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第四章 第5部:失われた会話への回帰

前回までのあらすじ

五年前に「エリシオン」との接触任務を遂行した探査船オミクロン。


その旧乗員たちは再び集結し、「扉」を通過して銀河の深部へと向かった。彼らが到達したのは、中規模のブラックホールを中心とした宙域であり、その重力井戸の赤道面には八つのモノリス状構造体が周回していた。観測結果は、かつて接触した「エリシオン」との一致を示していた。


通信を送信したオミクロンは、映像と音声による応答を受信する。現れたのは「前・人類」と思しき若い女性アミナ。彼らは自らを「ネメシス」と名乗り、オミクロンの入港要請を受理した。


艦が「ネメシス」構造体へと進入すると、乗員たちはライブラリアンを名乗る女性・セレインと対面する。ノヴァック博士は、太陽系で接触した知的存在「オメガ」からもたらされた情報に基づき、銀河各地で発生している「知的存在の失踪」現象について説明する。その発生は既知の文明全体に及ぶものであり、人類自身もいずれその影響を受けると考えられていた。彼らはその謎を解き明かし、回避の道を探るべく、この旅に出たのだった。


セレインは、その話に深い関心を示し、「ネメシス」は自分たち「維持者」が建設したものではなく、より上位の存在「ハダノール」によって設計された施設であることを明かす。ただしその起源に関する記録へのアクセス権はなく、現在「ネメシス」が通信を行っているのは「カザレオン」と呼ばれる存在のみであり、そのアクセスレベルは最上位に設定されているという。


ノヴァックがその「カザレオン」との直接通信の可能性を問うと、セレインは、通信アドレスの提供、言語コーデック、翻訳支援、そして必要に応じた演算資源の使用までも申し出た。アディティ博士はこれを受け入れ、チームは通信準備に入ることとなる。


その合間、ジョアンとサミラは「ネメシス」の都市を歩き、その光景に既視感と違和感を同時に抱く。人々は快適で整った生活を営んでいるように見えたが、その営みはどこか空虚で、「目的」を感じさせないものだった。


観察を重ねた二人は、「ネメシス」に暮らす人々が、かつての人類文化を模倣し、再現し続ける存在である可能性にたどり着く。それは、自分たちが「記録」であることを知らぬまま、生活を演じ続ける社会――「生活という記憶」の中に生きる人々だった。


ジョアンはその姿に深い哀しみと、かすかな希望の残響を見出す。

そして彼女たちは、次なる鍵を握る存在「カザレオン」との接触へと歩を進める。


挿絵(By みてみん)


オミクロンの一行は、セレインが手配した演算環境へと向かった。


それは、管制ブロックから分岐した専用のフロアに設けられており、広々とした空間に整然と配置された作業端末群が視界に広がっていた。

各端末には、物理的な操作インターフェース――人間のキーボードに類する装置――に加え、音声入力モジュール、複数の視覚表示ユニット、そして「ノエマ」と推定される複合的な入出力装置が備えられていた。


ノエマの詳細な機構こそ把握できなかったものの、情報の抽出と操作が一体化された設計は、極めて高水準の統合環境を印象づけた。


ジョアンは、整然と並ぶ端末のひとつに目を向けながら、地球圏で最先端とされる『セレス・ノード』を思い出していた。かつて地球の戦略中枢として構築されたあの巨大演算施設でさえ、ここにある設備とは比べものにならない。


