第32話 レーナ⑨ 報い
古びた教会の扉の先には地下通路への階段があった。
その階段を降りて、全速力で走り抜けた。
暗くカビの匂いのするその先に、黒ずくめの服を着た大柄な男が立っていた。
男は、大事そうに女を――レーナを抱えている。
今すぐにでも殺して、レーナを奪い返したい。
ズタズタに引き裂いて、この男に報いを受けさせてやる。
……いや、駄目だ。
冷静に、落ち着いて、呼吸を整える。
大丈夫。
ノノは助かるはずだし、レーナは生きている。
俺はまだ何も失ってない。
だから……落ち着こう。
「お前は……」
大柄な男は俺の足音に気づいたのか振り向き声をあげる。
仮面のせいで顔が見えない。
小賢しい男だ。
まあいいや、殺した後にじっくり見てやる。
「レーナを返せ、今すぐに」
「随分と強気だな」
強気、ねぇ。
確かにそうだ。
いつもならもっと慎重に計画を立てて行動している。
それが俺が今までの人生で学んだ教訓だし、そのおかげで今ここまでこれている。
間違いなく今の俺は冷静じゃない。
でも仕方ないだろ、こんな状況なんだ。
「今すぐ返せ、じゃないと殺す」
「これはあのお方のモノだ。貴様の様な、国家の……世界のために貢献していない人間には渡さない」
あのお方……?
……ああ、そうか。
こいつ、ライナスの取り巻きだな?
まさかライナスがこんな指示を……?
いやいや、それはあり得ない。
こんなイベント原作には無かったはずだ。
「これはお前の独断か?」
「……一流の騎士なら主の意思を組んで行動するものだ」
指示ではないと。
よし、なら殺していいな。
というか、この取り巻きたちも謎なんだよな。
他にも何人かいるっぽいけどあんな奴ら原作では全く出てこなかった。
うーん、俺のせいで原作が変わってるのか……?
まあいいや、今はこいつを殺すことに集中しよう。
「そうか、じゃあ――死ね」
先手必勝。
一気に距離を詰め、まっすぐ男の首を狙い剣を振る。
すんでの所で後ろに下がり避けられるが、抱えていたレーナは男の手から落ちていた。
よし、まずは狙い通り。
……落ちた拍子に盛大に頭をぶつけてめちゃくちゃ痛そうだけど、まあ仕方ない。
コラテラルダメージってやつだ。
「大丈夫?」
「……頭がいたい、でもそれ以外は大丈夫」
口にされていた猿ぐつわを外し、レーナを開放する。
一応、これで戦略目標は達成した。
「怪我がないならよかった。取り敢えず俺の後ろにいてくれ」
「……わかった。助けに来てくれてありがとう」
「大事な奥様が攫われたんだ、地獄にだって助けに行くよ」
レーナはそれだけ言って俺の後ろに隠れてくれる。
多分聞きたいことは山ほどあるだろうに、それをぐっと飲みこんで冷静でいてくれるのは流石だ。
「流石はフィル・クーリッヒ。聞きしに勝る卑怯者」
「誰に聞いたんだよ、随分と不名誉だな」
俺そんなに卑怯なことしてないと思うんだけどな。
「騎士の風上にも置けぬ事をして不名誉などと、万死に値する」
「女を夜道で攫ったお前がそれを言うのかよ」
「我が道はいずれ王たる我が主の歩く道。故にどんな行動であれ、それは王道だ」
なにそれずるい。
俺もそれくらい自己肯定感たっぷりな発言してみたいな。
「王道ねぇ、そんなに騎士らしさとやらが大事か?」
「騎士であるならば不意打ちなどもってのほか、騎士ならば正々堂々正面から戦い、そして正々堂々と討たれ死ぬのだ! その死に様こそが騎士としての生きた価値となるのだ!」
仮面越しなのに目がキマってるのが伝わって来る。
自分に酔ってるんだろうな。
「ああそう……。じゃあ騎士らしく死んでくれ、潔くな」
剣を構え、一気に距離を詰める。
必死に鍛えて身分を隠して何度も実践を経験した甲斐もあって俺は騎士の中でもかなりの剣の腕がある……はず。
