最終話「姫様」
猪木君と再会して数日後に鏑木さんが私を誘って猪木君のお店にいった。
「いらっしゃいませー!」
金髪の明るいギャルみたいな女の子の店員が一人。
「スンダード1つとハーフ1つで」
「スタンダード1つ! ハーフ1つ! かしこまりました!」
「本当に君はハーフでよかったの?」
「はい。あまり長居はしたくなくて」
「同級生だろう? 仲良くなかったのか?」
「そういう訳じゃあ……」
店の奥から彼がでてくる。
「ああ、いらっしゃい……」
なんか彼も戸惑っているようだ。私は正直気持ちがよくなかった。あの日あの時に何か気に障ることでもしたのだろうか?
彼は手慣れたように鉄板でお好み焼きを焼き始める。ただずっと俯いていた。
「小野さんとは同級生だと伺ったよ。小学校? 中学校?」
「えっと……小学から中学までずっといっしょのクラスで」
「そうなのか。こういう広島焼きの店はずっとこれまでやってきたのかい?」
「お好み焼きですよ。店長」
「ははは。そうかぁ。鏑木さんは広島の人じゃないのですか?」
「ああ、北海道で生まれ育って。そこから東京にでて広島に派遣されて今に至る。その間で2回結婚して2回離婚したなぁ。はっはっ」
「はは……随分と濃い人生を生きてこられたようで」
「君は独身なのか?」
「はい。そういうのに縁なんてなくて。こういうチビですから」
「イケイケなコにみえるけどなぁ」
私は頬張るようにして、お好み焼きを急いで食べた。
「すいません。このあと、用事があるので勘定して帰ります」
「おぉ~そうなのか。今日は私が持ってもいいぞ?」
「いえ。払います。御馳走様でした」
彼は小さな声で「ありがとう」と言って小さく会釈した。
なんなの! 私の何が嫌いだっていうの!
私は帰り道で不意に涙を零した。
何かが悔しくて。
でも、そのわだかまりはアッサリと溶けた。
仕事終わりに店長と赤城さんがヒソヒソ声で話しているのが聴こえた。
どうやら私のことを話しているようだ。
私はそっと気づかれように彼らに近寄った。
「え? じゃあ、その、猪木さんって人は小野さんが好きっていうこと!?」
「しっ! そんなハッキリと言うな! もしも小野さんに聴こえていたら!」
いや……メチャメチャ聴こえているのですけど……
ていうか猪木が私を好きってどういうこと?
「だけど、そんなに気にする事かなぁ。自分がチビなことや恐い顏にみえることなんて。俺だって背丈が特別高い事なんてなかったし、こんなに不整な見た目でモテた事だってない。それでも気になった女子がいたらアタックはするものです」
「彼なりにアタックはしているつもりだと思う。だけど、なんの経験もない事が彼の足を踏みとどまらせているのさ」
「しかし事実は小説より奇なりってものですなぁ」
「ふふ、君の漫画のネタにでもするか?」
「う~ん、してもいいですけど。リアルに小野さんの展開がないとなぁ」
なんだかとんでもない秘密を暴いてしまった気がした。
いや、赤城さんって漫画家志望だったの?
いや、違う。それよりも猪木大吾君の事についてだ。
彼は誰とも付き合った事がない?
でも、あの時、確かに彼は「彼女を平和公園で案内する」って言っていた。
もしかして……そのもしかして……
嘘をついていた?