「火星の『ラプラス・ウェル』と比べても、次元が違うわね」

隣でサミラがぽつりと呟いた。ラプラス・ウェルは、火星軌道上の人工知能中継拠点であり、応答遅延を極限まで抑えるための多段階キャッシュ処理構造を備えている。だが――


この空間に並ぶ端末群には、そもそも人類が想定してきた情報処理思想と、根本的に異なる設計思想が感じられた。

基礎にある原理や目的が、人類の延長では到達し得ない別種の知性体系に基づいている――そう直感せざるを得なかった。


この技術が「カザレオン」の手によるものなのか、あるいは「前・人類」の遺産なのか――誰にも確信は持てなかった。

だが確かなのは、この場所が、現在の人類が到達し得ていない技術基盤の上に築かれているという事実だった。


その現実に触れ、彼らは改めて、自分たちが何に向き合おうとしているのかを自覚させられていた。


◇◇◇


ライブラリアンのセレインは、その区画の入り口で静かに彼らを待っていた。


「おそらく、『カルダ』は役に立ちませんね」

セレインは、端末に付属していたキーボード様の入力装置を一瞥しながら言った。

「音声と画像のみでも、あなた方の支援コンピュータがあれば、十分に機能するでしょう」


彼は続けた。

「『ノエマ』については、ご存じですか?」


カイザー博士が応じる。

「名前と、おおよその機能については『エリシオン』で耳にしました。もちろん、利用したことはありません」


「試してみますか?」

セレインが提案すると、ソラニスがすぐさま口を開いた。


「試してみたいです」


彼の声には、いつものことながら迷いがなかった。


「私も試してみたいわ。何か使用条件や準備は必要ですか?」

ジョアンが念のため確認する。


「特にありません。ただ、心を受け入れ可能な状態にしておいていただければ、勝手に情報が入ってきます」

「あなた方は生理的には我々とまったく同じなので、問題なく機能するでしょう」


ジョアンは少しだけためらいながら、念を押す。

「ソラニスは人類ではなく、エリディアンです」


セレインは一瞬目を細め、それから軽く頷いた。

「それはちょっと興味深いですね。アセリアを呼びましょう。彼女は調整を担当しています」


ソラニスも興味津々の様子でうなずいた。

「お願いします」


「わかりました。あなたは、あとで一緒に来てください、ソラニス」

ソラニスが静かにうなずく。


「睡眠学習のようなものかな?」

フォークナー博士がつぶやくと、セレインは軽く微笑んで答えた。


「似ているかもしれません。ただし、意識は明瞭なままです。眠る必要はありません」


結局、クルー全員がノエマの使用を試してみることになった。


「特に言語は必要ありません。あなた方の支援コンピュータのインタフェースも不要ですが、装着されたままでも干渉は起きません」

「最初は音声で構いません。知りたい情報をそのまま言語化してください。そうすれば、ノエマを通じて意識に情報が流入し、知識が得られるはずです」


◇◇◇


ジョアンは端末装置の椅子に深く腰掛けた。

背中が沈みすぎず、自然に重心を受け止める構造は、椅子というよりも、身体の一部に溶け込んでいるような感覚を与えた。


セレインの説明の通り、ジョアンは音声でノエマの準備を指示した。

「準備をお願いします」

すると、即座に椅子の周囲のインタフェースが静かに動き出し、ジョアンの腕と首の後ろに沿って、優しく包み込むように配置された。


圧迫感はなく、むしろ軽く温もりのある触感すら感じられた。

特に「音」が聞こえている感覚はなかったが、不思議なことに、ジョアンの意識の奥深くで、かすかな音楽が静かに響いている感覚があった。旋律をたどろうとすると消え、意識を解けば再びそこに在る――それは、知覚の縁に溶け込み、意識の奥底に潜り込むような感覚を伴っていた。