こいつが誰なのかは知らんが、モブキャラ風情にやられはしない。
「【神の雷】」
「な!?」
男が剣を振るうと、その先から雷が飛び出してくる。
もちろん不意の一撃を避けれるはずもなく直撃する。
「無策で飛び出してくる無能にふさわしい末路だな」
侮蔑するような声。
ああ、くそっ。
反論できないな。
「嘘、噓噓噓噓噓噓噓噓!!! いや、いやよ!!!!」
狭い地下通路にレーナの叫び声が響く。
ああ、死ぬ直前まで声が聞こえるってあれ、本当だったんだな。
もう目が見えないのに、声だけが……。
そっか、俺が死んだら泣いてくれる位には……。
気づいたときには、声すら聞こえなくなっていた。
「おい、早く立ち上がれ。あの方の元に連れていく」
「……うるさい、うるさい!! 着いて行くもんか、ここで死んでやる!!!」
「お、お前!?」
レーナが短刀を持ち、首に近づける。
いざという時の護身用のそれは、騎士を殺すには足りないが、素人の女を殺すには十分な威力を持っている。
「よ、よせ!」
男が焦り、“俺の死体”を超えてレーナを抑え込む。
ああ、こいつが馬鹿で本当に良かった。
「辞めろ、落ち着……!?」
男の背後から心臓を刺す。
念入りに、必ず死ぬように何度も何度も刺し続ける。
「な、なぜ……!?」
「お前はそれを知ることも出来ず死ぬんだよ。残念だったな、騎士らしく正々堂々と死ねなくて」
「きさま……」
「こんな死に様で、お前……生きた価値無かったな」
男の身体から力が抜ける。
間違いなく死んだだろう。
でも大丈夫、俺の最後の言葉は伝わったはずだ。
“さっき死んだから”よくわかる。
「フィ、フィル……! い、生きて……!」
「ごめんね、心配かけて。大丈夫、生きてるよ」
正確には一度死んだんだけどね。
俺の4つの切り札のうちの一つ、【不死鳥の加護】。
対象者の死を、一日に一度無かったことに出来るとんでもないチートスキル。
それの完全劣化版で、人生で一度だけ死を無かったことに出来る。
劣化版とはいえ間違いなく不意を突ける最強のスキルの一つだから失いたくなかったんだけど、油断しすぎたなぁ……。
原作に出てきてないようなモブ騎士がなんでこんな強スキルもってんだよ……。
「生きててくれてるならそれでいいの……本当に、ありがとうっ。それから……ごめんなさい、ノノが……!」
「わかってる、でもノノはまだ生きてる……頑張ってるんだ」
「本当に……!? よ、よかった……」
安心したんだろうか、レーナが大粒の涙を流している。
レーナにとってはただの侍女でしかないはずなのに、こんなに涙を流してくれるなんて。
やっぱり、心の底からいい子なんだろうな。
……少しだけ、手放すのが嫌になる。
「こ、こいつはなんだったの……?」
レーナが男の遺体に指をさす。
まあ、正直想像は簡単にできる
けど取り敢えずマスクを外すか。
……ん?
「いたぞ!」
男の遺体に近づいた瞬間、大勢の人間が近づいてくる音が聞こえる。
……おいおいまじかよ。
「え、え!? な、なに!?」
「……増援だと思う」
これはまずいな。
人数にもよるけど、“保険“が無い以上は最初から全力で行くしかない。
くそっ、最悪だ。
「な、トール!?」
「お、おい!」
追いついてきた男達の姿が見え、向こうにも俺があいつらの仲間――トールというらしい――を殺したのがわかったらしい。
驚きの声と共に、実にあっさり遺体の正体を明かしてくれた。
「トールって、ライナスの……」
「あー、やっぱりそうか」
予想は的中していたらしい。
だとしたら、こいつらもその取り巻きかな?
「き、貴様! よくも……!」
取り巻き達が憎しみの籠った目で俺を見つめて来る。
俺の家族を傷つけて置いて、仲間が殺されたから怒る?
