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フライハイト ~ある魔導師の半生~  作者: 玲琉
イグレシアス辺境領
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懺悔

「マーティンには知らせなくてよかったのか?」


「マーティンは俺の詳しい事情を知らないからな。養子だという事は話したし出身地の事も大雑把にも話したが、詳しい事情は話していない」


「辺境伯の息子だし、調べられていたりして」


「それならハリアーの事も調べているな」


「だろうなぁ」


ハリアーは俺が最初に連れていかれた集落の、代表をしていた男の息子だ。世話焼きでお節介で強引。それが最初の印象だった。一芸に秀でた者が集まる集落だった為、他の奴らは興味を持った人に教えを乞い、すぐに馴染んでいったが、俺はなかなか馴染めなかった。師匠はフラフラと出掛けては気紛れに帰って来るような人だったし、その時に教えてもらった魔法を練習するしかやる事がなかった。


ハリアーが強引に連れ出してくれなかったら、薄暗い部屋の中で魔導書を読むだけのつまらない人間になっていただろう。


ハリアーが外に連れ出す時にしか姿を現さないと、周りの大人が心配していたのは後で知った。同居していた師匠の母親にはずいぶん心配をかけた。それは知っていたんだが、周りにまで心配されているとは思ってもいなかったんだ。当時は。


養子に出る事になって今の両親に会った時、養父(ちち)に最初に言われたのが、「自分の気持ちを殺すな」だった。10歳近くなってからの新しい環境に、新しい家族。その優しさに甘えてはいけないと自ら壁を作った。養家で出会ったエリンは当時4歳。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とくっついて、何もない所で転んでビービーと泣く鬱陶しい存在でしかなかった。それでも無条件で好意を示す女の子を放っておけなくて、相手をしていた。


「何を考えている?」


「ハリアーと出会った時の事だ。いきなり部屋に押し入ってきて、驚いた事を思い出していた」


「仕方がないだろう?一緒に来た奴らがドゥルーヴは心配だけど、無理はさせられないって言っているのを聞いてしまったんだから。上品にノックなんかしていたら逃げられると思ったんだよ」


「アカデミーで再会した時には驚いた」


「そりゃ、俺も一緒だ。もう2度と会えないと思っていた奴に会えたんだから。あの時は驚きすぎて、実家に送る手紙が分厚くなった」


「で、アイツらとの手紙のやり取りが始まったんだよな」


幼馴染みとの再会はしなかったが、近況は手紙のやり取りで知っていた。だから他の奴らが何をしているか知っているし、アイツらも俺がプラチナム(白金級)の冒険者だという事を知っている。会ってはいないが。


司祭は俺以外には会っていないらしい。他の奴らの存在を知ったらどうするのだろうか?謝罪行脚でもするのだろうか。


「ドゥルーヴ、着いたぞ」


「あぁ、悪い。考え事をしていた」


「良いさ。少々ナーバスになっているんじゃないか?」


「かもな」


魔導車を降りて礼拝堂に入る。礼拝堂ではちょうど司祭の説法が行われていた。


「間違いを犯さない人間はいません。私も間違ったことはある。それを反省し、同じ間違いをしないようにしなければなりません。反省とは自分の行動やあり方を振り返り、それでよいか考える事です。考えましょう。行動する度に考えて、そうして行動しましょう」


途中で入ってきた俺達を見て、司祭が目を僅かに見開く。そうして軽く会釈をした。会釈をし返すと穏やかな笑顔で座るように促された。


説法が終わって、信者達が礼拝堂を出ていく。


「今日はどうされました?」


「昨日は急いでいてゆっくり話が出来なかったと思いまして」


「そちらの方は?」


「古くからの友人です。俺が最も信頼している友人です」


「そうですか。最も信頼しているご友人……」


「あの当時の事も知っています」


司祭がギクリと身体を揺らした。


「正直に言うと、あの当時の事はもうどうでも良いんです。あの当時の事を考えると、いまだに何かが燻っている感じはあります。でも、俺は生きてます。もう貴方も解放されてください」