私はこの休日に猪木君の店を訪れた。彼は相変わらずぶっきらぼうなままだ。俯いてばかりだし、私がここに来ても金髪の女子店員ばかりが対応する。
でも、私も何だか彼に話しかけるのは勇気がいって。
でも、それでも、その一歩を踏みだす為にここに来た。
「あの、これ、よかったら、今度いっしょに」
「え?」
私は勘定を済ますと、猪木君に歩み寄ってカープ観戦チケットの片割れを彼に手渡した。ちょっと強引に。だけど私も私で照れくさくて。走り去ってしまった。だって男の人を誘った事なんてないのだもん……
「あぁ!! バカバカ!! 私の馬鹿!!」
私は家に帰って枕を何度も叩いた。顏が熱い。
鏑木さんと赤城さんが話していた事が何も事実じゃないかもしれないのに。
私は何に期待してしまっているっていうのよ。
そして私は一人でズムスタにやってきた。
内野の指定席に座る。カープ観戦とか何年振りだろうか。
私の隣の席は空いている。
いや、空けているといったほうがいいか。
開幕から間もないその試合はカープが絶好調で連勝しているとのことですごい熱気に包まれていた。しかしドラフトルーキーが初登板したその試合は途中から彼が打ちこまれだすことでワンサイドゲームになりはじめる。いま、この球場の観客席に残っているのは敵チームのファンとどんなに負けても応援し続ける熱心なカープファン、そして顎に手をあててぼーっとする私。
結局彼は来なかった。しかもカープは負けてしまった。
何の為に私はここにやってきたというのだろう。
トボトボとズムスタからの帰路を俯いて歩く。
福山雅治の桜坂がBGMでかかっている。
なんかその歌詞が嫌に響いてムシャクシャした。
「小野さん」
私を呼ぶ声。
そこに立っていたのは猪木大吾くんだ。
「ごめん。試合に間に合わなかったみたいで。これでも急いで来たのだけど……」
「いや、えっと、その……」
「急に渡されるからさ。どうやって都合をつけようか考えたよ……」
「ごめんなさい。急にこんな誘ったりして」
「いや、嬉しいよ。だって俺は……」
彼のその言葉で私は顔をあげてしまった。
「小野さんのことが好きだったから」
私から目を逸らして照れ笑いする彼は何だかすごく可愛かった――
あれから数年たって。私は長らく務めていたコンビニを辞めた。それから夫の店で働くようになった。私が退職する変わりに夫の職場で働いていた女子店員が入職。しっかり者さんで成長したチーフの青山君とも仲良くやっているらしい。そんな彼女はちょっと変わり者でもあった。高校生の頃に非行に走ってしまい、高校中退。それからフリーターで生きるようになるも、しっかり者でありながら変わり者でもある彼女は仕事が長続きしなかった。そんな彼女が鏑木さんの店で奇跡的に長続きしていると言う。それには理由があって。
「青山先輩の事が気になっているのです。でもこんな私じゃ……」
「そう、それでその為にここまで私を連れに来たってことなの?」
私は彼女の誘いにのって、宮島に彼女の恋愛成就を祈願するのと相談にのるのとでやってきた。
「こんな行動力のあるコが何を悩んでいるのかねぇ~」
「すいません。付き合って貰って。でも、凄く不安で」
「ふふ、でも私も今の旦那も好きと好きで向かい合うのに時間がかかったもので」
宮島から帰りのフェリーで気持ち良い風にあたる。
そこから彼女に話してあげた。
ちょうど10年まえかな。あの頃の私は高校生で無邪気だった。でも、そんな自分だったからこの物語は始まったのだと想うと――
∀・)読了ありがとうございました♪♪♪なんとなく手応え的には「逃げ恥いでっち版」でした(笑)広島を舞台にした恋愛ドラマを書こうって感じで書き始めた作品でしたが、それなりに楽しんで書いたかなぁとは思います。もっと猪木大吾の背景的なものを書いてくれって感想やもっとふたりがラブラブになるシーンとかを書いてくれって感想があるかもしれませんが、そこは作者的に想像して欲しいところなんですよね。あとなみまさんが気を悪くしてほしくないですし(悪くしないかもだけど)(笑)
∀・)広島って内気な人が老若男女問わず多い地域なんですよ。そういう僕が感じる広島もこの作品にはおとしこんだかなって思います。楽しんで貰えたのであれば何よりです☆☆☆彡