香石ダンジョン
香石ダンジョンの有る都市に着いた。ここで香石ダンジョンに潜る準備を整える。
香石ダンジョンで取れる香石の鉱石には、当たり外れが有る。香石が多く含まれている鉱石と含まれていない鉱石があるのだ。これは外見では分からない。故に香石鑑定人が居る。
「ドゥルーヴ、ハリアー。久しぶりだな」
翌日、ギルドに入るなり声をかけてきたのは、ギルド公認の香石鑑定人、アビゲイルだ。男だらけの家庭で育ったからこの口調になったと嘯くが、実は意識してこんな口調にしているのだといつしか言っていた。まぁ、房内の話だ。
「今日と明日になると思うが、アカデミーの生徒達と香石ダンジョンに潜る予定だ。戻ってきたらよろしく頼む」
「任せとけ。アカデミーの生徒達とって事は依頼か?」
「そうじゃない。今、アカデミーで教えているんだ」
「へぇ。今度アタシにも教えてよ」
「良いぞ」
とはいってもどちらも本気ではない。
「先生、お待たせしました」
「準備は?」
「大丈夫だと思います」
「ギルドの職員さんに確認してもらったので」
「それなら安心だ」
香石ダンジョンの入口はこのギルドの中にある。香石が採掘され過ぎないようにギルドが管理しているダンジョンだ。香石ダンジョンは、元々香石鉱山の坑道が突如ダンジョン化した物だ。だから最奥まで行けば魔物は出ない。油断は出来ないが。
「ハリアーの方は後からか」
「あぁ、最奥で会おう」
「先に行って待ってる」
拳を付き合わせて、ダンジョンへの扉を潜る。
「ここのダンジョンの主な魔物は?」
「ゴーレムやメタルワーム、ジャイアントモールと聞いています」
「聞いてきたのか」
「準備をしている時に教えてもらいました」
「事前情報収集は大切な事だからな。もし、知らなかったら説教の1つでもしていたところだ」
「げっ」
ダンジョン内を歩きながら話をする。早速おいでなすったようだ。
「来たぞ」
リーダーの声に全員戦闘体制を取る。現れたのは小さめのメタルワーム。ガバリと開けた口に並ぶ鋭い歯が恐ろしい。あの歯で鉱石を食べるのだ。
メタルワームに斬撃は効かない。弾力の有る皮に弾かれてしまう。針撃系の魔法か刺突系武器による刺突が有効な手段だ。後は口に対する攻撃か。
生徒達はしっかりと対処している。魔法と前衛の攻撃が噛み合っていて、危なげなくメタルワームを倒した。
「先に進もう」
俺はあくまでも着いていくだけ。だから生徒達で全てを進める。ルートの決定も生徒達だ。遠回りだろうがそこがダンジョンの罠だろうが、実はダンジョンから外れていようが、命に危険がない限り口出ししない。
リーダーが分岐で選んだのは、罠がふんだんに仕掛けられている側道。危険察知を発動すると罠のある箇所が淡く光って見えた。リーダーは長い棒で少し先を探りながら進んでいる。
「先生はここには来た事があるんですか?」
「何度も来た。依頼もあったしな」
「だからあの鑑定人さんと親しかったんですか?綺麗な人でしたね」
「そうだな」
「先生との関係は?」
「冒険者と鑑定人。それだけだ」
「それだけですか?彼女とか」
「無いな」
「お似合いだと思ったんだけどなぁ」
普通科の生徒、ニールが呟く。
「アビゲイルとか?」
「あの人、すごい美人だったし、先生もカッコいいじゃないですか」
「自分の顔に興味はないんだ」
「またまたぁ。ん?何の音?」
奴が居たな。そういえば。
「オーガだ!!」
このダンジョンに本来オーガは居ない。
「先生、助けてください」
「あぁ、アイツは気にしなくて良い。むしろ会えたのはラッキーだ」
「えっ?」
「イシュム、俺だ」
こちらを攻撃しようとしていたオーガの腕が止まる。
「ドゥルーヴ、カ」
「こっちに居たんだな」
「アァ」
「しばらく出入りがあるかもしれん。迷惑をかける」
イシュムが大きく頷いた。
「あぁ、忘れるところだった。ほら」
持ってきていた酒を渡す。ホクホク顔で行ってしまったイシュムを見送って、先に進む。
