迷宮引率
夕食後に話を聞いてみた。
「友人の家の話なのですが、もう何年も空いていない部屋があるんです。普通の鍵の他に魔法錠がかかっていて」
「かけた本人は?」
「友人の叔父さんらしいのですが、記憶が曖昧になっているようで、それにあの部屋に近付くのを嫌がるんですよね」
「部屋に近付くのを嫌がる?」
「昔からです。友人家族もそこに何があるか知らないんです。で、気になるから開けてくれと依頼されまして。開かなかったら最終的に壊しても、と言われていますが、時間を見つけてコツコツやっているんです。壊したくないですからね。でも手強くて」
アレイスト先生に開けられない魔法錠の解錠。やってみたい気はするが、依頼されてもいないのにこちらから言うのも変な話だ。
どうでも良い話をして住宅に戻る。
「ドゥルーヴ、夏の長期休暇はどうするんだ?」
「魔術研究部に来てくれと言われている」
「俺も冒険部に言われているんだよな」
「私は薬草研究部に」
「魔術研究部はダンジョンに行きたいらしい」
「冒険部も言ってたぞ」
「薬草研究部は特にどうと言ってないわね」
夏の長期休暇は後10日程後。アカデミーの夏の長期休みは2ヶ月ある。この期間を利用してダンジョンに潜る生徒も多い。実家に帰るついでにダンジョンに潜るのだ。アカデミーとギルドの許可の他、引率者が必要だが、冒険者を雇うと金がかかる。だから教員に打診が来るのだ。今のところ、俺は何組かから申し込まれている。ダンジョンのランクも生徒達が自ら選定し、引率者は余程の無謀でない限りそれに助言する程度。ダンジョン内でも手助けはしない。もちろん危険が迫ったと判断すれば別だが。魔術研究部と言っても、魔導科だけが在籍している訳じゃない。騎士科も普通科も居るし、人数こそ少ないが貴族科、淑女科の生徒も在籍している。
「どこに潜るんだ?」
「香石ダンジョンとCー2ダンジョンだな。婚約者に香石を送りたいのが居るらしい」
「なんとも可愛らしい理由だな」
俺が引率を頼まれた5組中3組が、香石ダンジョンを希望している。香石ダンジョンは香石という香りを発する石が取れるダンジョンだ。俺にはよく分からないが「甘く香りながら甘すぎず爽やか」なんだそうだ。香石が取れるのはボス部屋の奥で、ダンジョンはゴーレムやメタルワーム、ジャイアントモールが主な魔物だ。ゴーレムが居るから少し難易度が上がる。
「俺の方にも香石ダンジョン希望者が居るな」
「人気だからな。ブロンズでは少しキツいダンジョンなんだが」
「だからこそのハリアー達なんでしょ?」
「まぁな。おまけに香石ダンジョンは一定採掘量さえ納めれば、制限付きだが持ち帰りが出来る。普通科生徒達はそれを格安で売るんだよな」
「儲けも出て一石二鳥だな」
俺達もやった手だ。夏の小遣い稼ぎにするのだ。売る先は貴族科の生徒。品質保証書付きだから信用もある。
「呆れた。そんな事をやっていたの?」
「おかげで卒業時にはザハブ目前だった」
「経験値も稼げたしな」
「アカデミーでも公認されているんだ。やらなきゃ損だろ?」
夏の長期休暇に入った。最初に向かうのはCー2ダンジョン。通常のダンジョンで、特徴としてはダンジョン内に海がある事か。
「海って初めてです」
「水が塩辛いんですよね?」
「そんな浮かれてどうする?気を引き締めろ」
どこまで行ってもお気楽な観光気分の生徒達を叱る。ダンジョン内では何が起こるか分からない。
「30m先、昆虫型魔物。数は3」
1人冷静だったサブリーダーが言う。気配察知と探知は怠ってなかったらしい。これは高評価だな。
サブリーダーの言葉に臨戦態勢となる生徒達。俺はそっと距離を取る。現れたのはメタルクロウラー。30cm程のダンゴムシだ。ただし転がってくる。そして硬い。だてにメタルの名を冠していない。ひっくり返せば簡単に倒せるんだが、はたして気付くか?
