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第四章 第2部:新たな出会い

宇宙は、記憶を抱く器なのかもしれません。

この章では、かつて特務探査艦オミクロンに乗り込んだ者たちが、五年の時を経て再び一つの船に集い、新たな接触の旅へと踏み出します。

彼らが向かうのは、かつて邂逅を果たした「エリシオン」と類似した未知の構造体――そして彼らを迎える存在は「ネメシス」と名乗りました。


かつての旅路と対話は、彼らに何を遺したのでしょうか。そして今回の再会がもたらすのは、再確認か、あるいは再定義か。

静かに交差する視線、言葉より深く交わされる空気、その一つひとつに、過去の選択と未解決の問いが滲み出していきます。


再び動き出す沈黙の船。

彼らが進む先に待つのは、単なる探査ではありません。五年前に持ち帰れなかった「答え」と、もう一度向き合うための航海です。

これから始まる物語は、再会と対話、そして沈黙の奥にある真実に向けて、そっと帆を上げる章となります。


挿絵(By みてみん)


ゲートステーションのドックベイに、船体番号ARK-4が刻まれた艦影が静かに固定されていた。 オミクロン――五年前、エリシオンとの接触任務を終えた特務探査艦。その名は今も人々の記憶の奥底に刻まれている。


格納区画に降り立つエアロトラムから、一人目の人影が現れる。

長身で端整な横顔、静かな歩調。ジョアン・イエーツ。旧式の作業スーツを身にまとい、その姿は五年前と変わらなかった。彼女は、変わっていなかった。


「……ほんとうに、変わっていないわね」


ジョアンがつぶやいたのは、ステーションの空気にではなく、自分の記憶に向けられていた。


そのとき、もう一つの影が足元に寄ってくる気配があった。ジョアンが振り返ると、そこにはソラニスが立っていた。五年ぶりの再会だった。


ほんのわずかに視線が合う。ソラニスはにっこりと笑顔を見せた。


「お久しぶりです、ジョアン。私はずっと、また会える日を待っていました」


変わらぬ柔らかな口調。その一言には、確かに五年分の再会が宿っていた。


格納庫の入り口に、先に到着していたカレン・リースが待っていた。

黒髪を短くまとめ、艦長服の襟元には新しい階級章が取り付けられていた。五年前とは異なるその意匠は、彼女がこの数年の間に確実に昇進を果たしてきたことを物語っていた。

姿勢は崩していない。だがその目元には、ほんの一瞬、安堵の光が揺れた。


「ようこそ戻ったわね、アーク・コンダクター」


「お久しぶりです、カレン。……またここで会えるとは思わなかった」


カレンは軽く頷くと、横を指した。そこに、リア・ヴェロニカが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

彼女の姿は五年前とまるで変わらなかったが、肩の力が抜けたような落ち着きがあった。


「パイロットは、準備万端よ。……久しぶりにこの空気、悪くないわね」


リアはちらりとジョアンとソラニスに視線を送り、唇を緩めた。


「また、あなたたちの作った斜面を滑れるなんて、わくわくしてるの。あれは、ほんとに最高のコースだもの」


彼女は軽くウィンクをすると、端末をジョアンに向けて掲げた。


続いて到着したのは、ダニエル・ハワード。通信士としての職務はそのままに、彼はいつもの軽口を封じていた。

そして、科学者チームが順に姿を現した。


イーサン・ノヴァック博士――旧オミクロンの中核にいた男。

五年の空白をそのまま肩に乗せたような表情で、誰とも視線を交わさずに艦体へ向かう。


サミラ・デ・シルバ博士は迷いなくジョアンの隣に立ち、イアン・フォークナー博士は一歩距離を置いて周囲を確認するように歩いた。

エルンスト・カイザー博士は沈黙のままだが、その眼差しの鋭さは昔のままだった。

最後に、カプール・アディティ博士がステーションのドアをくぐる。

誰よりも若く、誰よりも遠くを見ていた瞳は、今も同じ方向を探していた。


「全員、揃ったようね」


カレンが短く言った。

音もなく開くオミクロンの艦内ハッチが、再びこの探査を始める「沈黙の船」として、彼らを迎え入れた。


◇◇◇


静寂が、出発の合図だった。

オミクロンの艦体が、格納ドックの拘束フレームから滑るように外れる。

補助噴射も起動音もない。ただ、まるで巨大な手のひらからそっと放たれた羽のように、船は重力の曲面に沿って落ちていく。


リア・ヴェロニカはモニタを確認しながら、穏やかに笑った。


「うん、いい傾斜。ジョアン、ソラニス、やっぱりあなたたちがいると違うわね」


艦内の誰もが、その瞬間を身体で感じることはできなかった。振動も、圧力の変化もない。

だが、船は確かに移動しはじめていた。


「位置、安定。ゲート接近経路に入ったわ」


カレン船長が頷く。


「ヘリオス、現在の運動量ベクトルと加速度を確認。安全域に入っているか?」


「確認中……加速度1.92、進行方向ベクトル整合率99.8パーセント。通過推奨領域に収まっています」


「進入を許可する」


リアが小さく頷いた。


オミクロンは、黒い膜のような時空の縁へと滑り込んでいく。 「扉」はそこにあった。可視ではないが、確かに「向こう」へと繋がっている。


そして次の瞬間、何も起きなかった。

それが、いつもの感覚だった。


時間も空間も、因果の系も、一切の抵抗なくすり抜ける。

慣性は存在せず、移動の痕跡も残らない。

ただ、すべてが切り替わる。


オミクロンは、「扉」を越えた。


最初に彼らの視界に飛び込んできたのは、闇に刻まれた円環だった。

自転する巨大な重力井戸、ブラックホールの偉容。

その姿は、かつてケイロン星系で彼らが見た構造とほとんど変わらない。

ただ、こちらはわずかに明るく、降着円盤の発光スペクトルに違いが見られた。ブラックホールを取り巻く物質の組成か、円盤の密度分布が異なる可能性がある。この距離では構造物は視認できないが、計器の観測範囲には何かが捉えられているかもしれない。