「先生、あのオーガは?知り合いですか?」
「かつて死闘を演じた仲だな」
「死闘って殺しあいって事!?」
「香石ダンジョンにオーガが住み着いたから、退治してくれと依頼を受けてな。ハリアーと2人で挑んだ。イシュムはオーガの亜種らしい。簡単な言葉を話せるし、理解もしている。この側道に入ってから魔物が居なかっただろう?イシュムが掃除してくれていたんだ」
「イシュムという名前なんですか?」
「付けたのはギルドのお偉いさんだ。本来の名はヤライシュムバンという」
「あの、お酒は?」
「礼だ。本来ならここはダンジョンじゃない。ここまで有った罠はイシュムが仕掛けたものだ。あまりに罠が多いと引き返すだろうという思惑なんだと思う。役に立ってはいないが」
「それって意味がないんじゃ?」
「良いんだよ。イシュムの優しさなんだから。罠も分かりやすかっただろ?作動させてもちょっとした落とし穴くらいの可愛らしいモンだ」
イシュムの作ったトンネルは最奥までの最短ルートだ。
「結構簡単に出ちゃいましたけど」
「イシュムのお陰だな」
「これがボス部屋ですか」
目の前に突如現れる大きな扉。
「香石って誰かが採掘しているんですよね?」
「ここじゃない坑道でな。鉱脈はここだけじゃない。それに鉱脈までのルートも1つじゃない。このダンジョンはあくまでもギルドが管理している、少し難易度の高い初級ダンジョンだ」
「初級……」
ボス部屋の扉を開ける。待ち構えていたのはストーンゴーレム。10mは有るな。
「よし、行くぞ」
リーダーが気合いを入れる。彼らの邪魔をしないようにそっと壁際に距離を取った。
ストーンゴーレムがブンッと腕を振るう。避けた前衛が足に打撃武器を叩きつけた。ストーンゴーレムの左足の指が脆くも崩れる。後衛も魔法を上手く使いながら援護を行う。
ストーンゴーレムの左の足が崩れ、立てなくなった。その期を逃さず、全員で畳み掛ける。やがてストーンゴーレムは動かなくなり、淡い光と共に消えた。
「討伐終了だな」
ゴゴゴ……という音と共に、奥への扉が開く。
「やったあぁ!!」
生徒達は喜んで走っていった。褒美も受け取らずに。ストーンゴーレムの倒れた場所に残されていたものは、メイスや戦槌の打撃武器。1つ残らず拾い集めて、後を追う。
「はしゃぎすぎだ」
褒美を差し出しながら彼らに言うと、我に返ったように振り向いた。
「あっ。すみません、先生」
「ここからが本番なんだろう?数量制限はあるが採掘して良いぞ」
「先生はしないんですか?」
「送る相手もいないしな」
「鑑定人さんは?」
「アビゲイルか。別に贈り物なんて仲じゃないが」
グルリと岩盤を見回し、適当に地魔法で香石の鉱石を幾つか取る。生徒達が満足したのを確認していると、ハリアー達も到着した。
「早かったな」
「イシュムのトンネルから来た」
「イシュムは元気にしていたか?」
「あぁ。少し騒がしくなると言っておいた」
「アイツは脅すだけだしな。何を持っているんだ?」
「適当に取った香石の鉱石」
「アビゲイルか?」
「そういう仲じゃないが、たまには良いかと思ってな」
「喜ぶんじゃないか?」
生徒達が全員満足したようだ。専用の帰り道からギルドに帰る。
「おかえり。じゃあ鉱石を見せてもらおうか」
アビゲイルが鑑定していく。その中からギルドの取り分を分けて、その日は解散となった。
「アビゲイル、これを鑑定してくれ」
「珍しいな」
「1つ以外ギルドに納めてくれ」
「もう1つは?」
「君に」
「わ、私?」
「生徒が世話になったからな」
踵を返してギルドを出ようとすると、アビゲイルに引き留められた。
「ドゥルーヴの宿はどこ?」
「キルシュタインの宿」
「仕事っ。仕事が終わったら、行っても良いか?」
「あぁ。待ってる」
アビゲイルに告げてギルドを出る。キルシュタインの宿に話を通しておかないとな。




