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『魔眼の少年は、神の代わりに世界を視る』  作者: 七月 寿来
第一章 異世界との出会い
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第一話「団欒」

 転生から半年の月日が流れた。


 やはり、転生直後に見かけた男女は両親だった。

 

 今も俺のそばで二人にこやかに食事中だ。


 母の名はアイシャ。

 なんて言ったらいいんだろうな。凄く可愛い。いや、美しい。


 透き通った青色の瞳が自分に向けられるたび、少しドキッとする。

 肩甲骨くらいまで伸ばした茶色の髪は、まるで一本一本手入れしているのかと思うほどにサラサラで、動くたびに良い匂いを放っている。


 父はバルト。

 うん、すごく強そう。とってもだ。

 白髪で、かなりのイケメンの部類に入るであろうバルトは、とにかく筋肉がすごすぎる。一目見たときドウェ〇ンさんかと思った。

 

 赤子なんて、抱いたときに潰してしまいそうだ。


 かと思えば、手先や力加減はとても繊細だ。


 どちらかと言えばバルトに抱かれた方が心地がいいくらいで、あまり力を使わなくてもいいからなのか、それとも鍛冶屋だからか腕の中にいる俺を、とても丁寧に扱ってくれる。


 ……アイシャが雑ってわけじゃないぞ。


 こんな感じで、半年も両親の会話を聞いていればある程度の理解はできるようになった。まだ声帯が発達していないからか、話すことは叶わないが、反応はできる。


 反応すると両親はとても喜ぶので、今はこれでいいだろう。


 前世は高校含めて6年も英語に触れてきたが、全く話せるようにはならなかった。

 

 それなのに異世界に放り出され半年で言語を理解でき始めたのは、女神様のおかげか、兄のおかげか……。


 


 ……そう。俺には兄がいたのだ。


 異世界転生で兄弟姉妹というのはとにかく印象が悪い。


 実家の跡取り問題で邪険に扱われたり、出来のいい弟に嫉妬して家を追い出されたり……。


 しかし、我が兄ロイドはそんな輩ではなかった。


 毎日いろんなおもちゃを持ってきては俺に見せ、反応を楽しんでいる。


 俺は兄のおもちゃの一部かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。


 毎日違うおもちゃを持ってきては貸そうとしてくれるし、俺が垂れ流した糞尿も気づき、母親を呼びに行く。


 出来のいい兄だ。俺が嫉妬しそうだ。




 さて、この頃になると、俺も泣きじゃくるだけでは気が済まない。


 ある時は寝返りを打ちまくり、ベッドから落ちて家族を慌てふためかせた。


 またある時は、ハイハイを使い家中を駆け巡り、家族の捜索をかいくぐってみせた。


 今まで自由に動けなかった分、制限はあるにしろ自由に動けるようになったのはとても大きい。


 そんなこんなで今この瞬間も、家族とのかくれんぼに勤しんでいる。


「ラ~グナ~? どこいったの~!」

「らぐなー! どこー!」

 

 母と兄の声が家中に響き渡る。

 俺はというと、食器棚の下の隙間に身を潜め、じっと息を殺していた。


 もちろん、前世の俺からすれば幼稚な遊びだ。

 だけど、この体ではこうやって必死になって隠れるだけでも一苦労なんだ。


 ……ふふ、見つかるもんか。


 ほんの少しだけ優越感に浸る。

 でも、腹筋が弱いせいで丸まった体勢を維持するのもかなりキツい。

 プルプル震える腕を必死に我慢していた、その時だった。


「……あれ? いたー!」


 ロイドの顔が棚の向こうからにょきっと現れた。

 

 勝ち誇った笑顔。俺の完敗だ。


「やっぱりここかー。ラグナ、隠れるの上手になったなぁ!」


 ふわっと抱き上げられる。

 俺は無言で、でもなんとなく悔しそうに頬を膨らませた。


 それが面白かったのか、ロイドはけらけらと笑い出す。


「ははっ、怒ってる? 大丈夫だって! 今度は兄ちゃんが隠れる番な!」


 そう言って、兄は元気に走り去った。


 ――ふう。


 正直、体力的にはもう限界だった。

 それでも楽しかった。


 俺は前世で、こんな風に無邪気に笑って、誰かと遊んだことなんてなかった気がする。

 いつもゲームや読書に没頭して、一人で空想に浸っていた。


 ……悪くないな。


「ラグナ、おやつにする?」


 アイシャの優しい声がした。


 俺は素直に「んー!」と声にならない声を上げ、両手を伸ばす。


 こうしてまた、俺の小さな冒険は一旦幕を下ろした。




 俺がこうして毎日、家中を動き回っているのには理由がある。

 もちろん、赤子の本能的な動きたい欲もあるが、それだけじゃない。


 俺は、この世界をもっと視たいのだ。


 初めてこの目で異世界の景色を見たとき、

 光の加減も、木漏れ日の揺れ方も、窓越しに見える遠くの景色も、

 どれもゲームや漫画の背景とは違って、本当にそこに存在する世界だった。


 俺はそれをもっと視たいと思った。


 部屋の外にはどんな景色があるのか。

 母が料理するキッチンにはどんな香りがあるのか。

 父の鍛冶場にはどんな熱気がこもっているのか。

 兄が遊んでいる外の世界はどんなふうに輝いているのか。


 それを知らずに、この世界を生きているなんて、もったいないじゃないか。


 


