戦闘と保護
「よく来てくれた。さっそくだが街壁に向かおう。ハリアーの彼女は調薬師だったな。こちらへ」
「ありがとう」
「そっちの男性と女性は?」
「男性は俺が個人的に雇っている家政夫、女性は妹のような存在だ」
「ふぅん。妹ねぇ」
エリンにジロジロと遠慮の無い視線を向ける。可哀想にエリンは俺の背後に隠れてしまった。
「ジロジロ見るな」
「可愛らしい娘じゃないか」
「既婚者が何を言う」
「城下に家を用意したんだが、必要か?」
「家?」
「あぁ、2軒用意した。それほど広くはないが」
「良いのか?」
「城にとも考えたんだが、ハリアーの方は彼女も一緒だって言うし、一応な。隣同士の建物を用意した」
ハリアーと顔を見合わせてから頷く。
「ありがたく使わせてもらう」
「じゃあ、そっちには手の空いている者に案内させる。ハリアーとドゥルーヴはさっそくで悪いが頼む」
「ジェイソン、頼んだ」
「お任せください。ハリアーさんとキャリーさんの方も荷物を入れておきましょうか?」
「頼めるか?」
「はい」
防具を身に付けていると、エリンが近寄ってきた。
「ドゥルーヴ様、ご武運をお祈り致します」
「エリンも気を付けてな」
マーティンと共に街壁の外に出る。壁際にテントがいくつも張ってあった。街壁を後にして10分程行くと、気配察知にアウルベアが2頭引っ掛かった。
「ハリアー、マーティン、2時の方向にアウルベア2頭」
「気配察知か。便利だよな」
マーティンは気配察知を覚えてなかったっけ。
「ドゥルーヴ、いつものように頼む」
まずは俺が魔弾を打ち込む。こちらに背を向けていたアウルベアの気を引いたところで、ハリアーとマーティンが一気に攻撃を仕掛ける。俺はその間サポートを行う。
アウルベアは通常、単独で行動する。2頭が同じ場所に居ることはほとんど無い。
「ハリアー!!マーティン!!アウルベアの後ろに子供が居る!!」
「そっちで何とかしてくれ!!」
「無茶を言う」
どうする?どうすれば良い?その子供の目の前では、アウルベアとハリアーとマーティンが戦っている。被弾はしないだろうが、心理的な負担は大きいだろう。一刻も早く助け出さなければ。
地魔法でその子供の足元を陥没させる。ビックリした顔の子供を、穴に隠したまま地面を操って、ゆっくりと俺の側に引き寄せた。
「大丈夫か?」
「は、はい」
「もう少し我慢してくれ」
「あの、僕、獣人なんですが」
「ん?関係無いだろう?」
「関係無いんですか?」
「友人に獣人はたくさん居るぞ?悪いが少し集中させてくれ」
ハリアーとマーティンのサポートを切らせるわけにいかない。
「手伝わせてください」
「ん?」
「僕、狐人族ですから魔法は得意です」
「どちらでも良い。あのアウルベアの足元を固められるか?」
「やってみます」
マーティンの戦っていたアウルベアの足元がみるみる凍りついていく。アウルベアが苦しげな唸り声をあげた。
「やるな」
ハリアーの方は俺が氷魔法で固める。やがて決着が着いた。マーティンの方に少し遅れてハリアーの方のアウルベアも仰向けに倒れた。
「ドゥルーヴ、その子は?」
救出した子供がビクッとして俺の後ろに隠れる。小さな手で俺の足にしがみついた。
「アウルベアの後ろに居た子だな。ん?怪我をしているじゃないか。悪い。気付くのが遅れた」
「この位、大丈夫です」
「じっとしていろ」
目についた右腕の出血部位にヒールをかける。
「ありがとうございます」
「狐人族か」
「こっちでは珍しいか?」
「あぁ。獣人自体が珍しい。このまま連れていくと騒ぎになるな」
「名前は?言えるか?」
目線を合わせて聞く。
「ユーリです」
この辺りには珍しい名前だ。狐耳がピコピコとしている。獣人だと言ったが、尻尾は見当たらない。
「俺はドゥルーヴ、こっちがハリアー、彼はマーティンだ。ユーリの家族は?」
「居ません。気が付いたらここに居て。さっきの魔物に襲われて、おじ……。えっと、僕を連れていた人は動かなくなっちゃって、えっと……」
俺の足にしがみついて、俺を見上げながら必死に言い募る。
「どこだ?」
「たぶんこっち」
「たぶん?」
「走って逃げてたから、分かんなくって」
「マーティン、行ってくる」
「あぁ。連絡は切らさないようにしろ」
ハリアーの事も怖がっているようなので、俺1人でユーリと手を繋いで歩く。次第に血の匂いが濃くなってきた。
