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『魔眼の少年は、神の代わりに世界を視る』  作者: 七月 寿来
第一章 異世界との出会い
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第三話「約束」

幼馴染って響きがすでに好きです。

 魔術書に触れ、数か月が経った裏庭の片隅。

 

 日が落ち、あたりは薄暗い。

 けれど、俺は木の根元にしゃがみ込み、ひとり魔力の操作を続けていた。


 もう一回……


 右手のひらに集中する。

 魔素の流れを視る。感じる。

 掌に魔素がゆっくりと巡り始めるのがわかる。


 可燃物と酸素と、発火温度……理屈は完璧だ。


 目を閉じて、詠唱を唱える。


 「我が声に応えよ、魔素よ。燃焼の理に従い、灯れ、微光の焔」


 ポッ、と小さな火が、掌の中で灯った。

 それは本当にマッチ程度の炎だったが、俺は心の中でガッツポーズをした。


 ……よし。ここまでは問題ない。


 けれど、問題はここからだ。

 火球を放つためには、魔素を外に流し、自分の体から離さなければならない。


 魔素を変換……操作……放出……


 俺はゆっくりと、掌の火を前方に押し出そうとした。


「…………っ!」


 次の瞬間。


 ボンッ!


 軽い爆発音とともに、火が弾けた。

 勢いよく吹き飛ばされ、尻もちをつく。


「くっ……またか……!」


 腕を見ると、袖が少し焦げていた。

 肌には薄い火傷の痕。

 痛みはある。でも、それより悔しさのほうが強かった。


 なんでだ……!


 理屈は理解している。

 でも放つ瞬間、魔素が暴走する。

 内側で制御しているときは上手くいくのに、体の外に出した途端、崩れる。


「っくそ……!」


 思わず、拳を握りしめた。


 俺は、何度も試した。

 少しずつイメージを変えて、魔素の流し方を変えてみる。

 だが、そのたびに爆ぜる。暴走する。


 ……これが、俺の限界なのか?


 胸の奥で、ふとそんな声がよぎった。


 それでも──


「まだだ」


 俺は立ち上がった。

 膝についた土を払い、また掌を見つめる。


 できなくてもいい。俺は、視ることができる。


 それが、俺の強みだ。


「……もう一度」


 魔素の流れを視る。

 身体の内側を、魔眼で解析する。

 全部、頭に入っている。


 どうして放出だけできないんだ?


 ──否。


 放出そのものが、俺には馴染みのない行為なんだ。

 だから、他の魔法使いのようにスムーズにはいかない。


 前世には手から火を飛ばすなんて体験、なかったからな。

 手の中で火を灯すならライターで何度もやったが、放出なんて……


 俺は知識で世界を理解しているだけだ。

 感覚が追いついていない。


 なら、俺は俺のやり方でやるしかない。


 そうだ。

 

 俺は「魔法使い」になるために転生したんじゃない。


 世界を楽しむために、この世界に来たんだ。


 なら、自分にできることを武器にしろ。

 視えるからこそ、他の奴らが見落とす欠陥も、隙も、必ず見つけられる。


 俺は、拳を握りなおした。


 ……魔法は諦めない。でも、俺は剣でも戦えるようにする


 兄と父の剣術。

 あれを盗む。視る。覚える。

 魔法がダメなら、体で戦えばいい。


 ──それに、いつか「放出」の感覚を掴める日が来るかもしれない。

 

