第33話 レーナ⑩ 英雄ってうちの旦那の事よね?
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
あたしの旦那、素敵すぎない!?
連れ去られたあたしを身一つで追いかけてくれて、こうして救い出してくれた。
まるで英雄譚に出て来る騎士様みたい……!
普段は優しくていつも笑顔を見せてくれるいい旦那様だけど、今日の旦那はなんというか……ちょっと影がある感じがいいわね。
特に増援できた男たちをみんな生きたまま焼き殺すなんて、すっごく怖い。
あの時の冷酷な顔はフィルの悪人顔も相まって、とてもとても怖かった。
……でもそれがよかったわね、うん。
普段の優しさと、今日の冷酷さ。
そのギャップがすごく“イイ“……。
ど、どうしよう……。
へ、変な顔になってないわよね?
ああ……今すぐにでもこの人との子供が欲しい。
今日の夜、誘っちゃおうかしら……。
怖かったから一緒に寝たいって言えばどうにか……。
いや、もういっそ今からリゼと協力して……!
リゼも命を助けてくれたんだし、おすそ分け位なら……。
「レーナ、その……怪我とかない?」
「え!? あ、はい! ない、無いです!」
急に話しかけられて挙動不審になってしまった……。
うう、恥ずかしい……。
やばいわ、冷静にならないと……。
「う、うん……。ごめんね、嫌なもの見せて」
嫌なもの……?
あ、さっきの“あれ”ね。
「衝撃的な光景ではあったけど、でもあれしか無かったのよね?」
「ああ、うん。万が一を考えたらあそこで殺さないと……」
「そうよね、わかってる」
旦那の雰囲気はやはりいつもと違う。
隣にいるリゼの様子も、普段よりずっと険吞とした雰囲気だ。
これが戦場の、“騎士”としての姿なのね。
周りの男の子達が戦場から帰るたびに怖い雰囲気になっていたのも、今ならなんとなく理解できる。
あたしが今こうして旦那に対して興奮してるのも、俯瞰して冷静にみれば命のやり取りの直後だからってのが大きいのかもしれない。
……そうよね、じゃないと今こんなにも旦那に抱いてほしいと思っているあたしは 淫乱な女って事になるし。
そうに決まってるわ。
……ライナスのあの感じも、少しなら理解してやれなくもないわね。
ただ、1つだけ気になることがある。
「ねえ、1つ聞いてもいい?」
「いいよ、いくらでもどうぞ」
「あいつらって、結局何者なの……?」
正直未だによくわからない。
「多分……ライナスの部下じゃないかな」
「え、噓でしょ……? じゃあ、これはライナスの指示ってこと!?」
だとしたら、余りにも最低すぎる。
いくらあいつだって、あたしを誘拐するなんて……。
そんな事って……。
「いや多分違う。あの部下……確かトールだっけ? あいつが言ってたでしょ“一流の騎士なら主の意思を組んで行動するものだ”って」
「じゃあ、部下が暴走したってこと……?」
「まあそうなるね」
……本当にそうなんだろうか。
なんというか、ほんの少し違和感がある。
まるで、そう。
“そういう結論じゃないと不味い”何かがあるような、そんな気配。
「だったらなおさら、一人くらい生かして連れ帰ってもよかったんじゃ……」
「それはほら、もしも【自爆】みたいなスキルを持ってたら最悪だろ?」
「そうだけど……」
うーん、やっぱりおかしいような……。
もし自爆があるならあの場で焼かれる前に使うんじゃない?
でも、どうして……?
「そろそろ出口だ、急ごう! ……話はまた後で」
「……そうね」
腑に落ちない気持ちはある。
でも、何か考えがあっての事なんだろう。
取り敢えず今は旦那を信頼することにした。
―
――
―――
――――
あの事件から2ヶ月が経った。
と言っても、ノノの治療のため未だ王都にとどまっている。
そう、ノノはなんとか一命を取り留めてくれたのだ。
まだ万全ではないけれど、侍女のお仕事も再開している。
彼女との仲はこの2ヶ月で更に良くなったと思う。
……旦那とは、あの後も一度も“シて”いない。
あの日以降、旦那は何かに没頭するように忙しなく動いてる。
優しい旦那で愛してるけど、そこだけがちょっと不満。
ま、まあ?
いいけど、別に。
あたしは淫乱じゃないし。
あの時のアレは単に戦場の興奮であって……!
……戦場、着いて行ってみようかしら?
山賊退治とか小競り合いとか、よくしてるみたいだし。
それで敵の山賊にさらわれて間一髪のところを、みたいな……!
それでそれで!
またあの冷酷な顔で山賊たちを容赦なく焼き払って、あたしを……!
よ、よし!
行きましょう、戦場!
「奥様、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
ノノが部屋をノックして入って来る。
火照った顔を瞬時にまとまな顔にする技術、ここ2ヶ月でだいぶ成長した気がするわね。
「お初にお目にかかります奥様」
ノノの後ろに綺麗な女の子が立っている。
何あれ、お人形さんみたい……!
すっごいかわいいわ。
「えと、どなた?」
「ロキシアと申します。本日は奥様にお願いがあってお伺いしました」
そういうと、ロキシアはノノに目配せをする。
ノノはその指示に従い、いそいそと部屋を出て行った。
「……ノノとはどういう関係?」
「え? ああ、申し訳ございません。私もここ出身で、一応孤児たちのまとめ役でもあるので……」
「ああ、そうなの」
だからあんなに素直に従ったのね。
……それにしても、身なりもちゃんとしてるし言葉遣いとか姿勢もすごく綺麗。
貴族って言われても不思議じゃないわね。
「それで、お願いって?」
ロキシアは息を吸い、頭を下げる。
「フィル様をお救いするために、是非ともお力添えいただけないでしょうか」
……旦那を救う?
それって、どういう……?
「詳しく聞かせて」
「いま、王都ではある裁判が画策されています」
「裁判?」
「マルド伯爵の国家の名誉に対する反逆を罪に問う裁判です」
マルド伯爵……え?
マルド伯爵って……。
「旦那に対する裁判ってこと?」
「旦那……ええまあ、はい。そうです」
「なんで……」
「大英雄ライナス様による画策です」
「い、意味が分からない……」
あいつが何をしたいのか理解できない、というかしたくない。
……想像はできるけど。
はぁ、呆れて物も言えないわ。
「既に動きは掴めています。この阻止のため、奥様にもご協力いただきたい」
「……わかったわ、何をすればいいの?」
旦那の為ならなんだってする。
ましてや、自分の幼馴染がわけのわからないことを企んでるならその阻止に協力を惜しむつもりはないわ。
「本日、協力者との会談をする予定です。奥様にも参加いただきたいのですが……」
「ええ、わかったわ」
こうして、あたしたちはすぐにその会談の開かれている王都のとある酒場へと向かった。
酒場と言っても個室だしお洒落だし、なんか想像に出てきそうな酒場とは違うけど……。
ここ、貴族でもかなりの上級貴族じゃないと入れないんじゃ……?
「では奥様、ここで見聞きしたことは事が起こるまで他言無用でお願いします」
「ええ、わかったわ」
そうして、とある個室の扉を開く。
中には、数人の女性が座っていた。
……これはまた、とんでもない面子ね。




