第24話 レーナ① 乱入者、あるいは救世主
あたしとライナスは、所謂幼馴染と言う奴だった。
下級騎士の長男のライナスと、王宮官僚の長女の私。
身分的にも年齢的にも近しいあたしたちは、子供のころからそれなりに仲良く暮らしてきた。
特にライナスが熱心だった剣の修行なんかは、私もよく見に行って友達にからかわれたりしてた。
今では、懐かしくもいい思い出だと思う。
そんなライナスが変わったのは、もう何年も前になる。
数日間病気で寝込んでいたライナスは、回復した時には人が変わったようになっていた。
性格がなんというか怠惰でそれでいて攻撃的になっていて、すごく近寄りにくい。
15歳になったころ、王都の剣術大会があった。
全国各地から騎士や兵士、果ては囚人まで。
この国の最強を決める大会で、ライナスは優勝した。
すごい事だと思ったし、幼馴染として誇らしい気持ちにもなった。
……でも、そこから彼はより悪い方に変わっていった。
連日戦場で魔物や敵軍を倒す日々。
いつしか英雄と呼ばれるようになった彼は、目に見えてわかるくらいに調子にのっていた。
本当は会いたくないけど、時折あたしも付き合いで会わないといけないこともある。
我が家としては、あたしを通じて英雄様との付き合いを続けたいんだろう。
……その気持ちはわかる。
家を盛り上げたいって言うお父さんの気持ちを無碍にするつもりもない。
あたしは貴族として、あたしの役割を果たさなければならない。
それは、わかってる。
だからこうして今日もここにやってきた。
王都にあるとある酒場を貸し切った祝勝会。
周りにはガラの悪い男達。
そしてその中心にはライナスが座り、周りの騎士たちに褒められている。
あたしはここで、貴族代表として給仕に来ていた。
あたしについてはライナスからのご指名らしい。
「いやー、ライナス様! 流石は大英雄、本日も大活躍でしたな!」
「そうかな? 活躍できたなら嬉しいよ」
「いえいえ、赤い血の連中が数人死にましたが、我ら青い血の騎士たちには一人も死者を出さずにギガントキマイラを倒すとは、まさに英雄の何相応しいです!」
「本当に、被害無しで王都の平和を守れたのです、もっと誇ってください!」
「そうだな! とにかく、被害者無しで戦いきれたのは本当に良かった! 君たちの協力のおかげだ! ありがとう、みんな!」
ライナスが立ち上がり酒を掲げると、騎士たちも一斉に立ち上がり大声で叫びだす。
みんな一様に、ライナス様万歳!英雄万歳!と叫んでいる。
……被害無しって、本当に変わったわね。
赤い血……民間からの徴収兵たちは何人も死んでるのに、それを率いる貴族がそんな反応。
ついさっき死んだ兵士の遺族を見たから余計に心が痛む。
彼らだって生きているのに。
少なくとも、同じ戦場で戦ってるのにこの貴族たちは何も思わないの?
本当に嫌になる。
自分の幼馴染がその中心にいるってだけで、吐き気がする。
「お、レーナ! 来てくれてたのか!」
「……あなたが呼んだんでしょう? 給仕係として」
酒を片手に持ったライナスがあたしを見つけて近づいてくる。
……距離が近い。
「給仕係じゃなくても良かったんだがね、まあこの方が来やすいかと思ってな」
「……そう」
「な、俺の隣座ってくれよ」
そう言って真ん中にある席に指をさす。
周りには騎士たちがたくさんいる。
正直、あんなところ座りたくない。
……でも、そうも言ってられないのよねぇ。
「じゃあ、お酒作ってあげるわ」
「いいね、楽しみだ!」
席に座ると、特に屈強そうな騎士があたしの左隣りに座る。
……なんか、あたしの事睨みつけてない?
