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プラネタリウムになんて来たのは小学校の遠足以来だ。
星の説明をしてくれるんだよな?記憶がまったくない。科学博物館みたいなところにあった気がする。
松葉杖の彼女のペースでゆっくり歩いていると、目の前に目の前に大きな球体が見えた。きっとあそこだ。
特に会話はない。蒸し暑い中、ただ道を歩く。人はまばらだ。日がだいぶ高くなっている。随分と長い間ホームにいたらしい。
2人は入り口に着いた。案内係が、当日券はこちらでございますと手で指した。
あ、そうか。チケット買わないと。
慌てて財布を出した彰人に彼女は手をひらひらさせた。
「大丈夫、ネットで買ったから。」
そう告げると、彼女はさっさと入り口に向かった。オンラインでさっき予約したらしい。
何もできない、僕…
彰人は立ち止まりそうになる足を無理矢理動かした。一度止まってしまったら、もう動けない気がした。
プラネタリウムは映画館のような作りだった。席が列になって並んでいる。映画館と違うのは、上部が球体になっていることか。ロビーを抜けて球体の中に入ると、上部全面に星が輝いていた。
燦めく星々。
近くにはカラフルな惑星が迫ってくる。
時々流れ星がきらりと横切る。
SFとファンタジーを混ぜたような映像が、ゆっくりと左から右へ流れていっている。
これはどういう仕組みなのかな。全体がスクリーンで、映像を映し出しているんだろう。いや、昔の映画館のような作りなわけがない。後ろから投影しているのではないだろう。そうすると、これは液晶スクリーンのはずで…
「こちらでございます。」
スタッフの声に彰人ははっと我に返った。
一つのことに集中すると周りが見えなくなるのは彰人の悪い癖だ。
松葉杖の彼女を見て、スタッフが席まで案内してくれることになったのだ。
座席に入る狭い通路では松葉杖は厳しい。彰人は彼女の脇下に腕を入れて支えると、松葉杖をそっと外した。
「…ありがと。」
彼女小さい声が彰人の胸に響いた。
席に着くと、彰人は周りをキョロキョロと見渡した。
平日の昼だからか、女性客が多いみたいだ。カップルもちらほらいる。
プラネタリウムの前側には、寝転がって星が見えるカップル席なんてものもあるみたいだが、もちろん彰人たちは普通の席だ。
僕たちもデートに見えるかな。
ごくっ
思わず喉がなってしまったのは気のせいだ。目が泳ぐ。
彰人は星に見惚れているふりをして、さりげなく彼女の方を見ようとした。
「ここのボタン押すとリクライニングになるから。」
彼女が彰人の肘掛けの内側のボタンを押す。彼女の指が彰人の肘に触れた。
「っうん!」
びくっとなってしまったのをごまかすように、彰人は思い切りリクライニングを倒した。
落ち着け、落ち着け。大人の余裕だ。
「あ、そういえば。私は星谷侑です。侑でいいわよ。」
「あっ、僕は久保彰人です。」
彰人は背筋をぴしっと正した。名乗ることさえしていなかった自分が情けない。
彰人でいい、なんて恥ずかしくて声には出せなかった。言った方がいいのかな。でももう間が空いてしまった。いまさらだ。僕はこうやっていろんなことのタイミングを逃す。
また自分の思考に沈みそうになっているうちに、中が暗くなった。そろそろ開演らしい。
ふっと全体が暗くなると、次の瞬間にはキラキラ光る星が目の前いっぱいに広がっていた。
心地よい音楽、穏やかなナレーション。隣をちらりと見ると、彼女…侑さんは星空に夢中だ。侑さんの顔のすぐ側に一際大きな星が輝いている。…きれいだな。
ぼおっと見つめていた彰人に気づいたのか、侑が彰人のほうを見た。彰人は慌てて視線を上げた。集中、集中しろ。
心地よい空調と音楽に誘われて、いつしか彰人のまぶたは閉じていった。