解決法模索
「私が癒しの術を使えれば、ってずっと思っていて、フィオナ様が癒しの術を使えるようになったとお聞きしまして、私もお縋りしたくなったのです」
「なるほど」
身内を癒したい。その想いをずっと持ってきて、俺が王女が魔力管閉塞症が治したと知ったから、俺に頼んでみようと思ったわけか。
「ジュヴェ嬢、マジックボールは作れますか?」
「マジックボールですの?」
やはり魔力が練れていない。だがこれは……。
「落ち着いて。大丈夫。ゆっくり深呼吸を」
「は、はい」
「焦らなくて良い。ゆっくり、ゆっくり」
マジックボールを作らせようとしかしていない為、王女が不思議そうな顔をした。
「ドゥルーヴ先生、エレオノールは魔力管閉塞症ではないのですか?」
「魔力管閉塞症というよりは、焦りが魔力を乱しているのでしょう。後は思い込みでしょうか。ジュヴェ嬢、手を握って良いですか?」
了解を取ってから、ゆっくり魔力を流す。魔力管は閉塞しかけているが、王女程酷くない。
「魔力管閉塞症ではありませんね。閉塞しかけてはいますが。やはり焦りが魔力を乱しているようです」
閉塞しかけている魔力管を広げていく。ついでに闇魔法で落ち着かせてみた。普段はこんな使い方はしない。魔物に対して眠らせたり、影を操作して拘束したり、そういう使い方をする。軽く闇魔法をかけると、ジュヴェ嬢から焦りが消えた。
「手を離します。マジックボールを作ってみてください」
「はい」
ジュヴェ嬢がゆっくりとマジックボールを作る。安定しているな。大丈夫そうだ。
「では癒しの術を使ってみましょうか」
「せっ、先生、まさか……」
「これが一番早いのですよ」
マジックバッグからナイフを出して腕を切る。
「ひっ」
ボタボタと出血した俺の腕を見て、ジュヴェ嬢が小さく悲鳴をあげた。王女も顔をひきつらせている。
「集中して。傷を癒したいと強く意識して」
「は、はいっ」
みるみる内に傷が塞がっていく。王女の時より早い。闇魔法が効いている為か焦りは見られない。
「エレオノール、癒しの術が」
「私、出来ましたの?」
部屋に入ってからかなりの時間が経っていたからか、ミレディ先生が様子を見に来た。
「エレオノール様?」
「ミレディ先生、私、出来ましたわ」
「えぇっと?ドゥルーヴ先生、お怪我を?」
床の血を水魔法で消していたら、ミレディ先生に不審気に聞かれた。
「あぁ、自分で切ったのですよ。大丈夫です。自分でも癒せますし、王女殿下もジュヴェ嬢も癒しの術を使えます」
「じ、自分で?」
「一番手っ取り早いんです」
「そ、そうですか」
ミレディ先生まで顔をひきつらせている。そこまで痛くはないんだが。
しかし、眼か。視力や聴力、嗅覚や触覚は治りにくい。熟練の腕の良い癒術医ならなんとかなるか?
