第27話 レーナ④ “夫婦”になりに来ました
髪、綺麗に手入れしてある……良し!
服、ちょっとばかし薄着だけどまぁ……良し。
下着、ほとんど何も隠せてない気がするけど……多分それが良し!
完璧ね、湯浴みもして綺麗になったしなにも問題ないわ。
……じゃあ、早くノックしましょう。
うん、早く……。
どうしよう、緊張でドアを叩けない。
目の前にあるフィルの部屋のドアが、まるで魔王の城の扉みたいに見える。
ここで初めてを散らすのね……。
ま、まあ?
別に死ぬわけじゃないし……。
大事にしていたわけでもない。
ただ、これだっていう相手がいなかっただけ。
……だから、いい。
初めては、心から愛し合っている人としたい。
そんな子供の夢は、貴族が持っていい物じゃない。
気高い青い血の女なら、与えられってぱなしでいていいわけがないんだ。
今の私にはフィルに返せる物なんて何もない。
だから、せめて身体で返さないと。
大丈夫、初めてだけどきっと怖くないわ。
……それに、彼はライナスや他の男たちと違って、“そういうこと”を想像しても余りいやな気持にはならない。
そのことを考えると心臓の鼓動がどんどん早くなって、汗が出て顔が熱くなる。
それくらい緊張してしまうけれど、嫌ではない。
だったら、愛し合っている人としたいなんて我儘だ。
よし、いくわ……!
覚悟を決めてドアをノックする。
「どうぞ」
静かな声でフィルがノックに返事をする。
その声に流されて、あたしは部屋へと入る。
部屋の中には寝間着姿のフィルが小さな机の前にある椅子に座っている。
机には、今の今まで読んでいたであろう本が置かれている。
「レーナさん? どうかしましたか?」
「“夫婦”になりに来ました」
なんて切り出すか迷った。
最初は抱かれに来ましたとか、愛してもらいに来ましたとか、まあ色々考えたけど。
流石にちょっとこう、恥ずかしすぎて言えなかった……。
は、はしたなくて嫌われたら困るし!
決して日和ったわけじゃないわ!
「はい?」
こ、こいつ……!
何言ってんだ?みたいな顔してる……!
察してよ!
ふぅ……。
まあいいわ、取り敢えずもう少し近づいてみましょう……。
「な、なんですか?」
あたしが距離を詰めると、フィルは立ち上がり不審がる。
も、もう!
まだ近づかないと気づかないの!?
「あ、あの……?」
仕方なく更に近づき、遂にフィルの目の前にたどり着く。
な、なんか……。
二人きりの時に近づくと、大きく見えるような……?
それになんかいい匂いだし、なんなのこれ!?
「わ、わかるでしょう?」
「え? え? レーナさん?」
フィルは心底戸惑っている。
何よこの反応!
村娘でも、もう少し察しいいわよ?
「だ、抱いて……」
フィルの身体に抱き着いて、囁くように言う。
うう、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
さ、最悪だわ!
こんなセリフ言わされるなんて……!
悪人顔なんだから、もっと早めにそっちから抱きしめてきなさいよね……!
「レーナさん……」
「な、なんですか? い、いいんですよ、どこ触っても……!」
そう言ってさらに身体を押し付ける。
「……わかりました」
フィルはそう言って、あたしの肩に手を置いて顔を近づけて来る。
あ、キスされるんだ。
目を瞑り、顔を上げる。
すべてを受け入れようと待っていると、額に衝撃が走る。
「痛っ!」
なにごと!?
目を開くと、笑顔のフィルがいる。
「デコピンです」
「“でこぴん”?」
「そう、悪い事をした子供への罰みたいなモノですね」
「な、どういうこと!?」
悪い事した子供って、あたし?
「自分の身体を粗末にしようとした悪い子には相応しい罰ですよ」
「粗末にって、あたしはあなたに……婚約者に抱いてもらおうとしただけよ」
「身体、震えてますよ? 本当は嫌なんでしょう?」
「これはただ、緊張して……」
別に、嫌じゃなかった。
顔が近づいてきた時も、緊張はあったけど嫌悪感はなかった。
「だとしても、震えるくらい緊張する相手とそういうことするのは違いますよ」
「いやいや! 貴族ってそういうものじゃない」
「ここは俺の領地ですから、俺の常識が一番優先されるんです」
「な、なにそれ……」
フィルは小さく笑い、ベッドに座る。
「別にこれから長く一緒に過ごすんですから、せめてキスするときに震えない位の関係になってからしましょう?」
フィルが優しく丁寧な口調で、諭すように話しかけて来る。
なんでこんな……。
「あたしを抱きたいから村まで渡して結婚したんじゃないの……? なのに、なんで……」
あたしがそういうと、フィルは小さく唸る。
「俺、無理矢理って趣味じゃないので。あとNTRもあんまり……」
「NTR……?」
謎の単語が出てきた。
何かの略語とか……?
「あ、いやなんでもないです。とにかく、“そういうこと”をする時は、さっきみたいな血の気の引いた顔じゃなく、笑顔でいられる状況が良いって事ですよ」
……よくわからない。
でもなんだろう。
余りにも、周りの男と……ライナスや、その取り巻きの騎士たちと違いすぎる。
これが伯爵の余裕ってやつ……?