ふざけてるのかこいつらは。
合計で10人ほどの騎士たちが、同時に俺を睨みつけている。
よし、チャンスだな。
出し惜しみする暇はない、切り札の2つ目を切るとしよう。
俺は意を決して目を瞑り、“眼“に魔力を籠める。
……いや、必要ないか。
どうやら来てくれたみたいだ。
「10人でかかってくるなんて、騎士として正しい行いなのか?」
俺はなるべく挑発するように声を出す。
「黙れ! 貴様はここで殺す……! 仲間を……トールを殺した報いを受けろ!!!」
「そうだ! ここで殺すぞ!」
「覚悟しろ!!!」
男達の怒号が狭い道で反響し耳が痛くなる。
「フィル……」
「大丈夫、心配しないで」
震えた声で怯えているレーナの肩に手を置く。
まあ、今回は俺は何もしないんだけど。
「おい、女は殺すなよ」
「わかってる」
おいおい、あれじゃ騎士ってよりは山賊の台詞だろ……。
「怖い、怖いねぇ。そんな人数で威嚇されたらたまったもんじゃない」
「そうかい、じゃあそのまま小便漏らしてろよ」
男達の中でも一番ガラの悪い奴が、いかにも悪役っぽい事を口にする。
いやまじで、これじゃあどっちが悪役貴族かわかったもんじゃないな。
「ああそうだな、このままじゃ怖くて漏らしてしまいそうだ。だから……こっちも“怖い番犬”を用意しよう!」
俺が叫ぶと、後ろから猛烈な勢いで“何か“俺たちを飛び越える。
そして、一番ガラの悪い男を串刺しにして壁にたたきつける。
……うん、間違いなく即死だな。
「な、なん……!?」
男達は悲鳴すら上げられず呆然としている。
当然だろう、“何か”の動きは人間の身体能力を超えている。
「……遅くなってごめんなさい。それと、いいつけを守らなくて」
「いやいいよ。ちゃんと他に警備の人が来てからこっちに来たんだろ?」
「……うん」
目の前に立つ俺の最強の番犬、リゼが小さな声で謝罪する。
本当はノノ達の護衛を任せていたんだけど……まあ我慢できなかったんだろうな。
いいや、結果的に助かったからお咎めなしで行こう。
適材適所に配置しなかった俺のミスだな。
「よしじゃあ、全員殺さずに動けないようにしてくれ」
「……わかった」
リゼは静かにうなづくとすぐに俺の前から消える。
そして数分後には、男たちは全員見るも無残な状態になっていた。
「……終わった」
「うん、お疲れ」
男たちは殆ど抵抗も出来ないまま蹂躙されていた。
うわー、あれやばいな。
腕と足が逆方向に向いてるよ……。
「き、貴様ら……!」
男が呪詛の声を上げる。
さ、ロキシアに報告してこいつらの正体を……。
あれ、待てよ……?
これまずくないか?
暴走とはいえライナスの直属の部下がこんな……。
王都での刃傷沙汰、しかも恋敵にって……。
絶対に不味いよな。
最悪ライナスの立場すら危うく……。
「……どうする? ロキシア、呼んでくる?」
「いや……」
うん、駄目だ。
ここでこいつらを生かして連れて帰れば間違いなく世に出てしまう。
警備隊はすでに動いてる、この事実は絶対に覆らない。
隠蔽も出来ないから、世間にライナスの悪行は知れ渡るはずだ。
そんなことになれば今までの全てが水の泡だ。
……よし、焼こう。
ここにある全てを焼いて、身分がわからないようにしてしまう。
これしかない。
証拠隠滅だ。
「こいつら全員燃やすぞ」
「え!?」
レーナが驚きの声を上げる。
そりゃまあそうだよな。
「しょ、証拠とかは……?」
「いやーえっと……ほら、生かしたままだとさっきみたいにスキルを使われるかもしれないだろ?」
「……まあ、確かに」
レーナはギリギリ納得してくれたみたいだ。
リゼは……考えるまでも無いな。
「ま、待ってくれ! せめて、せめて剣で殺してから……!」
「そうやって言うって事は殺した時に何か発動するスキルを持ってるのかもしれないな! 残念だな、生きたまま燃えてくれ!」
「やめろ、やめてくれ!!!」
男たちの悲鳴にも近い命乞いを無視して魔力を溜める。
基礎的な炎魔術くらいなら使える。
身体を燃やすにはこれで十分だろ。
「『火球』」
無数の火の玉が男たちの身体に飛んでいく。
面白いように燃え上がり、身体全体が焼けただれていくのが見える。
うーん、なんであんな燃えるんだろ?
魔術って不思議だなぁ。
「「「ぐぁぁあぁあぁぁあぁ!?」」」
男たちの悲鳴と、肉の焼ける焦げ臭さが辺りに蔓延する。
うーん、不快だな。
帰るか。
「よしじゃあ帰ろうか」
「……わかった」
「は、はい……」




