不死身な私と余命が今日までの彼
学生時代は楽しい。確かにそう思うよ。
若い。
可能性に満ち溢れている。
まだ、人生がこの先にたくさんあるから。
そんなことを、誰が言ったんだろうか。
私は、この先、何年も、ずっと、生きていかなければならないのに。
『おお、莉加。どうした』
『ああ、優斗。なんでもない』
『あ、莉加。7月31日、花火大会があるらしいよ。一緒に行かない?』
『そうなんだ。一緒に行こうかな』
『行こうぜ!』
『うん』
『莉加、どうした。悩み事か?』
『いや、全然』
『そか。まあ、元気出せよ。今度、花火大会行って、パーっとやろうぜ、パーっと』
何をパーっとやるかはよくわからないけれど、花火大会は楽しみだ。
あの時、そう思った。
私の彼氏、優斗。最近はやりのマッシュヘアで顔もちっさくてかっこいい。
私の大好きな彼氏。
大学に入ってから、何かと自由になった。
髪も染めてよくなったし、別に部活に入らなければならないなんていう規定もないし。
授業も自分の好きなように決められるし。
私は、ほとんどの授業を優斗と合わせていた。
だって、そっちの方が都合がいいでしょ、何かと。
大学では、彼氏がいる人が強い。
そんなこと、わかり切っている事実。
だから、それをわかったうえで付き合っている、なんて言ったら少しあざといのかな。
でも、いいでしょ。
彼氏を作るも作らないも、私の自由。
それが、大学っていう場所なんだから。
今日の、花火の約束をすることだって、出来た。
でも、私は知っている。
私は、彼とはもう長くはいられない。
彼が長生きしたとしても、80年ってところかな。
でも、私は不死身。
私は、彼が好きだという思いを背負ったまま、生きていかなければならないんだ。
それが、最近つらくて。
彼には、私が不死身であるということは言っていない。
だって、そんなことを言ったら、彼がどんな反応をするのか、わからないから。
優斗は、ずっと大好きで、お気に入りの彼氏なんだから。
絶対に、失いたくない。
けれど。
いつか。
失ってしまう。
ならば。
出会った意味なんて、あったのかな。
少し強い風が吹いた。
その風は、私の想いを少しだけ、汲み取ってくれたかのようだった。
それでも、私は、今日、打ち明けることにしている。
私が、不死身であることを。
「お待たせ」
彼は、私よりも少し遅れてやってきた。
茶色の浴衣。
とても、似合っている。
「おお、莉加。赤と白の浴衣か。可愛いじゃん」
お姉ちゃんに、着付けをしてもらった。
だから、可愛くなっていると思う。
私の、自慢のお姉ちゃんだから。
「じゃあ、いこ」
私たちは、歩き出した。
実はこれが、優斗との、付き合ってからの初デートだったりする。
なんでかって、私と授業が終わった後、優斗をデートに誘っても、全然、来てくれなかったから。
だから、これが、付き合って初めての、デート。
私たちが付き合い始めたのは、この前の春の履修登録の時期。
それから、結構経っちゃったな。
何か月だろう。
4月からだから……4か月くらいか。
結構経ったな。
4か月も、デートしてなかったんだ、私たち。
まあ、大学でデートしてたから。
それは、ノーカンかな。
でも、大学でデートしたときは、ちょっと勝ち誇った感じがしたけど。
みんな彼氏がいないーって話をしている中、彼氏と大学内を歩けるんだもん。
そんな、儚い時間を、私は、そんな優越感で、過ごしてしまっていいのかな。
本当は、友達とかたくさん作って、そういう話をずっとしている方が楽しいんじゃないか、なんて最近思えてきたりもする。
「おい、莉加、どうした。なに、ぼーっとして」
「あ、ああ。いや、何でもない」
「それより、これ、おいしそうじゃない?たません!」
「あ、ああ。たませんね。おいしそう!」
「莉加って、よくぼーっとしてるよな。何か考え事か?」
「いろいろと、ね。悩みが尽きないんだよ」
「悩み、か。おれも、無いこともないけどな」
「そうなの?」
「うん。やっぱ、人間だから、生きている限り、悩みってのは、尽きないんじゃない」
「そ、そっか。そうだよね、やっぱ」
「おれもさ、莉加と付き合って、めっちゃ楽しいけどさ、この時間が終わってしまうんじゃないかって、こういう時間は儚い一時の時間でしかないんじゃないのかって、たまに思うことがあるんだよね。うわ、このたません、うめ!」