「解放されて良いのでしょうか?」


「良いのではないですか?貴方は後悔してきた。そしてあの時の行いを反省し続けてきた。先程貴方自身が言ったのですよ?行動する度に考えていこうと。考えて行動してこられたのでしょう?いつまでもあの時に囚われていては行動できませんよ」


「貴方は強い方ですね」


「自分の思うように行動しているだけですよ」


「貴方はどう考えますか?」


司祭がハリアーに聞く。


「俺ですか?あの侵攻というか略奪行為を俺は直接知りません。詳しくこいつから聞き出したのもずいぶん経ってからです。出会った頃はそんな事は考えていませんでしたし、ガキでしたから子供達が連れられてきたのを見て、一緒に遊べるかな?としか考えてなかったんです。一緒に来た子達がコイツを心配しているのを偶然聞いて、ガキの無神経さで強引に引っ張り出して、振り回して一緒に遊んだ。それだけの感覚だったんです。後でどういう状況で俺らの所に来たのかを聞いて、当時はそりゃあ、怒りましたよ。飛び出していこうとして、剣の先生にげんこつを何度ももらいました。冒険者になってもあの国の依頼だけは受けるもんかって思ってましたね。でもね、コイツは静かに消化していったんです。1番悪いのは鎧イナゴだと。その対策を怠った国の犠牲になったのが攻めて来た奴等で、鎧イナゴの大群発生が無ければそもそもあんな事にはならなかったと言ったんです。今もそうです。思い出せば怒りというより哀しみが大きいです。それでもコイツの感情の何分の1でしょう。コイツがそんな状態なのに、俺が怒っても仕方がないんです。その時期は過ぎたんだから」


そこまで言って、静かに耳を傾けていた俺と司祭に気付くと、バツの悪そうな顔をして続けた。


「えぇっと、何が言いたいのかというと、司祭様は十分苦しんだ。もう許されて良いんじゃないかって事です。直接の被害者のコイツがもういいと言っているんです。司祭様も前に進んだ方が良いんじゃないですか?今は聖国が大変な時です。司祭様にしか出来ない事はあるはずです」


「私にしか出来ない事……」


「司祭様1人でやらなくて良いんですよ?誰かの協力をあおいで力を合わせたって良いんです。俺はそちらを推奨しますけどね。1人の人間に出来ることはたかが知れています。中にはスゴい事を1人でやっちまうスゴい人間も居ますけど、大抵はたかが知れているその力を何人かが使って、スゴい事をやっているんです。冒険者もそうです。上手く言えませんけど、1人だと無理な魔物も力を合わせれば倒せたりするんです。俺は教会の説法に参加したことすらない不信心者です。だから、えぇっと、その……」


「ハリアー、分かった。分かったから落ち着け。司祭様も分かっている」


「悪い、ドゥルーヴ。熱くなっちまった」


「本当に信頼されているのですね」


司祭が眩しそうに俺達を見る。


「えぇ。何度も2人で死線を潜り抜けてきましたから。何度も喧嘩しましたし、何度もぶつかりました。だからこそ信頼できる。コイツになら背中を任せられるんです」


「少し羨ましいです」


司祭が寂しげに笑う。


「何を仰います。貴方には神様という最も信頼できるお方がいらっしゃるではないですか。神様はお姿は見えないけれど、そこにおられるのでしょう?俺達冒険者は不信心者が多いんです。でもね、討伐依頼で神様を感じる時はあるんですよ。紙一重で相手の攻撃を避けられた時とかね。不信心者ですからその時は神様に感謝しても、ピンチになると神なんて居ないとか思っちまうんですけどね」


「あなた方は不思議なお人だ。神を信じていないように見えて、神の御心に添っておられる」


「そんな偉い者じゃ無いですよ」


司祭の言葉が俺達を笑わせた。

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