アカデミー
ダンジョンで王子達に出会ってから2週間後、アカデミーから呼び出された。招聘状を見てため息をつく。一昨日師匠からの伝令鳥が来たばかりだ。
「行くのか?」
家を出たらハリアーに会って、聞かれた。
「師匠からの呼び出しに応じなかったら、後が怖い。正式に呼び出すから、必ず来るようにと、一昨日言われていたしな」
「俺も呼ばれる気がする」
「剣の講師か?」
「ギルドを通して、何度か打診を受けているんだ」
「そりゃ、断れないな」
後ろ手に手を振ってアカデミーに向かう。アカデミーまでは汽車で1時間程。
「隣、よろしいですか?」
それほど混んでいない車内で相席を求められた。チラリと相手を見て、嘆息して許可を出す。
「どうぞ。貴女が来ていると思わなかった」
「学長から必ずお連れするようにと、厳命を受けましたので」
隣に座った妖艶な美女は師匠の秘書のグレイス女史だ。年齢は知らないが、少なくとも俺よりは年上だ。
「ドゥルーヴ様、アカデミーの魔導科の講師を、引き受けていただけませんか?」
「魔導科だけじゃなく、全ての科の魔法講師を任ぜられそうだから、お断りします」
「あら、お見通しかしら?」
「最近、魔法省長官の息子と知り合いましてね。彼が言っていたのですよ」
「王子殿下、王女殿下、騎士団長のご子息も、でしょう?」
「何故ここまで魔法講師の質が落ちたんです?」
「2年前に学長交替があったのは、ご存じですね?」
「師匠が学長になってますからね」
「前学長が使い込みをしていたのですよ」
「はい?」
「その所為で、講師を雇う予算が無くなりました」
「その所為でって……」
「はっきり仰っていただいてよろしいのですよ?アイツは馬鹿かと」
「前学長を知りませんが、同意見です。それでこんな若造に声をかけたと?」
「学長が知る限り最高の人材だと」
「もしかして、魔法省に入省していたら……?」
「強制でしたでしょうね」
あの時、蹴っておいて良かった。
「ドゥルーヴ様が殿下達に魔力コントロールと、それに伴う魔力増加のやり方を教えましたでしょう?突然殿下達がやり始めた魔力増加法を、学長が見て殿下に聞いたのです。そうしたらドゥルーヴ様とハリアー様の名前が出て。大変でしたのよ?学長も知らなかった方法でしたから」
「知らなかったって、初年度の魔法講師には知らせておいたんですが」
「秘匿したのでしょうね。ドゥルーヴ様は彼に冷遇されていましたし」
「理不尽な扱いはされましたね。テストの改竄はザラでしたし」
「テストの改竄ですって?」
「明らかに字が違うんですよ。他にも何人かいましたよ?貴族は贔屓されていましたし、そっちも改竄していたかもしれません」
「なんて事でしょう。学長に知らせなければ」
「過去の事です」
話している間にアカデミーの最寄り駅に着いた。用意されていた魔導車でアカデミーに向かう。
「グレイスさん、他には何人に声をかけたんですか?」
「私が把握しているのは3人です。ドゥルーヴ様と魔法省の職員2人ですね」
「魔法省の職員ですか」
「貴賤差別の無い人達ですよ」
「師匠の選んだ人でしょうから、そこは信頼しています。魔法省の勧誘がしつこくなりそうだな?と思いまして」
「学長が牽制していましたわよ?彼には強制したくない、と」
「そう言いながら、今回師匠に強制されましたけどね」
「あらあら、うふふ」
アカデミーに着いた。学長室に連れていかれる。
「ドゥルーヴ、久しぶりじゃの」
「卒業以来ですから、8年ぶりですね」
「噂は聞いとるぞ。北の山脈のレッドドラゴンを倒したのじゃろう?」
「ハリアーと協力したから、出来た事ですよ」
「変わらんのぉ。手柄は自慢してもエエんじゃぞ?」
「御遠慮いたします」
「相変わらずじゃの」
グレイス女史がお茶を淹れてくれた。
「講師の件、引き受けてもらえんじゃろか?」