「わ、私も買ってくる」
「おー、買ってきな! おれ、ここで待ってるから」
そっか、この時間が終わってしまう、なんて恐怖感を彼は持ちながら、今日も過ごしているんだ。
それは、私もおんなじで。
今日が。
今日が。
終わってしまうのではないか、なんて。
今日は初デートなのに。
今日の時間がとても尊くて。
愛しくて。
空の星の輝きが美しくて。
ああ。
私。
幸せだなあ。
そう、想いながら。
自分の番が回ってきた。
「た、たません下さい!」
「はーい、500円ね」
お兄さんは、そう言うと、すごい手際でたませんを作っていく。
その時。
ドーン、と大きな音がした。
花火の、一発目が、上がったのだ。
それは、夜空に映えて、とっても綺麗だ。
「はーい、たません出来たよ」
「あ、ありがとうございます」
そうして、私は、彼のもとへと戻った。
彼の袖を少し引きながら、花火が見える芝生に向かって歩く。
出店がたくさん出ていて、綺麗だ。
「ねえ、優斗。後期の授業も、一緒に取ろうね」
「取れるといいな」
「だよね」
「あ、あの席、花火が綺麗に見えそう」
「いいね」
私たちは、花火が綺麗に見える場所を見つけて、座った。
花火が上がる。
赤、白、黄色、青。
たくさんの色で彩られる花火は、私の中にはびこる隠し事を、全てなかったことにしてくれているようで、なんか、嬉しかった。
もっと花火、たくさん上がれー、とさえ思えた。
私は、隠し事を打ち明けても、もう、いいんじゃないかと思った。
「ねえ、優斗。私、実は、優斗に隠していたことがあってね」
「じ、実は俺も、莉加に隠していたことがあって……おれ、実は、今日、多分死ぬんだよね」
へ?
今日、多分、死ぬ……?
私の頬を、一滴の涙がつーっと、伝った。
「実はさ。おれ、履修登録してから、余命4か月って宣告されて。だから、莉加と授業受けた後、いっつもすぐに帰って、病院に行ってたの」
「だから、私とデートできなかったの……?」
「そうなの。で、今日は、4か月後の7月31日。おれは、本当は病院にいなきゃいけないんだけど、お医者さんとの約束を破って、ここに来たの」
「どうして……どうして、言わなかったの」
「だって……おれ、莉加に、心配をかけたくなかったから……」
「でも、私は、優斗が好きだったって、その想いを背負ったまま、これから100年、200年、1000年、2000年と生きていかなければならない……」
「もしかして、莉加が秘密にしていたことって……」
「私は、不死身なの」
「不死身か……おれも、永遠の命があれば、莉加とずっと暮らせたのに……」
「それは違うよ、優斗。命に終わりがあるから、今を大切に生きられるの。命に終わりがなければ、ずーっと生きられるから、今を大切にすることなんてできないよ。それで、思い出が後悔となって、無限にのしかかってくるだけ……私は、優斗のことを、これからどれだけの間、後悔しないといけないんだろう。もっと、優斗と別れるってこと知ってたら、もっと、もっと、違う過ごし方だってあったかもしれない。でも、私は、命が無限にある。もう、命を大切に、毎日を大切に生きるなんて、出来ないよ」
「そっ……か。命には限りがあるから、その日その日を大切に生きられる、か。それは、間違ってないかもな。だからおれは、この花火大会が楽しみで仕方ないかったんだから。」
空を、大きな幾つもの花火が包み込む。
「優斗。好きだよ。ずっと」
「おれも、莉加のことが、好き……」
優斗は、心臓を押さえて、倒れた。
私は、救急車を呼んだ。
神様、どうか。
どうか、優斗を。
生かして、下さい……。
優斗は、搬送先の病院で。
目が、覚めた。
「優斗!」
「莉……加?」
「驚異的な回復です。この病気はいずれ治るでしょう」
先生は、そう言った。
優斗と私は、涙を流して喜んだ。
「私ね、神様にお願いしたんだよ! 優斗が、生きられますように、って」
「そっか。じゃあ、おれも神様にお願いしなきゃな」
優斗は、ニコッと笑った。
「莉加の命に、いつか終わりが来ますように、って」
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