 だから今日も、俺は全力で動く。


 体が思うように動かなくても、手足がプルプル震えても、

 よだれを垂らしても、尻もちをついても、それでも動く。


 


 「おいおい、またラグナがいなくなったぞ!」


 バルトの太い声が家中に響く。


 「さっきまでキッチンにいたのに……また這い出して……!」


 アイシャの困ったような、でもどこか楽しげな声。


 


 俺はというと、今、廊下の窓際に陣取って外を眺めていた。


 畑で風に揺れる小麦の穂。

 少し先にある広場で遊ぶ子供の姿。

 空を横切る鳥たち。


 全部が鮮やかで、全部が俺にとって未知の世界だ。


 ……まだ知らないことだらけだな。


 胸の奥に、わずかな高揚感が走る。


 


 ガタリ、と後ろで音がした。


「見ーつけた!」


 ロイドだった。


「またこんなとこまで来て……すごいなぁ、ホントに。おまえ、いつの間にかすっごい早くなってない?」


 そう言って、軽々と俺を抱き上げる。


「でも、寒いからもう中入ろう。ほら、お母さん心配してるぞ」


 俺はちょっとだけ不満だったが、ロイドの腕の中が温かかったので、素直に身を委ねた。


 


 キッチンに戻ると、アイシャが食事の準備をしていた。


 木造のぬくもりを感じるキッチン、煮込み鍋から漂うスープの香り。

 その向こうには、鍛冶場で火花を散らす父の姿。


 バルトは村でも有名な鍛冶師で、冒険者を引退後一から始めたらしいのだが、バルトには才能があった。

 さらに、人脈もあったため瞬く間に有名になったそうだ。

 以前は王都で店を構えて居たらしいが、ロイドとの時間を大切にするため今の環境に身を置き、受注での仕事のみに仕事を絞っているらしい。


 この家は、村の中では珍しく、魔法の照明やその他魔道具が揃ったわりと裕福な家っぽい。


 兄が着る服も外の子供たちと比べるといくらか上等だ。


 とはいえ、贅沢に溺れるような暮らしではなく、

 日々の努力と技術で得た正当な報酬によるものだ。


 


 俺の自由に動ける範囲は、この家の中だけでは狭い。

 でも、この家の中だけでも、まだまだ知らないことが山ほどある。


 たとえば、父が作る剣がどうやって形になるのか。

 母が薬草から薬を作る過程で、どんな魔法が使われるのか。

 兄が庭で作る木製のおもちゃが、どうしてあんなに器用に仕上がるのか。


 全部、この目で、ちゃんと視たい。

 

 これが、俺が毎日動き回る理由だ。



 


 転生から四年が経った。


 俺は家の裏の鍛冶場の壁に寄りかかりながら、静かに目の前の光景を見つめていた。


 庭の中央では、バルトとロイドが剣の素振りをしている。

 父は有名な鍛冶師だが、冒険者としても成功しており、剣術の腕も確かだ。


 兄はまだ子供だけど、父の動きを真似して、一心不乱に木剣を振っている。


「違う、ロイド。腰が流れている。腰を入れても剣に伝えないと意味がないぞ」


「う、うん!」


 父の低くてよく通る声が響く。

 その声に、ロイドは汗だくになりながら何度も振り直していた。


 


 ……やっぱり、バルトもロイドもすげぇな。


 


 俺はまだ木剣も持てないし、力も足りない。

 だけど、目だけはしっかりとその動きを追いかけていた。


 バルトの踏み込み、剣の軌道、ロイドの肩の回し方。


 バルトが指摘したミス。

 

 どこでバランスを崩して、どこで踏ん張っているのか――


 全部、俺の目に焼き付ける。


 動けないなら、今は視るだけでいい。


 


 たまに、魔眼の片鱗が勝手に反応することもある。

 剣が振り下ろされた瞬間、その危険さみたいなものが一瞬だけ輝いて見えた。

 ロイドの踏み込みや守りが甘い時、まるでそこに隙が浮かぶように感じた。


 


 でも、俺はそれに頼らないようにしていた。


 視えるだけじゃダメだ。

 本当に理解して、自分の力にしないと俺は父や兄の背中に届かない。

 


 訓練が終わると、二人は汗をぬぐいながら声を掛け合った。


「ふぅ……今日も、いい感じだったな、兄ちゃん」


「まだまだだ。父さんには全然届いてないよ」


「俺も、早く一緒にやりたいな……」


 思わず小さく、俺はつぶやいた。


 


 それに気づいたのか、バルトがふっと振り返る。


「ラグナ、見てたのか」


「……うん。すごかった」


「そうか。まだ、お前には早い。だが……興味があるなら、いつでも見てろ」


 バルトはそれだけ言って、家の中へ消えていった。


 ロイドは俺の隣に座り込み、ニカっと笑った。


「な、すごいでしょ。父さんの剣、かっこいいよな!」


「うん……かっこいい」


「ラグナも大きくなったら一緒にやろうな! 兄ちゃん、相手してやるからさ!」


「……ありがと、兄ちゃん」


 


 その言葉が、心の奥で小さく暖かく灯る。


 


 俺はまだ、剣を握ることすらできない。

実際バルトはドウェ〇ンさんよりもすごいぞ!

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