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 ◆


月曜日。

彰人は体を引きずるように出社した。

休日がずっと続けばいいのに。

侑さんとずっといられればいいのに。

ぐずる体を叱咤して、彰人はデスクに座った。

気分はベルトコンベアで加工処理をしている作業員だ。

与えられた仕事を処理する。また仕事が入ってくる。それを処理する。その繰り返し。終わりなんてない。


学生時代の友人から聞いた話だが、バイトである食品加工をしていたらしい。

食品が流れてくる。それを加工する。でも流れてくるスピードが早すぎて、食品を取り逃す。そうするとその食品はベルトコンベアの端にあるバケツに落ちて、そのまま廃棄処分になるらしい。

自分が加工できなかったから廃棄される食品。

それを見て鬱になった友人は、結局そのバイトを辞めたらしい。

僕の仕事は食品が廃棄処分になることはないけど、その代わり他の人にとばっちりがいく。そういうのを上手く避けられる人は決して手伝わないし、大変そうな同僚を見てもなんとも思わないらしい。結局割りを食うのは仕事に真面目で要領の悪いと人から罵られる人だ。


「お前なあ、これやっとけって言っただろうが。何がわかんねーんだよ。」

苛立った怒鳴り声がオフィスに響いた。すでに恒例行事なので、誰も振り向こうともしない。

「…すみません」

か細い声で謝っているのは後輩の及川だ。仕事も丁寧で早いが、人付き合いが上手くないらしくいつも浮いている。女子とも仲があまりよくないようだ。

パソコンのキーボードの上にかれた及川の手は、きつく握り締められて白くなっている。

「ああ?聞こえねーよ。女はいいよなー。休日はお休みいただきますうって言えばそれでチャラだもんなあ。どうせ腰掛けなんだろーしな。やる気がないなら辞めろよ。」

「…やります。お昼までに仕上げます。」

震える声で、でも言い切った及川を見て、同僚はさらに苛立ったらしい。

「かわいくねーな。お前みたいなブス——」


——ガン!

彰人は思いっきりゴミ箱を蹴散らした。中身がぶちまけられて、怒鳴っている同僚の足元に転がった。

「すみません」

彰人はぼそっと謝った。

「ああ?お前何やってんだよ。どんくせーな。お前は………」

キレる対象が彰人に移ったことを感じた彰人は、同僚に見えないようにこっそりと及川に手を振った。

逃げろ。

及川は気づかれない程度に会釈すると、足早にオフィスを出て行った。

それから彰人はキレた同僚の罵倒を聞き流した。いつもこうなのだ。ただ感情の吐口が欲しいだけ。上司も先輩も止めない。ぎりぎりの人員で回しているからだ。ストレスが溜まって辞められたりしたら困る。だから分かりやすいスケープゴートがいればいい。どうせ彰人は何も言わないししないだろうと思われている。



「…はあ」

さすがにしんどくなった彰人は給湯室に逃げ込んだ。休憩室はタバコの煙がモクモクと立ち込める愚痴室になっていて、とても今行きたい気分ではない。

「あ、あのっ」

女性の声に振り返ると、そこには俯いて目を合わせない及川がいた。

「あ、ありがとうございました。すみません、私のせいで…」

「いいって。それよりごめんね。もっと早くに助けられなくて。」

「そんな!私、その、ごめんなさい…」

少し前の自分を見ているようで、彰人は胸が締め付けられた。

誰とも目を合わせず、謝って、縮こまって。及川は猫背になって、体の前に両腕を持ってきて自分を抱きしめている。自分を守っているのだ。


「及川さん」

彰人が話しかけると、及川の肩がびくっと跳ねた。彰人は及川をなるべく刺激しないように話しかけた。

「この会社は辞めた方がいい。僕は他に移るよ。」

「え…辞めちゃうんですか?」

俯いていた及川がぱっと顔をあげた。探るように彰人の目を見ている。

「うん。起業する。この前コンペで知り合ったアメリカ人と会社を始めることにしたんだ。どうなるかはまったく分からないけどね。」

彰人は苦笑した。起業することを人に言ったのは初めてだった。少し言葉が震えた。侑にもまだ言っていない。自信がないのだ。こんな僕が。

「そう…なんですね…」

及川はまた俯いた。

「うん。及川さんもどこか他に移った方がいい。」

「そんな…私なんて雇ってくれるところ他にないですし…」

「そんなことないよ。僕もずっとそう思ってた。でもそれじゃだめなんだ。」

「…なにかありました?あっ、ごめんなさい、そんなプライベートなこと…」

「どうしても手に入れたい人がいるんだ。」

彰人の目に力が篭る。声の変化を感じてか、及川ははっと息を飲み込んだ。

「そうなんですね……っ頑張ってください!応援します!」

「ありがとう。及川さんも。頑張るのはここでじゃないよ。自分がいたいと思えるところで、頑張って。」

「…はい」

彰人は及川の肩をぽんと叩くと給湯室を後にした。ムラ社会のこの小さな会社で、男女が同じ空間にいるだけで格好のゴシップネタになるからだ。


まだ見えない未来と今までの自分。

今の立ち位置が揺らぎそうになった彰人は、足に力を込めた。

しっかりしろ。前を向け。俯くな。


彰人は侑の笑顔を思い浮かべながら、オフィスに戻るため歩き出した。

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