わからない、わからないけど……。
少なくとも、ここでこのまま抱かれるよりも安心できる。
ずっと一緒に暮らす旦那様として信頼できると……思う。
「でも……」
「覚悟を決めてきてくれたのは素直に嬉しいです。でも、俺は夫として、あなたの“貴族”としての気持ちじゃなく“女性”としての気持ちを優先して欲しいです」
「女性としての、気持ち……」
フィルの言葉が、心に深く刺さる。
「あたしは、貴族だから。だから、そんな気持ち……」
「持ってないんじゃなくて、押し殺すのが上手くなっただけなんじゃないですか? 心の奥にはもっと、本当の願いがあるんじゃないですか?」
あたしだって、別に女としての気持ちが無いわけじゃない。
でも、あたしは貴族で、長女だから……。
だから、襲われても文句の言えない所にだって……。
“覚悟”を決めないと、貴族ならそれが役目だから……。
「でも、あたしは……」
「せめて夫の前で位、女の子でいてくださいよ。家族になったんですから」
な、なにそれ……。
ずるい、ずるいよ。
「ま、貴族としての責任感を利用してあなたに結婚を迫った俺が言うなって話ですけどね」
そう言って、バツが悪そうに頭を掻く。
確かに、お前が言うなって話ではある。
だけど、あたしはそのおかげで……。
「まあでも、大丈夫。すぐに終わりますから」
「……終わる?」
何が終わるんだろう。
この人は、たまにわけのわからないことを言うのが趣味なんだろうか。
「なんでもないです、ほら遅くならないうちに部屋に戻りましょう?」
部屋に帰る……。
それは、一つ大きな問題が……。
「ここでこのまま帰るって、あたし部屋でどんな顔すればいいんだろう……」
「あぁ、確かに」
このままトボトボ部屋に帰ったらどんな噂になるかわかったものじゃない。
少なくとも、侍女たちの笑いの種になるのは間違いないだろう。
「は、恥ずかしい……」
「うーん、じゃあ一緒に寝ます?」
「え、え!?」
一緒にって、あのベッドに2人で?
確かに、ダブルサイズより大きい位だから余裕で寝られるけど。
「まずは2人でたくさん話して、理解を深めていくのはどうですかね」
「……よろしくお願いします」
う、うん。
距離を詰めていくのは必要だし、これ位なら……!
「お、お邪魔します……」
フィルが寝ている反対側から、布団の中に入る。
すぐにフィルも布団の中に入ってきた。
な、なんかむしろさっきよりも恥ずかしいわ……!
つい、目の前にあるフィルの顔を見てしまうし……。
……悪人顔って事に目が行きがちだけど、意外に整ってる顔付きなのね。
周りの女の子はみんなライナスの事を美男子とか騒ぐけど、全然こっちのほうがかっこいいじゃない。
ふふ、フィルも目を逸らしてる。
あんなに余裕ぶってたけど、やっぱり恥ずかしがってるじゃない。
「レーナさん、やっぱりかわいいです」
「な、なに、急に!」
「さっき抱くために結婚した、って言ってたじゃないですか」
「え、まあ、はい……」
う、怒らせてた……?
でも、怒ってたらかわいいなんて言わないわよね?
「抱かなくても、こうして見てるだけで十分結婚出来てよかったって思いますよ」
「な、な、な……!」
ほんっとうに、恥ずかしい台詞が常に出て来る男!
こんなに顔が近いのにそういう事言わないで!
赤くなってるのがバレる……!
な、何か反撃しないと……!
「あ、あたし、も! あたしも、結婚して後悔とか、全然ない……です」
「無理しなくていいですよ? 好きな人、いるんでしょう?」
まるで当然そうであるかのように的外れな事を言ってくる。
産まれてこの方好きになった人なんて出来たことが無い。
ライナスが昔のまま大人になってたら、もしかしたらそうなってたかもだけど……。
今の彼は“ああ”だから、とても好きになれないし。
「いないですよ、今までもそんな感情持ったことが無いもの」
「気を使って嘘つかなくていいですよ?」
「本当ですよ」
あたしがそういうと、フィルが目を細める。
うーん、何か勘違いしてる?
「ま、いいです。夫婦とはいえ隠し事だって必要ですからね」
「だから……。はぁ、もうそれでいいです」
反論するのも疲れるし、あんまり言う必要も無いわよね。
うーん、でも、なんかモヤモヤする。
誤解されたままなのは、ちょっとやだ。
なんでだろ……。
「それより、一つ提案があるんですよ」
「提案?」
「そうです。俺たちは婚約者なんですから、そろそろ敬語は辞めませんか?」
「……確かに、それはそうですね」
初対面から一週間経たずにここまで来たから違和感が無かったけど、お互い敬語ってのは夫婦としてちょっと変。
……たまに敬語を忘れちゃうときもあったけど、そこは考えないものとするわ。
「よし、じゃあこれからは敬語無しで!」
「え、ええ。よ、よろしく、フィル」
「よろしく、レーナ」
……なんだか、少しだけ心が近くなった気がする。
「これで少しは夫婦らしくなったかな?」
「そうね、侍女たちが見たら怒るんじゃないかしら」
「大丈夫、あの子たちは俺の子供みたいな物だから!」
「ふふっ、じゃああたしはあの子たちの母親ね」
まだ“したこと”も無いのにもうたくさんの子供が出来てしまった。
でも、彼との子供って考えたら悪い気分じゃない、かも。