「着座完了。位置確定中……重力場、安定。空間歪み――通常領域」


ヘリオスが報告した。


「重力井戸の形状と空間歪みの特徴が、ケイロン星系で観測されたブラックホールとよく似ています」


ヘリオスが補足した。


艦内はしばし、誰も声を出さなかった。


彼らは再び、あの場所に戻ってきた。

だが、今回は誰も彼らを出迎えなかった。


◇◇◇


出発から二十七日目、オミクロンは構造体までおよそ三天文単位の距離に接近していた。

その間、構造体の全貌は決して姿を現さず、ただ重力干渉と微弱な反射波だけが存在を裏付けていた。

艦橋には沈黙が支配していた。ブラックホールの重力井戸が、ごくわずかに計器を揺らしている。


「構造物、八つ。形状は直方体、比率は一対四対九。配置は赤道面上に対称。すべての反射率、極端に低い。まるでブラックホールの影そのものだ。ケイロン星系の『エリシオン』と同一の存在によって設計されたと考えてよさそうだ」


ノヴァック博士が淡々と報告する。


「通信ビームを確認。高出力、指向性極端。構文……出てきました」


ヘリオスがスクリーンに表示された解析結果を示す。


「前回は最初にメッセージ通信があり、その後で映像・音声・ノエマのコーデックが提示されましたが、今回はそれらの仕様が既に共有されています。こちらから最初から映像と音声で直接問いかけることができます」


カレン船長が短く頷いた。


「では、こちらから直接語りかけましょう。音声と映像は通じるはず。――こちらはオミクロン。こちらの構造体に接近中。訪問の目的は、情報の共有と理解のためです。詳細については、そちらの『ライブラリアン』と話したい」


「送信開始。……完了」


十数秒の静寂。


「応答を受信しました」


ヘリオスの声に、艦橋の全員が息を止めた。


「映像・音声形式。再生します」


スクリーンに映し出されたのは、人間の姿だった。 若く、美しい女性。前回より少しだけ年長に見える顔立ち。 無表情、だが不気味ではない。話す前の静けさが、まるで相手の意図を丁寧に測っているようだった。


「ようこそ、オミクロン。あなたたちの接近を確認しました」


声は機械を通さない、直の音声。

翻訳支援は最小限に留まり、そのまま耳に届くようだった。


「我々は『ネメシス』。私はアミナ。この構造体の意思伝達を担当しています」


その名は「エリシオン」とは異なっていた。

だが、応答形式、情報階層、映像構成――

すべてが前回の通信プロトコルと同型であり、整合性は極めて高い。


「入港を希望しますか?」


「はい、希望します」


カレン船長の返答は短かった。


次の瞬間、艦全体が淡く光に包まれた。低エネルギーのビームが、艦体外郭を正確にスキャンしていく。


「検疫プロトコルが作動しました。『エリシオン』の時と同じです。生体反応、化学組成、機器干渉……すべてスキャン対象です」


ヘリオスの報告が響く中、ビームは一分と経たずに消えた。


その直後、スクリーンの端に軌道情報が展開された。

最短の接近経路、入港ポートの座標、そして空間座標上での進入角度や速度に関する詳細な調整データが添付されていた。


「誘導信号、受信完了。同期中」


ヘリオスが報告する。


「照準航路に問題ありません。進入可能です」


「進路に乗せて。微速、照準航路へ」


艦が静かに傾く。オミクロンは、二度目の接触へと向かう。

だが、今度は「最初から視線を交わせる相手」が待っていた。


再び一堂に会したオミクロンのクルーたち。彼らの表情には、五年の歳月が静かに刻まれていました。

それでも、ジョアンの歩みは変わらず真っ直ぐで、ソラニスの微笑みには時間を超えた柔らかさがありました。

カレンのまなざしは新たな責任を帯びつつも、確かに「仲間」を迎える温度を保ち続けていたと思います。


構造体「ネメシス」との接触は、以前の「エリシオン」の記憶を思い起こさせながらも、明らかに異なる展開を予感させるものでした。

アミナと名乗る人物が発した第一声、その響きの中には、ただの情報交換ではなく、意志の芽生えを感じさせる余地がありました。


登場人物たちは、それぞれが抱えていた「問い」に再び向き合うことになります。

それは科学の謎だけではなく、自分自身がどうこの世界と向き合うかという、もっと根源的なテーマです。


次の章では、「ネメシス」という名の奥に潜む意図が明らかになっていくことでしょう。

人間と知性体、その「理解」の可能性と限界を見つめながら、物語はさらに深層へと潜っていきます。

読者の皆さまとともに、これからもこの航海を続けられることを、心より楽しみにしています。


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