「ユーリ、大丈夫か?」
獣人は感覚が人族以上に敏感だ。
「大丈夫、です」
「無理をするな」
風魔法で辺りの匂いを払うと、いくぶん表情が和らいだ。
少し先に壊れた魔導車と人の亡骸があった。鋭い爪で引き裂かれたんだろう。一目で亡くなっていると分かる。携帯通信装置でマーティンに連絡を入れる。
「マーティン、そこから11時の方向に15分程来てくれ。亡骸がある」
『了解した』
ザザっというノイズと共にマーティンの返事が聞こえた。
「おじさん……」
「この人と一緒だったのか?」
「うん。あ、はい」
「言い直さなくて良い。よく頑張ったな」
「怖かった……」
グズグズと泣き出したユーリを宥めていると、ユーリの向こうから5人が現れた。武装している人間も2人居る。隣国の人間か。
「た、助けてください」
「名と所属は?」
「シアーサド聖国クルスタン領から、にっ、逃げ……。いえ、あの……」
「逃げてきたのか?」
俺の後ろからマーティンの声が聞こえた。
「マーティン」
「遅くなった。彼らは?」
「あちらの方から来た。武装はしているが戦う意思は無さそうだ」
「そうか。いったん引き上げよう。この辺りをダイアウルフの群れが彷徨いているらしいと、さっきハリアーから連絡が入った」
「ユーリ!?」
女性の声がした。ユーリがパッと振り返る。
「おばさん」
「知り合いか?」
「うん。あ、えっと」
「知らない人じゃないんだな?安心できる人か?」
「うん」
「良かったな。その前にこの人を弔ってやらないとな。マーティン、少し待ってくれ」
「分かった」
ユーリを連れて女性の元に行く。
「すまない。俺は冒険者のドゥルーヴという。貴女はユーリの?」
「ユーリの叔母です。姉がユーリの母親で。あの、男性が居ませんでしたか?」
「たぶん、あそこで亡くなっている。確認してもらえるか?少し惨い遺体だが」
「はい」
声が震えている。無理もない。慣れてなどいないだろう。
「ユーリは魔物に襲われたと言っていた。その魔物はおそらくアウルベアだ」
「アウルベアですか」
「すまない。間に合わなかった」
「いいえ。あなた様の所為ではありません」
青い顔をしながらもしっかりと遺体の顔を確認する。その後、首辺りからチェーンを引っ張り出した。
「間違いありません。主人です」
「弔ってやっても良いか?」
「お願いします」
「ユーリ、光魔法は使えるか?」
「うん」
「じゃあ、この水に聖化をかけてくれ」
俺もしようとすれば出来るんだが、ユーリにしてもらう。水魔法で出した水に聖化をかけたものは聖水となる。聖水をかけてから埋葬すると安らかに天に昇っていける。
ユーリと協力して穴を掘り、その中に聖水で清めた遺体を入れ埋葬する。
「ドゥルーヴ」
マーティンから枝が差し出された。冒険者の埋葬のやり方だ。埋葬した場所に根出しした木の枝を差す。こうすれば木が遺体を守ってくれると信じられている。祈りを捧げて顔をあげた。
「ありがとうございました」
「冒険者のやり方で申し訳ない」
「いいえ」
隣国からの5人を連れてイグレシアス領に戻る。街壁沿いのテントから知り合いを見つけたらしい隣国の兵士が走ってきた。
「知り合いか?」
マーティンが聞く。
「はい。自分等の隊長です。生きていたんですね」
生きていた?
「話を聞かせてもらおう」
ここからは領兵の仕事だ。マーティンに案内されて家にたどり着くと、ジェイソンとエリンが出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ずいぶん立派な家だな」
「少し前に没収した商家の屋敷跡だ。商業ギルドが買い上げて2軒家を建てたんだが、買い手が付かなかったから、こちらで有効利用させてもらうことにした」
「囲い込む気、マンマンじゃねぇか」
「白金級冒険者だぞ?当たり前だ」
「マーティンまでここで落ち着いているのは何故だ?」
「城には今、甥姪が居るんだ。五月蝿くてかなわん」
「奥さんを放っておいて良いのか?」
「奥様なら、もうすぐこちらにいらっしゃるそうです」
「えっ」
にこやかに告げたジェイソンの言葉にマーティンが絶句する。
「ハリアーさんとキャリーさんのお食事も、先程お届けしました」
「本当に良い人材だな」
「あぁ」




