黒歴史だって立派な青春だ!!!!!
「あなたはリアルにATフィールドを視認した事がありますか?」
エヴァ生誕30周年を記念して、エッセイの様なものを書きました。
経験値不足からくる若さゆえの過ち。
90年代が青春時代だった方ホイホイです。
お目汚しにどうぞm(_ _)m
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「序」
良い事なのか。悪い事なのか。分からない。
でも。多くの人間がそうである様に、彼もまた「新世紀エヴァンゲリオン」のファンであった。
本放送は見ていなかった。社会現象を巻き起こしていると聞いても、それほど興味を持てなかった。
見るきっかけとなったのは同級生の大プッシュがあった為だった。
「絶対みるべき!」と自身が録画したTV版全話分のVHSをムリクリ押しつけてきて、しょーがないからシブシブイヤイヤ見出したのだが結果、なんたる事か、観終わる頃にはあっさりすっかりハマってしまっていたというのだからチョロいもんよ。
それはもうシンクロ率400%のハマり様。
いい若いもんが、年頃の青春を謳歌もせず、ひたすらこの作品が紡ぎ出す独特の鬱々とした世界観にどっぷりと浸かり、当時公開中だった旧劇場版を二部作共、映画館で観てしまうという暴走モードになる程であったのだった。
衝撃的なエンディングにすっかり打ちのめされた彼は「この世は残酷さで満ち溢れている」というテーゼに支配され、同級生たちが「クラブ」だの「合コン」だのにうつつを抜かし、それなりに色気づく事なんかも覚えたりしちゃったりなんかしちゃってる間、ひたすら「オタク道」という茨の道を歩み続けた。
ともすると、フとした拍子に「なんか俺、間違えてるかもしれない」などという現実、いや葛藤に陥ることもあったが、その度に「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!」と呪文の様に唱え、己の不甲斐なさを正す為「らしんばん」に通い、薄い本の前で告解する毎日を送っていたのである。
そんな日々の中、彼は「こんなに心の弱い自分には、進むべき道を示す『聖書』が必要だ。」そう考えて、エヴァンゲリオンの単行本を買う事にした。いわゆる「貞本エヴァ」と呼ばれるモノだ。
テレビ版とは若干違うアプローチ。知っている話なのに、続きが読みたくなる。彼は新刊の発売日が待ち遠しくて仕方なくなっていた。
だがこの単行本…恐ろしく発刊ペースが遅い。
一年に一冊、出るか出ないか。
ハマった頃は確かに熱い想いで追いかけていたが数年もすると、多くの人間がそうである様に、彼もまた、熱が冷めていった。
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「破」
単行本を買う事はやめなかったが、年単位となると前回どこまで話が進んだかなど、到底憶えていられない、そんな状態だったある日。
レンタル屋でDVDを返した彼は、隣にある本屋を見てフと思い出した。
「そう云えばエヴァの新刊、出たって云ってたな~。」
何かの広告で見た気がする。う~ん、買うか…。
余りにもスパンが長すぎて、今となっては何が面白かったのかさえ判らなくなっていた彼。もはや義務である。
あれば、買おう…。
実に後ろ向きな気持ちで本屋に入った。
本屋の入り口には所狭しと雑誌が平積みされている。彼はそこを通過して一番奥に向かった。この本屋は店の一番奥に漫画コーナーがあるのだ。
一歩踏み出して、雑誌コーナーに立っていた一人の女性と目が合った。
ピンク色の、細いフレームのオシャレメガネをかけた、少しハネ気味のウェーブのかかったショートヘアーの、可愛い、しかし「可愛いだけじゃないのよ!」的自己主張が、そのキリリとした眉からも感じられる女性…。
そんな女性と彼はガッチリ目が合ったのだ。
ほんの一瞬の出来事だったが彼は「あ、好き!」と思った。
ひたすら鬱々とした世界観にどっぷりと浸かっていた彼も、あれから年を経て、それなりに色気づく事なんかも覚えたりしちゃったりなんかしちゃったりしていたのであった。
だがしかし、だからと云って「じゃあお茶でも…。」という流れに持っていく事も出来ず、彼はただ、その場をスルーして奥の漫画コーナーに向かった。
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「Q」
「あぁ、あんな人とどうすればお友達になれるのかしら?」などと思いながら、目的の漫画コーナーに着いた彼。
コーナーの入り口には平積みされた漫画本の山。発売されたばかりのモノである。彼はその山の中から目当てのモノを探した。そして我が目を疑って二度見する事になる。
「ない!」
一冊もないのである。そんなバカな!いくら旧劇場版の公開から数年経っているとはいえ、まだまだ話題性には事欠かない作品!ない訳がない!しかしポップすらない!
義務で買いに来た彼だったが、いざ無いとなると、それはそれで納得がいかない。エヴァを探して漫画コーナーをグルグルと徘徊し始めた。
三周程してフと、自分と同じ様にグルグル徘徊している人物を認め、そちらに顔を向ける。再び我が目を疑って、二度見!いや三度見!