 そう思えるのも、この世界に来たからだ。


 俺は掌を閉じ、魔力を引っ込めた。


 夜風が肌を撫でる。


 魔法の放出は、今日もできなかった。

 でも、視えたものはあった。小さな収穫だ。


 「ふぅ……」


 俺は立ち上がり、体を伸ばす。


 そのときだった。


「ラグナ?」


 振り向くと、アイシャが庭に立っていた。

 夜着のまま、ランタンを手にして。


「何してるの? もうご飯できるわよ?」


「……魔法の練習」


「魔法? 魔術書読み始めて少ししか経っていないじゃない……」


 アイシャは困ったように笑った。


「でも……すごいわね。ラグナ、もう魔素と魔力を練れるようになったの?」


「……うん。少しだけ」


「ふふ、さすが父さんの子。というか、私の子でもあるか」


 母は冗談めかしてそう言うと、俺の掌を覗き込んだ。


「火の練習?」


「うん。でも、まだ……」


「放てないのね?」


「……」


 俺は少しだけ肩をすくめた。


「そっか。大丈夫よ。誰だって最初はそうよ?」


 アイシャは穏やかに笑った。


「魔法は出すだけじゃなくて、練ることも大事なのよ。魔素と魔力を制御できてるだけでもすごいわ」


「……ほんと?」


「本当。魔素は暴れると大怪我するからね。」


「そっか……」


 少しだけ、肩の力が抜けた。


「焦らなくていいの。ラグナはまだ四歳なんだから。魔法を学ぶには十分早いし、時間はたっぷりあるわ」


「……うん」


「でもね」


 アイシャは俺の肩に手を置き、少しだけ真剣な顔をした。


「魔法ってね、自分が世界にどう影響を与えるかを考える力でもあるのよ」


「……?」


「火を出すなら、何のために出すのか。誰を守るのか、何を照らすのか。それを考えながら練習するの。わかった?」


「……うん」


「よし。じゃあ、みんなでご飯にしましょ?」


「……もうちょっとだけ……」


「だーめ」


 アイシャはくすっと笑って、俺の手を握った。


「続きは明日。ラグナにはラグナのペースがあるからね。ね?」


「……うん」


 俺は小さく頷いた。


 手の中で、まだ消え残っている魔素の余韻を感じながら。


 


 


 ――――――それから三年の時が流れた。



 

 俺は今、辺境の村「ウィステア」で、ごく普通の少年として育っている。


 「ラグナ、今日も訓練するの?」



 よく一緒に遊んでくれる幼馴染――アリサ。

 駆け寄ってくる彼女の声が風に乗って届く。

 陽の光を受けた金髪がふわりと揺れて、俺の胸が一瞬だけ、きゅっとなった。


 「うん。昨日の足さばき、ちょっと掴めてきた気がするから」


 「じゃあ、魔法で付き合ってあげるね! 火の玉くらいしか出せないけど!」


 「十分すぎるよ」


 俺が今している訓練は、数ある流派の中でも比較的使用者の少ない「晴天流」というもので、足捌きを活かして相手をかく乱するスタイルの流派だ。


 七歳にしては無茶な修行かもしれない。でも、俺には焦りがあった。


 三年前、魔法を行使しようと努力を続けていたが、魔力を練る練度は向上しても、それを魔法として放つことは一切できなかった。


 成長制御スキルを使って、魔法系のスキルを獲得してもだ。


 成長制御も魔物と戦えないんじゃレベルは上がらないし意味がない。


 


 もちろん、神の成長促進の恩恵は受けている。


 だが、それだけなのだ。平均的に少し成長が早いだけ。


 先月行われた魔法適性検査で魔石はかなりの反応を見せたが、色は変わらなかった。


 属性に適してないらしい。魔力が多いだけで魔法が使えないんじゃ意味が無い。


 半面、アリサはすごかった。

 一瞬目が開けられなくなるほどの光が走り、赤、青、白の三色に魔石が輝いていた。


 天才ってやつだ。


 剣術も、体格の差で年上の子にすぐ押し負ける。


 けれど、だからこそ――


 「積み重ねるしか、ないんだ」


 


 村のはずれにある小さな森。その中にある空き地が、俺の特訓場所だ。


 バルトが作ってくれた木剣を握りしめて、足の裏の感触を確かめながら構える。正面に置いたのは、積み重ねた石の的。


 深く息を吸い込んで――走る!


 的に向かってまっすぐ駆け出し、側面にステップを入れながら駆ける。


 まだ全然スムーズじゃない。バランスを崩せば即転倒。


 でも、昨日よりは確実に体が動いている。


 「ファイアボール!」


 アリサの放った火球が、熱を含んだ風と共に俺の横をかすめる。


 一発。二発三発。


 不規則に飛んでくる火球を避け、目の前に迫る的に一振り。


 ――――的は崩れ去った。

 

 「やった……!」


 「うわー! ラグナ、全部避けてるよ! すごいすごい!」


 全力の拍手をくれるアリサ。彼女の笑顔を見ると、何だか全部報われた気がする。


 その後、日が暮れるまで反復する。アリサの魔力は途中で尽きたが、俺は訓練をやめなかった。


 訓練の帰り道、橙色に染まった髪に見惚れていると、アリサは急に振り返った。


 「ねぇラグナ。将来は何になりたい?」


 何になりたい……か。考えたこともなかったな。


 この世界を楽しむ。それが願いで使命でもある。


 ただ、平凡なままでは普通の暮らししかできない。この世界で普通に生きてちゃだめだ。

 成長して、家業を継いでみたり、農作物を育てたり……。


 別に見下してはない。ただ、せっかく異世界に来たんだからってやつだ。

 

 「んー……自由になりたい。何にも縛られず、楽しく暮らしたい。そのためには、強くならなくちゃいけないんだ。」


 「そっか……じゃあわたしは、その隣に立てるくらいの魔法使いになりたい……かな。」


 照れたように言う彼女に、俺は少しだけ視線を外しながら、静かに言った。


 「……じゃあ、一緒に頑張ろうか。」


 


 「うん!」


 小さな手と手が重なる。指切りじゃない。拳と拳。


 まだ子供の約束。でもきっと、大切な絆がそこにはあった。

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