「紹介するよ、こいつは最近俺の従者になったトールだ」
「よろしくお願いいたします」
「え? ああ、はい。レーナ・サヴォイです。よろしくお願いいたします」
筋骨隆々で背も大きいその騎士は、態度こそ慇懃無礼だけど目が怖い。
感情が見当たらないような、そんな目。
「こいつはすごいぞ! この間なんて、山賊共を10人近く殺してた」
「ライナス様もあの時は何十人も殺していたではないですか」
「ははは! まあ山賊程度なら相手にならねーからな!」
本当に野蛮な会話ね、いやになる。
でも抜けるわけには……。
「ライナス様は本当に素晴らしいお方なんですよ? それに女性からもとても好かれますから」
「お、おい!」
「これは、レーナ殿もうかうかしてると他の女性に取られてしまいますよ?」
「え? いやー……」
どうぞ勝手に持って行ってくれって感じ。
あたしはこういう野蛮な会話をする騎士は嫌い。
別にライナスじゃなくても誰が何人殺した、みたいな会話で盛り上がる人種を好きになれる気はしない。
もちろん、騎士があたしたちを守ってくれるってのはわかってるし尊敬もしてるけど。
……でもだからって、こんな笑いながら命を奪った話をするなんて信じられない。
「おいトール! レーナが困ってるだろ」
「も、申し訳ございません!」
ライナスがトールを諫めると、大男が怯えたように小さく座りだす。
「お、俺は別の女にいくつもりはないからな」
「そ、そう……」
そう言って、ライナスがあたしの足に手を置く。
……うわー。
でも払う訳にはいかないし、適当に流さないと……。
足位なら安い物よ、うん……。
―
――
―――
――――
しばらくして、宴はお開きになった。
酔っぱらった騎士の介抱もあたしたちの仕事だからと、あたしはライナスを部屋に連れていくことになった。
……気を付けないと、本当に不味いかも。
とりあえず、酒場の上にある寝室までライナスを支えながら運ぶ。
重いし、酒臭いし、ホント最悪。
「ん……?」
「ライナス、目が覚めた? もう宴も終わったから、あなたも寝るのよ」
ライナスをベッドに寝転がすと、衝撃で起きてしまった。
寝たままでいてくれたらよかったのに。
「なあレーナ、もう少しここにいろよ」
「……明日も早いからこれで帰るわ」
「なあ、良いだろ?」
ライナスが立ち上がってあたしの身体を抱きしめて来る。
やばっ、逃げられない……。
「い、いやっ」
「嫌じゃないくせに」
「嫌よ! ほんと、辞めて……!」
最悪すぎる。
ここじゃ逃げ場も無いし、助けも来ない……!
「俺たち幼馴染だよなぁ?」
「そ、そうね? 恋人でもなんでもないでしょう?」
「そう、そうだよ。だから今日、恋人になろうぜ?」
「そういうのはお酒が抜けてから言って……」
とにかくこの場を切り抜けないと……。
こんな所でこんな酔っ払いに初めてを奪われるなんてごめんだわ。
「トールが言ってただろ? 俺、モテるんだよ。いいのか? 他の女にとられちまうぞ?」
ライナスがあたしの身体をより強く抱きしめて来る。
痛いし、密着してて気持ち悪い。
ライナスの手が、お尻を触りだす。
嫌悪感で身体が震えて来る。
「本当にやめて!」
抵抗しようと身体を動かすと、どんどんライナスの力が強くなる。
こいつ、あたしの事全然考えてない……!
「お前、俺がこの国の英雄だってわかってるか? 何体も危険な魔物を倒して、敵の軍を追い払って、俺がいなきゃこの国どうなってたかわかんのか?」
「そ、それはすごいけど! それとこれとは、関係が……」
ライナスがあたしの顔を触る。
「俺が言えば、たかが官僚貴族のお前の家なんて……」
「……な!?」
こいつ、ここまで最低だと思ってなかった。
家の名前をだして脅してくるなんて、そんなのって……。
……ああ、でも。
だめね、これはもう受け入れるしかないわね……。
家族のためなら、ここを耐えるくらい……。
「あ、ここですか?」
「は、はい……。ですが、ここにはっ」
ドアの向こうから男の声と、恐らくこの店の店主の声が聞こえる。
男の声はどこかあっけらかんとしていて、店主さんはかなり困ってる感じだ。
ドンドン、とドアを叩く音がする。
おそらく男がドアを叩いているんだろう。
「ちっ、なんだよ」
ライナスがいらついた様子であたしを放し、扉を開ける。
扉の向こうには身なりの良い男と、背の高い女の子が立っていた。
……年齢は、多分同じくらい?
「あ、どもども!」
「……だれだ、お前?」
「ん? えーっと、あ! いたいた!」
男は部屋の中を見回すと、あたしを見つけて手を振って来る。
……だれ?
知り合い、じゃないはずだけど……。
「おい、聞いてるのか?」
「え? あー、えっと。俺はフィル・クーリッヒ。そこの女性の婚約者です」
「「……は?」」
フィル・クーリッヒと名乗る男は、実にあっけらかんと信じられない事を言いだした。
……多分、あたしとライナスは全く同じ反応をしていたと思う。