「全ての科の魔法講師というのでなければ、お引き受けしますよ。それに条件があります。1度全ての科の魔法の授業を見せていただきたい。それと、蔵書庫への自由な出入り。冒険者活動の継続。この3つを認めてください」
「前の2つはお安いご用じゃ。だが、冒険者活動の継続は……。何か訳があるのか?」
「俺の事を調べたのでしょう?」
「あぁ、いくつかの商会と救児院に出資していると」
「それが理由です。スポンサー契約の商会は貴族からの圧力が、救児院にはろくでもない奴らが集ってきますからね。プラチナムの冒険者がバックに居ると言うのは、結構効果的なんですよ。最近も悪質な貴族と手を組んだ奴隷商人の摘発に、手を貸しました」
「相変わらずじゃのぉ。分かった。認めよう。いつから来られる?」
「そうですね。滞在用の住居も探さないといけませんし」
「職員用の住居が空いとるぞ?」
「手を入れて良いのなら。見せてもらえますか?」
「案内させよう」
職員に案内された先にあったのは、古びた家屋。古びたというか、廃屋だな。
「ここか?」
「えぇ、そうですよ。十分でしょう?」
こちらを蔑んだ態度の職員に、またか、とため息が出る。
「手の入れがいがありそうだ」
ニヤリと笑って、壁に触れる。リペアを発動させる。たちまち綺麗になっていく家屋。それを呆然と見ている職員。
「本当の住居に案内してもらおうか」
「はっ、はいぃぃぃ!!」
声が裏返った職員がギクシャクと、違う住居に案内する。少し離れてはいるが、隣だな。
「これはまた趣があるこって」
さっきの家屋よりは新しいが、なんと言うか、こう……。
「ここ、人死にでも出たか?」
「人は死んでいないのですが、前々入居教員が、動物実験をしていたらしくて、前入居教員が気味悪がっちゃって、出ていったんですよ」
「師匠め。狙ってやがったな?」
「あのぉ……」
「さすがに可哀想だ。浄化をしてやりたいが、準備が要る。2~3日待ってもらえるか」
「よろしいんですか?」
「囚われた霊魂が可哀想だからな。立ち入りを制限して良いか?」
「はい。ここは1番端ですので」
家屋を囲むようにして結界を張る。ここまで広いと魔力消費が激しい。
「この線は?」
「結界を張った。この線の内側には入らないように」
「分かりました」
学長室に戻ると、師匠にニマニマと出迎えられた。
「あの住宅の浄化が目的ですね?」
「ワシ、光魔法は使えんのじゃもーん」
「もーん、じゃ、ありません。普通に依頼してください」
「金がかかる」
「勉強しますよ?」
「タダと言わんか」
「言いません。そんな事を言ったら、この先もタダ働きさせられるじゃないですか」
「全属性持ちが何を言うとる」
「はいはい。準備をして来ます。ハリアーの立ち入りも許可願います」
「いつ頃になる?」
「明後日か明々後日には」
「やっておく事は?」
「結界内に立ち入らせないようにしてください。それだけで良いです」
「分かった。徹底させる」
臨時講師となる為の書類に記名し、学長室を出る。
「ドゥルーヴ、来たのか」
職員棟を出たとたんに声をかけてきたのは、ナイジェル第4王子。サイモンとデヴィットも居る。
「これはナイジェル殿下。お久しぶりでございます」
「呼び捨てで良いのに」
「体面がございますから」
「今日は?会いに来てくれたのか?」
「いいえ。別のお話で」
「そうか」
「今日はハリアーさんは?」
「別行動だ」
「ドゥルーヴ様、この後のご予定は?」
黙っていたグレイス女史に声をかけられた。
「この後は、帰るだけですが?」
「よろしければ、貴族科と普通科の魔法授業を見ていかれませんか?」
「貴族科と普通科ですか?」
「この後すぐ普通科の、午後から貴族科の魔法授業が演習場でございます」
「条件に挙げていましたからね。こちらからお願いします」
「ドゥルーヴに教えてもらえるのか?」
「今日は見学だけでしてよ?殿下」
グレイス女史にやんわりと窘められて、王子達は戻っていった。