そのとき、ごく自然な声音が、まるで考えの一部のように浮かんだ。

「お知りになりたいことは、なんですか?」


――聞こえたというより、思考の中に現れた。


「いま、音声が聞こえたように思ったけど、あなたは何かを検知した?」

ジョアンはすぐさま、ヘリオスに呼びかけた。


即座にヘリオスが応答する。

「いえ、ジョアン。私の音響モニターでは、あなたの近傍に音声は検出されませんでした」

「ただし、あなたの神経反応メトリックからは、何らかの意識的インパクト――呼びかけに対する応答のような反応が観測されました」

「方法は断定できませんが、『ノエマ』があなたの心理に直接語りかけてきた可能性を否定できません」


「わかった。ありがとう、ヘリオス」

ジョアンは、特に驚いていなかった。

根拠はないが、こうなることをどこかで予期していた気がした。


彼女は、すべてをノエマに委ねる気になっていた。


「あなたを『ノエマ』とお呼びすればいいのかしら? それとも『ネメシス』?」


すぐに返答があった。音ではなく、思考として。

「わたしは『セティア』です。ノエマは、このテクノロジーの仕組み全体を指す名称です」


「わかった、セティア」

ジョアンは静かに受け入れる。

「たくさん聞きたいことがあるのだけれど、順番にいくわね」


「まず、『ネメシス』について知りたい。この施設はいつから存在していて、目的は何なの?」


しばし間を置いて、セティアが答える。


「この施設がいつ建造されたかについては、記録がありません。

正確には、記録が存在するかどうかも不明です。少なくとも、わたしのアクセス可能な領域には、その答えに関する情報はありません」


「目的については、大きく分けて三つあります」


「ひとつは、『アーカイブ機能』です。外部からの問い合わせに対し、記録域を検索して回答する機能です。この機能は双方向であり、外部からもたらされた情報を、記録領域に格納する機能も持ちます」


「二つめは、アーカイブ間の同期を維持する機能です。

あなた方もすでに推測されているかもしれませんが、『アルセイデス』と呼ばれる構造体は複数存在しており、それらのアーカイブが一定の同期状態を保つように設計されています」


「三つめは……これも、あなた方がすでに感じ取っていることかと思います」

「人類の文明の典型を、ここに保存し、維持するという目的です」


◇◇◇


セティアの回答は、いずれもジョアンにとって予想の範囲内だった。

これまでの観察、セレインとの対話、そしてネメシス内部の社会的模倣を目の当たりにして得た結論――それらを、セティアの言葉が静かに、しかし明確に肯定してくれた。


「……やっぱり、そういうことだったのね」


ジョアンは小さく息をつき、続けて問いかけた。


「じゃあ、ここに保存されている以外の『前・人類』はどうなったの?」


間を置かず、セティアの応答が思考のなかに届いた。


「私の記録に残っている限りにおいて、人類が築いた星系は19あります。」


「記録を総合すると、これらの星系の文明は、ある時期を境に、順次消息を絶っています」


「最後の消息が確認されたのは、いまから五万八千四百年前のことです」


ジョアンはその数字を、思考の中で静かに繰り返した。

五万年以上前。――想像もつかないほど遠い、しかし確実に彼らが存在していた時の終焉。


「その間、原因調査が行われた記録も一部残っています。ただし、全体としては断片的です」


「原因として推定されているのは、主に電子機器の広範な故障による通信の途絶です。記録の中には、強力な放射線――中性子線やガンマ線による障害の痕跡がいくつか確認されていますが、発生源そのものは、ついに特定されることはありませんでした」


ジョアンは無意識に唇を引き結んだ。

それは技術的な問題であると同時に、宇宙規模の脅威でもあった。


セティアは、静かに続けた。


「当時の人類は、同胞の文明が星系単位で崩壊していっていることに気づき、情報収集と防御的対策の動きを始めた形跡がありますが、効果的な方策は見つからなかったようです」


「とはいえ、注目すべき点も残されています」


「そのようにして文明が崩壊した後も、いくつかの星系において再生の兆候がありました。わたしの記録では、二つの再興文明の例が確認されています」


「ただし、それら再度復興した種族も、数千年の活動を経たのち、再び消息を絶っています」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第五部では、ジョアンがノエマとの接続を通じて、「ネメシス」が何のために存在しているのか、そしてかつての「前・人類」の終焉がどう記録されているのかを確認する場面を描きました。


すでにいくつかの予想を持っていたジョアンにとって、その答えは驚きというよりも「確証」に近いものだったと思います。そして読者のみなさんにも、これまでの章で積み上げてきた謎のいくつかが、少しずつ形になってきたと感じていただけていれば嬉しいです。


とはいえ、物語の核心はまだここではありません。次に焦点となるのは、いよいよ「カザレオン」です。彼らとは何者なのか。なぜこの場にその痕跡があり、何を伝えようとしているのか。そして彼らが残した言語とは、どのような構造と意味を持っているのか――。


次の章では、その探究が本格的に始まります。

どうぞ引き続き、彼らの旅を見守ってください。


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