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婚約破棄された悪役令嬢ですが、魔王の溺愛で幸せに暮らします

作者: まと

城を出た数十分後。

私の乗る馬車は来た道に戻り、また城へ向かうという奇行に及んでいた。


メイドのエマは隣の席で、しょんぼりとうなだれている。

彼女の揺れる赤毛のおさげに、私は声をかけた。


「まさか、展示会の日付を勘違いしてたなんてねー」

「申し訳ございません、レイナ様」

「気にしないで。エマが間違えるなんて、珍しいしね」


星の輝く気持ちのいい晩だった。

秋の夜風が気持ち良い。エマのミスも許せる気がした。


「そんな顔しないの。エリオットみたいな処刑癖はないから安心して?」

「ありがとうございます。レイナ様が寛容な方で良かったです」

「噂のパティスリーでシュークリームも買えたしね」

「ふふ。きっと、エリオット国王陛下も喜ばれると思います」


城へ戻ると、門番たちが驚いて顔を上げた。

明らかにぎょっとしている。


「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

「い、いえ……」


門番たちは顔を見合わせ、目で何やら会話をしている。

彼らの横を通り過ぎ、婚約者であるエリオットの部屋へ向かった。


「あ、あの!国王陛下はお休みになっています」


彼の部屋に着くと、エリオットの腹心から声をかけられた。


「まだ八時なのに?」

「とにかく、明日にされた方がよろしいかと!」

「これは作りたてがおいしいの。二つあるから、一緒に食べ……」


私は扉を開けた。

確かに国王陛下は、ベッドでお休みになっていた。


一糸まとわぬダイナマイトボディ、教会の聖女と同衾しながら。


「やけに熱心に教会に通ってたのは、そういうことだったのね」

「レ、レイナ?展示会に行ったんじゃ!?」

「日程を間違えてたの。ほら、これ、お土産!!」

「へぶっ!?」


二人にシュークリームを投げつける。

一つはエリオットに、もう一つは全裸の浮気女に。


「綺麗に顔面に当たったなー。ソフトボール選手にでもなろうかな?」


こうして、星の輝く気持ちのいい夜。

国王陛下は許されないミスを犯したのだった。


しかし断罪されたのは、私の方だった。



「ただいまより、レイナ・ロートリンゲンの死刑を執行する!」


断頭台の上から、広場を見下ろした。

熱狂の渦に包まれている中で、ある会話が耳に入って来た。


「あれ、名前が違う?国王の苗字はヴァンドームじゃないのか?」

「婚約破棄されたんだってよ」

「ふうん。彼女は何をしたんだい?」

「国王陛下と聖女様に、毒入り菓子を投げて殺そうとしたんだよ」


質問者の声は、どこか懐かしい響きがする。

会話の主を探すと、私のすぐ真下にいた。銀髪で長身の魔術師だ。


「……ローランじゃないの」

「久しぶり、レイナ。ちょっと話そうか」


彼は微笑み、指を鳴らした。

次の瞬間、広場は静寂に包まれた。


「辺りが白黒になってる!?」

「元々、全ての物質はモノクロだよ。光のせいで色がついて見えるだけだ」

「そういう意味じゃなくて!」

「はは、時を止めたんだ。禁止されてるんだけど、幼なじみと感動の再会だしね」


話しながら、彼は断頭台に上がって来た。

私の顔をまじまじと見つめて、言った。


「ずいぶんと綺麗になったじゃないか」

「二十歳にもなればね。もう死ぬけど。よりによって誕生日にね」

「そうだね。初恋の相手だし、プレゼントに選択肢をあげようかな」


違和感のある単語が聞こえた気がした。

その正体を確認する前に、かたちの良い唇が弧を描いた。


「今ここで死ぬか、魔界へ行くか」


彼の紫色の瞳が、私をとらえる。

あの頃のように、愉しそうに揺れていた。



魔界なんて、見たことも行ったこともない。

たまに魔物が出てくるという噂を聞くくらいだ。


「それ、どっちも死ぬってこと?」

「地獄じゃなくて魔界だよ。ちょうど人間界の知識が豊富なヒトが必要らしい」

「相変わらず、うさんくさい商売してんのね」

「魔術師だけじゃ、お金がね。好きな子が玉の輿に乗っても文句言えないし」


その割に、手触りの良さそうなローブを着ている。

私の着ている深紅のドレスには及ばないが、高価だろう。


「どうする?時を止めるのも、あと1分が限界だ」

「分かったわ。行くわよ、魔界に」

「さすが、そうこなくっちゃ。手錠と足枷の姿もなかなかそそるけど、外すね」


執行人のポケットから鍵を取り出して、私は自由の身になった。

いちいち気になることを言う男だ。こんな奴だったっけ?