「これで弟を治せますわ」
「良かったですわね、エレオノール」
2人は盛り上がっているが、難しいんじゃないかと思う。
「お2人共、良かったですね。さぁ、お戻りになってください」
2人が喜んで帰っていった。
「ドゥルーヴ先生、何か気掛かりが?」
空部屋を出て控室に向かいながら、ミレディ先生が聞く。
「感覚に関する物、視覚、聴覚、嗅覚は治りにくいと言われているのです。熟練の腕の良い癒術医ならあるいは、でしょうか」
「ドゥルーヴ先生でも?」
「何度も言いますが、俺は冒険者です。しかも光魔法はそこまで鍛えていません」
「そうなんですか。エレオノール様はガッカリされますね」
控室で光魔法、特に癒術について書かれている本を探す。ミレディ先生も協力してくれた。
その本によると、感覚に関する障害は脳に問題があるようだ。ただし脳については分かっていない事が多い。唯一の例外が聴覚。これは耳の奥を癒す事で治る事があると書いてあった。
「やはり難しいんですね」
「あんなに喜んでいたのに」
「ジュヴェ嬢に足りないのは、経験でしょうけど、こればかりは……」
他の先生達も集まってきた。
「癒術か。癒術医の手伝いを勧めてみては?15歳以上なら自主的な校外活動も認められていますし」
「認められていますが、癒術医にという前例はありましたっけ?主に冒険者活動ですよね?」
「それに15歳だと付き添いが要ったはずです。15歳で成人の儀式を受ければ別ですが」
「それでも、学長の許可が要りますよね?」
「そもそも、何故ジュヴェ嬢はそんなに急いでいるのですか?ジュヴェ侯爵様に何か?」
俺からは言えないしなぁ。貴族の家に関する事だから、軽々しく口外は出来ない。
「どうしても急ぎたい理由があるようです」
「貴族様ですし、言えない事も多いのでは?我々は見守って導くしかできません」
その日はそこで解散した。借りた癒術関係の本を、居室で読み込む。
「ドゥルーヴ、帰っているのか?」
「ねぇ、倒れたりしていないわよね?」
「まさか。ドゥルーヴだぞ?自己管理が大好きな奴だぞ?アカデミーの時から倒れたなんて見たことも聞いたことも無い。まぁ、その分無茶をするんだが」
「でも、真っ暗よ?あ、居た」
「おい、ドゥルーヴ。邪魔しているぞ」
読書に没頭していたら、いきなり肩を叩かれた。
「ハリアー?キャリー?どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもない。こんな暗い部屋で手元の灯りだけで本を読むなと、あれほど言っただろう」
「夕食に現れないから、心配していたのよ」
「夕食?あぁ、もうこんな時間か。悪い。心配をかけた」
どうやら没頭しすぎたらしい。本を読み始めると、周りの事が気にならなくなるんだよな。ハリアーにはそれでよく怒られた。
「癒術関係の本?ドゥルーヴ、癒術医にでもなるの?」
「いや。ちょっと必要に迫られてな」
「講師の関係?そういえば、アレイスト先生が心配してたわよ。ほどよい距離を保つようにしてください、って、伝言されたわ」
「アレイスト先生にも心配をかけたか」
ほどよい距離。踏み込みすぎるな、ということだろう。相手は貴族令嬢だ。いつ何時どんな噂に巻き込まれないとも限らない。
「王子は騎士科なんだが、ここ最近休んでいてさ。どうやら王城に戻っていたらしい。それに関して面白い話をキャリーが聞いてきた」
「あの王子様、婚約者が居るのね。辺境伯のご令嬢なんですって。それで、自分より強い男しか認めないって言っているんですって」
「へぇ。辺境伯ってどの辺境なんだ?」
ハリアーが持ってきてくれた夕食を食べながら聞く。
「聞いて驚け。マーティン・イグレシアスの妹だそうだ」
「マーティンの?」
マーティン・イグレシアスは同い年の貴族科の生徒だった。趣味だ、と言いながら、魔導科と騎士科の魔法と剣術の授業だけ受けに来ていた。かなり大変だったと思う。週に何コマだけではあるが、貴族科と魔導科、騎士科はそもそも学習棟が違う。それなのに授業になると走って来るのだ。騎士科の生徒が魔導科の魔法の授業を受ける、もしくは魔導科の生徒が騎士科の授業を受けるというのは、まぁたまにあるんだが、貴族科でそれをやったのはマーティンが初らしい。
俺もハリアーも同じ様に互いの授業を受けていたから、よく覚えている。マーティンは気さくで陽気で気持ちの良い奴だった。
「結婚したんだったよな?当時からの婚約者殿と」
「あぁ、確か近くの領のご令嬢だったはずだ」
「で?その妹が王子の婚約者?」
「淑女科に居るわ。さっぱりした性格で、男装させたら似合いそうなのよ。実際に彼女をお姉さまと呼んで慕っている令嬢も居るわよ」
「男装させたらって……」
「ドレス姿も似合うと思うわ。背が高くてスラリとしていて、中性的って感じ」
「へぇ。マーティンとは似ても似つかない感じだな」
アイツはガッシリしていたからな。