじんと痺れた。首を横に振る。
「だいじょうぶ」
そして僕の声も、どこか甘い気がする。
僕たちは、それきり無言だった。電車に揺られながら、二人でぼんやり、窓の外を眺めていた。
すぐに僕らの最寄り駅に着く。電車を降りて、改札を通って、駅から出た。
「送ってく」
いつも通り、リョウちゃんが僕の側に来る。だけど僕は、首を横に振った。え、とリョウちゃんが声をあげる。
僕はそれに構わず、手を差し出した。
「今日は、僕がリョウちゃんを送ってく」
意を決して、リョウちゃんを真っすぐ見上げる。リョウちゃんの顔は、心なしか、少し赤い。暑さにやられたんだろうか。このままだと、熱中症になってしまうかもしれない。
リョウちゃんを引っ張って、できるだけ日陰になる道を選んだ。リョウちゃんは「いいよ」と慌てたように言うけど、聞かない。
「顔が赤いよ、熱中症になっちゃった? お水飲んで、塩飴なめて……」
いつもリョウちゃんがしてくれるみたいに、塩飴を差し出す。リョウちゃんは、大人しくそれを受け取った。そして僕をじっと見つめて、とろけるような笑みを浮かべる。
「ありがとう、ハルくん。大丈夫になった」
その声が甘くて、僕はうつむいて「そんなの……」ともごもご言うしかなかった。
恋心を自覚してから、リョウちゃんをますます好きになるばかりだ。
リョウちゃんを家まで送る。玄関の鍵を開けると、こちらが開けるより早く扉が開いた。
「お兄ちゃん、おかえり!」
満面の笑みで、リョウちゃんの弟の樹くんが顔を出す。リョウちゃんによく似た、大きな瞳がこちらを見た。ふん、と顔を不満げにしかめられる。
「なんだ、ハルくんも来てたのかよ」
まったく、ごあいさつなことだ。僕は「こんにちは、だろう?」とたしなめる。
樹くんは、べーっと舌を出した。
「はいはい、こんにちは。これでいい? どうせあがってくんだろ、めんどくせー」
「ううん。もう帰る」
僕が首を横に振ると、樹くんは、なんでかショックを受けた顔をした。リョウちゃんがため息をついて、樹くんの頭をぐりぐり撫でる。
「ほら、樹。ハルくんに言わなきゃいけないことがあるだろ」
ちいさな顔が赤らむ。彼はうつむいて、それきり黙ってしまった。
それがおかしくて、くすくす笑う。
「うん、じゃあね。リョウちゃん、樹くん」
僕はぺこりと頭をさげて、手を振った。リョウちゃんは手を振り返してくれて、樹くんは憮然としていた。




