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第25話 レーナ② 青い血の役割

 婚約者?

 あたしと、この男が?

 意味が分からない、酔っ払いか何か?

 でも、例え誰だっとしても今にも襲われて貞操の危機だったあたしからすれば救世主だ。


「お前、頭おかしいのか?」

「ほらこれ、さっきレーナさんのお父様から正式に認めてもらった書類です」


 そう言ってフィルと名乗る男は一枚の紙を見せて来る。

 確かに、あたしの家の家紋入りの印鑑が押されてる……。


「に、偽物だろ!」

「いえいえ、ちゃんと本物ですよ! なんなら確認しに行きます?」


 軽薄そうな声でそういうと、ライナスは黙ってしまう。

 流石のライナスでもあの紙が本物だって事には気づいたんだろう。

 あれは、間違いなくうちの印鑑が押されてる本物だ。

 あの印鑑を押すには当主であるお父さんが魔力を籠めながら押す必要がある、偽物のわけがない。


「父がこれを?」

「ええそうです、しっかりと“お話“したらわかってくれましたよ。さあレーナさん、早く諦めてこっちに来なさい!」


 ……諦める?

 あ、この人もしかして今“そういう雰囲気”だって、勘違いしてる?

 うわー、それは最悪!

 むしろ無理矢理襲われる寸前だったんだけど!


「い、いや……」

「断ろうとしても無駄ですよ? 既にあなたの家とは話がついてます! 伯爵の権力、舐めない方がいいです」


 “そういう雰囲気”だったわけじゃないと説明しようとしたら、遮られてしまった。

 というか伯爵って……。

 思い出した!

 フィル・クーリッヒといえば、我が国随一の鉱山を誇るマルド伯爵で、その財産を孤児院の経営に使う善人とか、山賊退治に兵士として参加する奇人とか、教会とずぶずぶで野心を隠してないとか、色々言われてる人だ。

 そんな人が、なんであたしと……?


「さぁ、レーナさん、家に帰ろう」

「え……?」

「お、お前! ふざけんなよ! 俺たちはここでこれから……!」


 ライナスが激高してフィルに殴りかかろうとする。

 が、すんでの所で後ろから背の高い女の子が止めに入る。

 ……あの子、素人の私でもわかるくらい威圧感がすごい。


「あ? やんのか?」

「……指示があるなら、すぐにでも」


 う、うわ。

 一触即発って感じ、どうしよう?

 このまま逃げた方が無難?

 あれが本物ならどうせ家に来るだろうし……。


 女の子の目がどんよりと曇っていく。

 獲物を狩る動物みたいな目、臨戦態勢って感じ。


「こら、辞めなさい」

「……はい」


 フィルの言葉で女の子の雰囲気が一気に優しくなる。

 なにあれ、すごい……。


「じゃあ、貰っていきますね」

「ふざっけんな!」

「ふざけてない。もしも彼女を取り返したいなら、正式な手順を踏むことですね!」

「絶対に認めないぞ! 力づくで止めて……」

「……いくら英雄とはいえ、素手でわたしに勝てるとでも?」


 よく見ると、女の子は鎧を着こんだ完全武装だ。

 対するライナスは生身で、しかも酔っぱらってる。


「そういうことです。諦めなさい、今のお前ではレーナさんは守れない」

「……ちっ。レーナ、必ず助けに行く! だから待っててくれ」

「え?」


 あ、ふーん。

 諦めるんだ。

 あたしとしては有難いけど、正直更に失望してしまう。

 英雄とか言われてるけど、結局こいつも不利なら逃げるって事ね。


「じゃあまたどこかで、英雄様」

「絶対に許さねぇ」


 ライナスが憎しみの籠った目でフィルを睨みつける。

 そんな視線を無視して、フィルがあたしの手を取って部屋の外に出る。

 ……とりあえず、ここでライナスに貞操を奪われる危機はなくなったわけだけど。

 今度は目の前のこの男が問題よね。


 ……なに?

 なんであたし、こんなにモテてるの……?

 もっと家柄も器量もいい貴族の娘なんて五万といるのに、なんであたし……?


 ―

 ――

 ―――

 ――――


「さて、取り敢えずレーナさんの家まで向かいますか」

「そう、ね」


 彼があたしの家を知ってるなら、そうするしかない。

 今ここで逃げ出したって無意味だし、取り敢えず話を聞くしか……。


「あの、どうしてあたしを……?」


 酒場を出て家まで歩いている最中、ふと気になったからなぜあたしと婚約しようとしてるのか聞いてみた。


「あー、えっと……。まあ、一目惚れ?」

「……な!?」


 な、なにそれ!?