「わあぁぁ!!」
魔導科の生徒が慌てたのか、練れていない魔法を打ち出した。壁に当たって剥がれた岩に上手くメタルクロウラーが片方乗って、ひっくり返る。
「今だ」
普通科の生徒がメタルクロウラーを滅多刺しにした。後に残されたのはメタルクロウラーの甲殻と魔石。
「リアム、慌てすぎだ。たまたま上手くいったから良かったが、仲間に当たったらどうするんだ?」
3匹のメタルクロウラーを倒してから、注意を行う。
「みんな、ごめん」
「俺達も慌ててたし、こっちこそ冷静な指示を出せなくてごめん」
「反省は次に活かせ。同じ間違いをしなければ良いんだ。よくやった」
「先生だったらどうやって倒していたんですか?」
「リアムのやったように岩弾でひっくり返すか、タイミングを見て下から岩針で突き刺すかだな」
「岩針の方って、かなりシビアなタイミングですよね?」
「まぁな。岩壁で囲んでも良いが」
「いろいろ思い付くものですね」
「冒険者をやっていると、これが正解ってあまり無いんだ。その場の状況に応じて臨機応変にやるしかない」
海の階層は最奥だ。
「海だー!!」
青い空、碧い海、白い雲、サラサラとした砂浜。はしゃぎたくなる気持ちは分かる。分かるがここはダンジョン内。当然魔物は居る。この階層の魔物は貝やカニ。ボスは蜃。2m程の大蛤だ。魔法耐性の高い殻を持っている。攻撃方法は幻覚と高圧水流。
「先生、これっ、これは何ですか?」
「ん?ホタテだな」
「食べられますか?」
「あぁ。旨いぞ」
殻を開けるのに少しコツがいるが。
「せっ、先生、なんか大きな貝が」
「あぁ、アイツがこのダンジョンのボスだ」
「ボス!?」
慌てて生徒達が武器を構える。蜃は打撃が一番効く。口を開けた瞬間に魔法を打ち込む手もあるが。
剣で斬りかかったりしているが、硬い殻は傷1つ付かない。魔法も撃っているんだが、効いていないな。
蜃が口を開ける。隙間は10cm程だがあそこに魔法を当てられるか?
「サンダー!!」
リアムが雷魔法を放った。残念。殻に防がれた。
「もう一発。サンダー!!」
効かないんだよな。あの殻は魔法耐性を持っているから。ここは魔法耐性が高い魔物が多い。
「えぇい!!このっ」
エミルがマジックポーチからメイスを取り出した。カチッと音がして、メイスの先端が離れる。なんだ?あれ。鎖で繋がってるのか?
「どっせぇい!!」
勇ましい掛け声と共にメイスの先端が蜃の殻に叩き付けられる。バキンという凄まじい音がして蜃の殻にメイスの先端がめり込んだ。
ポゥっと蜃が輝き、消えていく。
「えっ?」
「戦闘終了だ。お疲れさん」
蜃が消えたのを確認して、戦闘終了を告げる。
「ぃやったあぁぁぁ!!」
生徒達の歓声がこだました。
「先生、これって……」
波打ち際にたくさんの真珠が転がっていた。
「こんなに多いのは珍しいな。真珠だ」
「なんかいっぱい有るんすけど」
「たまに出るぞ?」
「大きいのもあるし」
「ボス戦に勝利したご褒美だ。全て持っていって良いぞ」
「先生は?」
「引率だからな。戦ったのはお前達だ。全てお前達の物だ。好きにして良い。ギルドに売却しても良いし自分で宝飾品にしても良い。自由だ」
「はい」
生徒達が全ての真珠を拾い集めて、マジックポーチに入れたのを確認して、現れた転移陣に乗る。
「先生、ありがとうございました」
「いや、よくやった。何回かは危なっかしかったが、最終的に俺が手を出さずに済んだ。この後、少し反省会をしたら解散だな」
「はい」
ギルドで攻略証明と買い取りをしてもらい、生徒達は宿に戻っていった。俺のCー2ダンジョンの引率はここまで。後は各自で自由行動だ。
俺はハリアーと待ち合わせて香石ダンジョンに向かう。ハリアーが引率を頼まれた生徒達と俺の方の生徒達は現地で合流予定だ。




