講師業開始
講師として生徒達に教える初日。まずは魔導科の授業だ。主任教諭は魔法省から昨年転職してきたアレイスト先生。俺は補助講師というか助手というか。
「ドゥルーヴ先生、本気で教師免許を取ってくださいよ」
「お断りします」
「絶対にドゥルーヴ先生が教える方がいいですって」
「俺は冒険者ですからねぇ」
魔導科の今日の授業は第1演習場で行われる。魔法行使が出来る演習場は全部で3ヶ所。第1演習場はもっとも広い。
「ドゥルーヴ先生はワンドは使わないんでしたっけ?」
「冒険者活動の邪魔になる時がありますから」
「そうですか。たぶんですが、魔法勝負を挑まれます。私も初日にやられました」
「えっと、またですか?」
「また?」
「ここに来て今日まで、学長に許可をもらって、授業や放課後の自主練習を見ていたんですよ。そうしたら2日前に挑まれました」
「誰にですか?」
「ダニエルです。デイヴィットが止めていましたが」
「え?逆ではなく?」
「はい。デイヴィットは俺の力を知っていますから」
「どこかで会ったんですか?」
「ダンジョンで」
「少し前に殿下達がダンジョンで助けられたって言ってましたっけ。あれがドゥルーヴ先生だったんですか?」
「そうですね」
第1演習場には魔導科の25人が揃っていた。観覧席に淑女科や貴族科の生徒が居た事に疑問を感じたが、その前にアレイスト先生が授業を始めてしまった。
授業は主に対戦形式。魔力を練りながら詠唱している生徒が多い。詠唱は魔法を強固にするが、俺は使わない。
「ドゥルーヴ先生、お願いします」
「君の使用する属性に合わせるから、遠慮無く打ち込んでくるが良い」
「はい」
まず展開されたのは火魔法。それもアロー系だ。魔法円は3つ。こちらも同じ魔法を同じ数行使する。
打ち込まれたファイアアローを、同じファイアアローによって消し去る。
「は?え?」
「魔力の練り方が甘い。威力は高いが余計な魔力が漏れてしまっている」
「先生は何をしたんですか?」
「ファイアアローにファイアアローをぶつけて消した」
「それって誰にでも出来るようになりますか?」
「経験を積めば。いかに素早く相手の魔法を見抜くかで、効果が変わる」
「次、お願いします」
「デイヴィットか。全力で来て良いぞ」
デイヴィットは同時に2つの魔法を行使した。火と水だ。こちらも火と水を使う。ただし火に水を、水に火をぶつけた。ジュウッという音と共にデイヴィットのファイアボールとウォーターボールが消える。
「ウォーターボールも消えたっ?」
「全力で来いと言ったのに」
「まだまだです」
次はファイアボールとウィンドボールか。ん?隠してもう1つあるな?あれはファイアウォールか?まったく厄介な芸当を。
デイヴィットと俺を囲むように結界を張る。その上でファイアボールとウィンドボールを打ち消し、ファイアウォールにファイアウォールをぶつけた。風が髪と服を煽る。天井に付きそうになった火を水魔法の膜で防いだ。
「ここが屋内だという事を忘れるな。危うく火事を出すところだった」
「すみません」
「ヤケドしてるぞ?癒術医室に行くか?」
「後で良いです」
「そういう訳にいくか」
デイヴィットの指先にヒールをかける。
「光魔法は苦手って」
「この位なら大丈夫だ。さすがにあの範囲の浄化はキツかった」
「見てました。囚われた霊魂が天に昇っていくのが綺麗でした」
その後も対戦を申し込まれた。デイヴィットのように複数の属性を使ってくる生徒は居なかった。
「ドゥルーヴ先生」
何日か経った授業後に、王女に呼び止められた。後ろに1人、付いてきている。
「殿下、どうなさいました?」
「彼女も癒し手なのです。でも、私と同じ様に上手く魔力が練れなくて」