 あたしに一目惚れって、はぁ……?


 絶対嘘。

 そんなわけない!


「そんなこと言われたことないけど」

「それはほら、隣に怖いボディガードがいたから?」

「……それにしたって」


 確かに、ライナスはあたしの周りにいた男の子のこと、怖い顔して追い払ってたけど……。

 でも、別にあたしが特別美人とか家柄がいいとか、そんなわけでは断じてないと思う。


「レーナさんは自分を過小評価しすぎでは?」

「……はい?」

「レーナさんは美人だし、理知的でとても魅力がありますよ? 少なくとも、最強のボディガードから奪ってしまいたくなるほどには」

「な、な……!?」


 なによこの人!

 なんでこんな恥ずかしい台詞ペラペラ出るの??

 随分と悪人顔だし、これでたくさんの女を騙してきたのね……!


「あ、着きましたよ」

「んぁ、え、ええ! そうね!」


 動揺しすぎて変な声でたわ……。


「失礼します」


 フィルが鍵を開け、あたしの家に入っていく。

 ……え!?

 もう鍵まで持ってるの!?


 家に入り応接室の方に行くと、両親が申し訳なさそうな顔で立っている。

 ……まあ、そうよね。

 伯爵に娘を売ったんだから、そりゃ罪悪感もあるわよね。


「閣下、娘が何か粗相などは?」

「ん? いいえ、ありませんよ! それと、家族になるんですから“閣下“というのは流石に……」

「あ、そうですね、はい……」


 こんなに恐縮してるお父さんをみるの、財務大臣がうちに来た時以来かも……。


「あー、えっと……。レーナ、話は聞いた?」


 お母さんが気まずそうに話しかけて来る。


「あ、うん。フィル様があたしの婚約者、なのよね?」

「そうなの! さっき急遽決まったんだけど……」

「さっきって、いくらなんでも早くない……?」


 結果的に助かったけど、せめて一言位相談してくれても……。


「俺が急かしたんです、どうしてもすぐに君が欲しくて」

「そ、そう……なん、だ?」


 だ、だから!

 そういう恥ずかしくなることをペラペラと……!

 反応がまともにできないからやめて!

 はぁ……、やっぱり噂通り変な人なのは間違いないわね……。


「条件もまあ、とにかく破格すぎるものだったんだ」

「どんな?」


 まあ、これだけ早くことが進むって事はなにかあるのは間違いないとは思う。

 政略結婚が常の貴族とはいえ、いくらなんでも当人の意思を一切聞かないのは異常よ。


「閣下の領地……マルド伯爵領にある直轄地の村を1つ、だ」

「……はい?」


 村を1つ……?

 村って、ええ??


「代官が納めてる村が結構あるんだけど、その中の一番豊かな村を用意したよ。人口は500人。平時の徴兵人数で最大50人の大所帯だ」

「あ、あたしと結婚するために村を……?」

「ああ、レーナさんの弟のドラン君が統治するって事で話がついた」


 破格、なんてもんじゃない。

 領土は、即ち力。

 村持ちの領主貴族と王都の官僚貴族では、経済力も影響力も全然違う。

 しかも人口500人って、もう少しで街になるような規模じゃない……!


 そりゃお父さんも堕ちるわけだわ……。


「村一つでは不満かな?」

「い、いやいや……! そんなわけないでしょ!」

「おいレーナっ」

「あ……!」


 あまりの衝撃についつい口調が強くなる。

 というか、さっきから結構敬語遣うの忘れてる……。


「構いませんよ……。では、ご不満ではないようなのであらためて」


 あたしの隣に立っていたフィルが、急に向きを変え片膝をつく。

 え、え??

 な、なにする気??


「レーナ・サヴォイさん、私と結婚していただけますか?」


 そう言って、フィルが綺麗な宝石のついた指輪を差し出してくる。


 ……なんというか、ライナスとは真逆の口説き方ね。

 行動は大胆だけど、出してくるのはあくまでもメリットだけ。

 キザで格好つけてると思うけど、それでもやっぱり……女としては素直に嬉しいと思ってしまう。

 こんな条件出されたら、納得するしかないじゃない。

 無理矢理鞭で従わされるより、こんな飴を用意される方がよっぽど断れない。

 ……それに、“家“のために結婚するのが貴族として、青い血として産まれてきた役割だ。


「は、はい……、よろしくお願いします」


 自分の気持ちは、正直に言えばまだ全然わからないけど。

 でも、少なくとも。

 このプロポーズは嬉しかった。

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