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仕事は相変わらずブラックだ。ほぼ終電帰り。でも日曜日だけは休みを死守して、侑さんと会っている。
「最近色気づいてるじゃねえか、女か?ああ?こんな忙しいのによ、デキル男は違うねー。」
パソコンに顔を埋めていた彰人の頭をぱしんと殴ると、同僚が大きな声で嫌味を言った。いつものことだ。言い返しもしない彰人は、同僚のストレスのいい吐口なのだ。
今までなら身を縮こませて嵐が過ぎるのを待っていた。僕なんかになにができるんだって。ここを追い出されたら行くところすらないだろうって。薄ら笑いを顔に貼り付けて。
でも、今は違う。
目標がある。
手に入れたい未来がある。
…手に入れたい人がいる。
彰人は同僚を無視すると、黙々と仕事を続けた。
何にも反応がないことにイラついたらしい同僚は、バンッと書類を彰人のすぐ隣に投げつけてオフィスを出て行った。
◆
侑さんは大手企業の広報で働いているらしい。
「かっこいいですね。」
華やかな侑さんにぴったりだ。
今日はおしゃれなカフェにかき氷を食べにきている。
かき氷と言うと縁日の出店で食べたようなレモンとか、ブルーハワイとか、原色のシロップをかけたジャリジャリした氷のものしか知らなかった彰人だが、彰人が知らない間にかき氷はだいぶ進化したらしい。目の前に置かれているのは、半分に切ってくりぬいたメロンの中に、メロンの果汁を凍らして削った氷(シェーブドアイスと言うらしい)がこんもりと入っているもの。その上には、どこから食べるんだと突っ込みたくなるような、芸術的に配置されたメロンアイスと、メロンの果肉と、くねくね曲がったチョコレートが盛られている。
かき氷っていうか、小さい頃じいちゃんに連れられて行った喫茶店のパフェみたいだな。
彰人はスプーンを手にしたはいいが、どこから手を付けていいか迷っている。
侑の前に置かれているのはマンゴーのかき氷だ。金魚鉢のようなぷっくら丸いガラスの容器に、マンゴーのシェーブドアイス、マンゴーアイスとマンゴーの果肉が落ちそうなほどゴロゴロ詰められている。一番上に乗っているのは繊細な飴細工だ。
侑はマンゴーアイスをそっと掬うと、口に入れてにんまりと笑っている。彰人もそれに倣ってメロンアイスを口に入れてみた。
「美味しい!すごいマンゴーって感じ!」
「ほんとだ。メロンを食べてるみたいだ。」
あいかわらず彰人の食事情はあまりよくない。コンビニ弁当か飲むゼリーの二択だ。でも侑と一緒にいる時はきちんと食べる。味もわかる。素直に美味しいと思えるのだ。
皿からこぼさないように、彰人は慎重に食べていった。ふわふわの氷はざくっとスプーンを入れてしまうと全体のバランスが崩れる。すでに二度ほど丸く繰り抜かれたメロンをテーブルに落としている。侑は器用に食べている。話しながら。女性はマルチタスクが上手いってほんとなんだな。
「たいっっへんなんだから!SNSとか。誰だ、IT革命なんて起こしたやつは。」
侑さんの仕事の愚痴はポンポン弾けるポップコーンみたいに軽やかだ。
「企業広報はね、一昔前までは投資家向け広報(IR)部門とか人事との兼務が多かったらしいけど、今は24/7のネット社会でしょ。SNSやブログで情報発信するだけじゃなくて、SNSのレスをこまめにすることも求められるし、企業へのクレームもネットに載ることが多いからそのケアをしたり、自社のプロモビデオの作成、編集まで担うことになっちゃってんのよ。
ネットにもパソコンにも疎い上の世代からは、『まあそういうのは若い子に任せよう』と丸投げされるし。
そりゃネットを使わない日はないけど、だからって若者がみんなユーチューバーなわけじゃないのに。
『ちょっと動画撮ってホームページに載せてよ』とか、『君専用のブログ作って会社のこといい感じに発信してよ』とか言われてもさ。『ブログの女王になれるかもよ?』とか言われても…なりたくないし。てかいつの時代だよ、みたいな。
はあ。社員が広報すれば有名人とかインフルエンザとか雇わなくていいからラッキー、お金浮くわ、みたいな感じで思ってるんだろうけど。私は絶対に就業時刻以外はやらないけどね。
『若い世代は学校でプログラミング習ってるんでしょ?できるできるんでしょ?』とかさ。
年寄りはネットとスマホとアプリをごっちゃになって覚えてるっぽいんだよね。区別がついてないっていうか。スマホで調べてよ、とか言われても、スマホはただの箱で、ネットに繋がんないと調べものはできないんですよ、おじさま。なんて言えるわけもないし。
そのくせそう言う人って『ケータイ』って言うと、『スマホでしょ?』ってわざわざ訂正入れてくんのよ。いいですか、スマホっていうのは携帯電話の機種の一つであって、スマホっていう機械が新たに出来たわけじゃないのよ?スマホのメインの機能は電話なんだから、携帯する電話で、携帯電話なの。タブレットをケータイって言ったらそりゃ違うわって思うけど、スマホもガラケーもフィーチャーフォンも全部、携帯する『電話』なの!」
「ははははは」
彰人は笑った。自分の笑い声を聞いたのなんていつぶりだろうか。侑さんと話す度、心が軽くなってくる。
そんな彰人を見て侑も笑った。
「おかしい。彰人さんに話すとイライラしてたこと全部吹っ飛んじゃうわ。」
僕もです。そんな一言も僕は満足に言えない。
侑は黙った彰人を気にした風もなく、マンゴーを口に入れた。
侑の口元に目がいってしまった彰人は、赤い顔をごまかすようにアイスを丸々口に放った。頭がキンと痛くなる。
涙目の彰人を見て、侑はまた笑った。