「エレオノール・ジュヴェと申します。フィオナ様に伺いました。ドゥルーヴ先生に治していただいたと。お願い致します。私も診ていただけませんか?」
「俺は癒術医ではないんだが」
「分かっております。それでも、私は、一刻も早く癒しの術を使えるようになりたいんです」
「何か訳が?」
次の時間は俺の担当は無い。無いから話は聞けるが……。
「その前に、殿下とジュヴェ嬢は授業は良かったのですか?」
「あっ」
「放課後に来てください。話を伺います」
王女とジュヴェ嬢が小走りで戻っていった。小走りでも優雅さを失わないのはさすがの一言だ。あのお姫様然としたフィオナ王女が、魔物を倒すところが見たいなんて理由で、ダンジョンに来たのが信じられないんだが。
魔法教師の控室に行って、ミレディ先生に訳を話す。ミレディ先生は淑女科の魔法も教えているから、ちょうど良いと思った。
「ジュヴェ嬢ですね。確かに魔力の練り方は拙いですけど、魔力管閉塞症ですか?」
「診ていないので、はっきりは言えませんし、こういう事は癒術医を通した方が良いのではないかと」
「構わないと思いますよ?ここの癒術医先生は光魔法は得意なんですけど、魔力を辿るのは苦手だって言ってましたし」
「訪ねてみて良いでしょうか?」
「一緒に行きましょうか?」
ミレディ先生と医務室に行く。
「あらぁ、いらっしゃ~い。噂の先生に会えて光栄だわぁ」
テンション高く出迎えられた。
「噂?ですか?」
「やだ、あの浄化よ。結界もドゥルーヴ先生が張ったんでしょ?魔法教師と魔導科と学長がなんとか解析しようとして、2日間調べたのよね?」
「ちょっと、アザレア、言わないでよ」
「良いじゃない。私も見に行ったけど、綺麗だったわぁ」
「アザレア、それは良いのよ。あのね、ドゥルーヴ先生が相談があるんですって」
「相談?うふふ。ゆ~っくり話しましょ。ベッドに行く?」
「行きません。淑女科のジュヴェ嬢なのですが」
「つれないわねぇ。はいはい。ジュヴェ嬢ね。私はよく分かんないのよね。ドゥルーヴ先生は分かったの?」
「まだはっきりと確認はしていないのですが、魔力管閉塞症ではないかと」
「治せる?」
「はい。何人か治してます」
「任せちゃって良い?」
「はい」
「ねぇ、魔力を辿るってやってみてくれない?」
「ちょっと、アザレア!!」
「良いですよ。手を良いですか?」
「照れてしまうわね」
出された手を握る。魔力を少し流してみる。
「ん?アザレア先生、もしかして、昔、魔力管閉塞症でした?」
「よく分かったわね。魔力は強かったんだけど、上手く練れなくて。診てもらったら、そう診断されたの。魔力管閉塞症って治すのに時間がかかるでしょ?2ヶ月かけて治してもらったわ」
「結構すぐに治りますよ?」
「え?」
「閉塞した魔力管を広げれば良いんですから。複数箇所だったのか?それなら時間がかかるのも分かるが」
「そんな事まで分かるの?」
「勉強しましたからね」
アザレア先生の手を離す。
「ジュヴェ嬢の事は、任せていただいてよろしいですか?」
「えぇ、任せるわ」
1日の授業を終えて、ジュヴェ嬢が王女と魔法教師控室にやって来た。個人的に与えられた空部屋に案内する。
「それで?ジュヴェ嬢が一刻も早く、癒しの術を使えるようになりたい理由は?」
「私には、弟がおりますの」
しばらく逡巡してジュヴェ嬢が話し出す。
「3年前でしたわ。弟が、屋敷の、2階のベランダからっ」
「転落したのですか?」
「ドゥルーヴ先生、私から話しますわ。私もエレオノールも光魔法が使える事は分かっておりましたの。でも、2人共、上手く癒せなくて」
「癒術医に診せなかったのですか?」
「診ていただきました。弟はその時は治りましたの。でも、最近、目が見えにくいと」
「癒術医には?」
「ずっとではないのですって。だから大丈夫だって言い張っておられて、侯爵も困っておられますの」