私は彼に抱きかかえられた。いわゆる『お姫様抱っこ』だ。

ふんわりと、懐かしい香りが鼻をついた。


「じゃ、行くよ。彼らには幻影を見せておけば良い」


そうして彼は、空高く飛び上がった。

真下では、断頭台で『私』が処刑されていた。



抱きかかえられたまま、ある場所に着地した。

大きく立派な城がそびえる、門の前だった。


「ここが魔界?ほぼ人間界と変わらないじゃない」

「うん。この国が一番似てるかもね。でも……」


辺りは広大な草原で、誰もいない。

ローランはきょろきょろと見渡して、足元を見つめた。


「やれやれ。やっぱり魔界だな、ここは」

「どういうこと?」


次の瞬間、足首を何者かにガシッと捕まれた。

下を見ると、腐敗した腕が地面から出ている。


「はは。レイナはゾンビにもモテるんだな。僕なんて君の半分、二匹だよ」

「笑ってる場合なの!?」

「ここは僕が何とかする。レイナは城に入ってて!」


彼が杖を振り上げた。天から稲妻が落ちてくる。

まばゆい光は私の足を避けて、ゾンビの腕を攻撃した。


断末魔と共に、足が開放される。

しかし門は開かない。私はローランに向かって叫んだ。


「どうやって城に入れって言うの?!」


答えの代わりに、彼は杖を振った。

私は宙に浮き、城に向かって飛ばされていった。



「痛ぁ……何が初恋の相手よ」


私はガラスを突き破り、床に叩きつけられた。

なんとか身を起こして辺りを見渡すと、王の玉座が目に入った。


「謁見の間かしら。前の城より随分広いけど……」

「おい人間、ここで何をしている」


背後から声をかけられた。

声の主を見て、私は息を呑んだ。


男らしく、完璧に整った顔立ち。豊かな金髪に、深いブルーの瞳。

神々しいほどのオーラ。私は確信した。彼が魔王だと。


「レ、レイナです。魔術師ローランの紹介で来ました」

「ローラン?誰だ、そいつ」

「人間界の知識を教えるとかなんとか……」


魔王は顎に手を当てて、考え込んでいる。

唯一の手を早々に失ってしまい、私は絶望した。


ローラン!私は心の中で叫んだ。

敵は魔王城にあり!ゾンビと戦ってる場合じゃないぞ!


彼は私に向かって手を伸ばした。

―――殺される。今度こそ。


そう思って、目を閉じた。

しかし次の瞬間、大きな手が頬を撫でた。


「怪我をしているぞ。血も出ている……」


彼は、自分の手についた血を眺めた。

その目はどこか熱っぽく、うっとりとしている。


「す、すみません、手を血で汚してしまって」

「せっかくの美しい顔が台無しだ。すぐに手当をさせよう」


魔王は私を抱きかかえた。

服の上から、たくましい身体だと分かる。


「長旅で疲れただろう。休むための部屋も用意する」


彼は微笑んだ。

親しい者だけに見せるような、あたたかい笑みだった。



連れていかれた先は、広くて豪華な部屋だった。


「え、この部屋!?」

「もっと広い部屋をご所望か?」

「いえ、逆です!屋根裏部屋を想像してました!」


薔薇の花弁のようなベッドの上に寝かされ、眠気が一気に襲ってきた。

眠りに落ちる直前、魔王が優しく頭を撫でている気がした。



どうやら、就寝中に手当が終わったらしい。

目を覚まし、私は身体を伸ばした。


「このベッド、超寝心地良いわね。エリオットが好きそう……」


思考を中断した。

あいつが聖女のマシュマロボディを堪能している姿が目に浮かんだからだ。


同時に、コンコンコン、と控えめなノックの音がした。

「レイナ、俺だ。良いか?」

「はい!」


立ち上がり、手鏡で身だしなみを整える。

艶やかな黒髪、真っ白な肌、深紅のドレス。


「まあ、いかにも処刑される悪役令嬢って感じよね……」


魔王がこちらへ来た。

私たちはベッドに隣り合って腰かけた。


「家来に確認したよ。弟が『人間界』の家庭教師を探していたらしい」


彼はため息をついて、髪をかきあげた。

その様子は、セクシーだった。


「弟はやんちゃで、手を焼いていてな……どうした?」

「き、距離が近いです」


私は自分の手を見ながら言った。それは彼に握られていた。

彼は不敵に笑って見せた。


「レイナ、俺の恋人にならないか。城で一緒に暮らそう」

「え?私たち、まだ会って一日も経ってませんよね?」

「父上は言っていた。『血を見れば分かる』と。二百年生きて、初めて出会ったんだ。運命の女性に」


彼と私の距離は、目と鼻の先にまで来た。

セクシーな香水の匂いに、頭がくらくらする。


「あと、母上は言っていた。『キスすれば分かる』と」


そうして、私たちは口付けた。

浅いものから、徐々に深いものになっていく。


長い口付けから、やっと解放された。

息を整える私に、彼は言った。


「初恋だの他の男の名前だの、君は言っていたからな。先に手を打っておいた」

「……意外と心配性なんですね」


一瞬、彼は動きを止めた。

そして、笑いながら言った。


「面白いな、レイナは。これからも楽しめそうだ」


部屋に、爽やかな風が吹き抜けた。

まだまだ楽しい夜は、続いていく予感がした。



こうして、私たちは恋人になった。

婚約者になり、嫁になるまで、時間はかからなかった。


弟の家庭教師をやることになり、彼に求愛されたり。

魔術師ローランから、昔の結婚の約束を引っ張り出されたり。

国王陛下が魔王討伐にやってきて、こてんぱんにやられたり。


忙しくも愉快な日々が、

魔王の溺愛の元で、続いていくのだった―――。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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