オシャレメガネじゃあないかッ!
「え?ちょっ、もう、困るよ。これ何フラグ?」
彼は有頂天だった。好みの女性が自分を追ってやって来た。オタクのくせに色気づいたこのバカはそんな風に思ったのだ。
しかしながらいかんせんトゥシャイシャイボーイでもあった彼は「じゃあお茶でも…。」などという流れに持っていく事も出来ず、ワザとらしく視線を彷徨わせる事しか出来ないでいた。
それが功を奏したのか。
「あ、あった!」
エヴァの単行本を見つける事になる。1~10巻まで一冊ずつ。平積みではなく、本棚に挿さった状態で背表紙をこちら側に向けていた。
これはつまり既刊を意味する。新刊が出る度に買っている訳だから、これらの本は既に持っている筈なのだが、ここで彼はある事に気づく。
「新刊って…何巻?」
義務で買っていた為、最新巻のナンバリングを彼は把握していなかったのだ。
9巻を持っている事は、何となく憶えている。しかし10巻は?
はて、持っていただろうか?
試しに10巻を抜き出して、その表紙を穴が開くほど見つめた。既刊の棚にあるんだから、間違いなく買っている筈なんだが…。
「………よく判らない。」一年に一冊出るか出ないかだ。記憶が曖昧だった。
ここの本屋は全ての本にシュリンクがかけられているので、立ち読みで確認する事も出来ない。
間違って同じモノを買う訳にはいかない。だが、10巻を持っているという確証も持てない…。
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「シン」
ウンウン悩んでいたので、声をかけられている事に彼はしばらく気が付かなかった。
ハッとして振り返ると本屋の店員が「すいません。チョットすいません。」と云っていた。そこをどいてくれ、という意味。
彼は一歩下がった。店員はおもむろにひざまずくと、棚の下の引き出しをガラッと開けた。中には在庫と思しき漫画本が多数。そこからエヴァンゲリオンの10巻を取り出した!!!
呆気にとられる彼の前で店員は豪快にシュリンクを引き裂くと、単行本の奥付を確認した。
「あー、2006年となってますから、最新巻ではないですねー。」
店員が話しかける方向を見て、またしても二度見!いや三度…いや五度見!!!
オ…オシャレメガネぢゃあないかッッッ!!!
なんたる偶然!彼女もまた、エヴァの最新巻を探しに来ていたのか!
彼はこの時ほど恋愛の神様の存在を感じた事はないと云う。
同じ日に、同じ書店で、同じ漫画を探す好みの女性!
これをフラグと云わずしてなんと云う!
「チョット在庫確認してきますんで、少々お待ち下さい。」
そう云って店員はその場を去った。残ったのは彼とオシャレメガネだけ。
ナイス店員!!!
ここで声をかけずして何とする!
「行ってこい。見ててやるから、行ってこい。」
恋愛の神様がそう云っていたのを彼は確かに聞いた。
背中を押され、ありったけの勇気を振り絞って、彼は言った。
「あの…」蚊の鳴く様な、か細い声に被せる様にして「大変お待たせしましたー!」
店員が戻ってきた。
早っ!店員戻ってくんの早っ!てか待ってねーよっ!てか待たせろよっ!
「どうも売り切れちゃったみたいで在庫もないんですね。もしよろしければお取り置きとかもできますが…。」
親切な対応の店員には目もくれず彼女は「あ、いえ結構です…。」そう云って、一瞬、彼の方を見た。またしてもガッチリ目が合ったのだ。
その、ほんの、一瞬…彼は見た。
オシャレメガネの周りにガッツリ『ATフィールド』が張られているのを!!!
そしてその瞬間、彼の脳内に彼女の心の声が響いてきた!!!
「…気持ち悪い。」と。
彼女は軽く一礼すると、逃げる様にしてその場から消え去った。残ったのは彼と店員だけ。
「あのー、何かお探しでしたらお伺いしますけど…。」
本当に親切な店員なのだろう。心の底からお客様にご奉仕しようという姿勢が見て取れた。
だが彼は、恥ずかしさといたたまれなさと心苦しさに苛まれ、俯いたままこう答えた。
「………翼をください。」
悲しみのない自由な空へ飛んで行きたい気持ちから出た言葉だったと云う。
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後に、新劇場版が公開され、その2作目で新キャラとしてメガネっ娘が登場したり、挿入歌に「翼をください」が使われたりしているのを見て、彼はまた苦い思いを味わう事になるのだが…。
それはまた別の話。
おわり。
「運命の出会いとかって現実にあったりするのかもしれないけれど必ずしもドラマチックな何かが起こる訳ではなく何ならスルーした方が良い場合も往々にしてあるよね的な自己嫌悪と葛藤と穴があったら入りたい件に関してのアレコレ」なお話でしたm(_ _)m




