勧誘
提案してやったら2人が手近な石を拾い始めたから、足元に集めてやった。ウルツケリを縦に拘束し直して、2人の投擲の練習を見守る。ウルツケリの身体ギリギリに防壁は張ってやってあるから、怪我をすることはない。
「何をやっとるんじゃ」
「学長。コイツが遅れた原因です」
「だからって何をやっとるんじゃ。ほれ、自警団が来たぞ」
「もう来たのか、レオナール」
「こっちは捜索しながらでしたからね。クリスがここに居るって教えてくれなかったら、もっと遅かったですよ。でも、どうしたんです?キャリーさんまでこんなことをするなんて」
樹魔法の拘束を解くと、自警団員が猿轡まで噛ませてウルツケリを運んでいく。
「奥さんと娘さんまで、カモツリーエの店に売ろうとしていたみたいよ」
「カモツリーエですか」
ウルツケリには給与の未払いと詐欺罪が適用されるようだ。「他にもホコリが出るかもしれない。全て吐かせますよ」とレオナールは去っていった。
講師業を再開して数日経った頃、魔法省から職員が派遣されてきた。名目はアカデミー魔導科生の能力把握。要するに勧誘だ。別にそれは構わない。魔導科生の中には魔法省に入省する事を目標としている生徒が何人もいる。問題は研究員が俺にまで勧誘をかけてくることだ。何度断ってもしつこく寄ってくる。
「魔法省長官も貴方の事を高く買っているんですよ?ドゥルーヴさん」
「何度もお断りしていますよね?8年間」
「それでもアカデミーで講師をしているという事は、冒険者を辞めるおつもりなのでしょう?」
「今のところ、辞めるつもりはないですね。今も冒険者をしていますよ。学長の許可をもらって」
「講師の給料の倍は出しますよ?」
「その予算はアカデミー生に使ってやってください」
「国家の役に立てますよ?英雄と呼ばれるかもしれません」
「それなら貴方がその役目を背負えば良いのでは?俺は興味はありません。だいたい、俺を勧誘するのも戦線に送る為でしょう?」
「そっ、そんなことは……」
「情報は入ってきているんですよ?キュイベスオ山脈を獲りたいんですよね?あそこにはミスリル鉱脈があるから」
「それが分かっているのでしたら!!」
「戦争になって真っ先に死ぬのは無辜の民です。俺は冒険者だから盗賊や野盗を殺したことは何度もあります。でもそれと戦争は違う。そんなに戦争をしたけりゃ自分達だけですれば良い。俺は参加しません」
「ドゥルーヴさん……」
魔法教師の控室に逃げ込んだ。ここまでは勧誘員も追ってこない。
「ドゥルーヴ先生、お茶でもいかがですか?」
「ミレディ先生」
「ごめんなさい。聞こえてしまいました」
「大声でしたからね。気にしないでください」
「ドゥルーヴ先生は前線に出たことがあるんですか?」
「出た事はありません」
「でも、戦争を知っているって事ですか?」
「俺は孤児ですよ。師匠に助けられたんです」
師匠との出会いは20年前に遡る。隣国が飢饉に陥った。理由は昆虫型魔物による穀物の食害。備蓄や援助で何とかなったのは隣国の中央部のみ。地方、もっと言えば国境地帯は切り捨てられた。そうなると被害に遭っていない俺達の土地に目が向く。結果、切り捨てられた地域の兵や民がこちらに向かった。土地をさんざんに荒らし、食料や財産を強奪し、男は殺され女は凌辱された。そこに駆けつけてくれた防衛軍の中に居たのが師匠だ。防衛軍といっても王国兵じゃない。駆けつけたのは冒険者達を中心とした義勇兵だ。
戦争とは言えない。地方のいざこざだと当時の魔法省は動かなかった。王国兵も同様だ。唯一動いたのは領兵。それも終わった頃にやって来て、壊れた家屋から金品を漁っていった。
ハリアーは師匠に連れられていった先で出会った一番古い友人だ。当時から引っ張り回されとばっちりで叱られた事は数知れない。
「ドゥルーヴ先生は学長の養子なんですか?」
「養子縁組みはしていません。そもそも師匠と一緒に住んでいませんでしたから」
「住んでいなかった?」
「俺だけではありませんでしたからね。成人したら各地に散りましたけど」
「そうだったんですか」
「いろんな職業に着いていますよ。司祭とか、ダンサーとか、グラディエーターとか」
「凄いんですね」
「近くに先生が居ましたからね」
「……どこですか?そこって」
「師匠の友人達が集まった集落ですよ」
「ものすごく行ってみたいですね」
「癖はありましたけど、優しい人達でしたよ」
今では会うこともない連中だ。冒険者をしていたから会いに行こうと思えば行けたんだが、なんだか気が向かなかった。
俺の講師の授業にも魔法省の職員が見学していた。今日は魔導科の魔法円の授業だ。立体投影装置を使おうと思っていたんだが、魔法省職員が帰ってからにしておく。
積層魔法円は繊細な感覚を要する。魔法文字が重なっていたりするから間違いやすいし、形が崩れると思わぬ事故を引き起こす事がある。
「これは何の魔法円ですか?」
「遮音結界です」
分かっているだろうに覗き込んで聞いてくる。
「魔法省にお勤めなんですよね?この遮音結界の文字を変えて魔法無効の結界にしてください」
「私がですか?」
「他に誰がいるんですか?生徒にはまだそこまで教えていません」
俺の意地悪な問題に取り組み出した職員を置いて、本来の授業に戻る。あの魔法円はちょっとしたトラップが仕込んである。目立たない所にある関係のない文字を弄ってしまうと、魔法円が崩壊してしまうのだ。
「あぁぁぁぁ……」
突如響いた職員の声に教室のみんなが注目する。
「どうしました?」
「魔法円が崩壊してしまって」
「文字をしっかり見ていたら崩壊はしないのですが。誰か挑戦したい者は居るか?」
修復した魔法円を手に生徒に聞いてみる。手を挙げたのはデイヴィッド。この魔法円は教えていないが、トラップ有りの魔法円は幾つか解かせている。
「難しいですね」
「今までやって来た物と同じだ。焦らずにな」
「はい」
デイヴィッドが取り組んでいる間に、他の生徒には違う課題をさせる。魔法円はパズルと同じだ。複雑な魔法を使おうとすると複雑な魔法円が必要となる。
「あっ」
デイヴィットの声がした。どうやら失敗してしまったようだ。
「先生、見本を見せてください」
「ちょっと待て。こっちの課題を終えてからだ」
デイヴィットにも課題をやらせる。暇そうだったので魔法省の職員にもやらせてみた。俺と担当教師は助言のみを行う。基本的な事は教えてあるから、それを発展すれば良いだけだ。
課題が終わり、遮音結界を魔法無効の結界に変える見本を見せる。
「この文字をこう変えて、ここに魔法無効の文字を入れる。ここの文字は邪魔に見えるがこれを抜いてしまうと全てが崩れる。この結界モデルの場合、この文字が要になっている。よく見ればここに全てが繋がっているのがわかるだろう?」
「あぁ、なるほど。魔法円を解くということはあまりやってこなかったのですが、こういう事なのですね。でも、これってどういう時に役に立つんですか?」
この職員は、現場に出ないタイプなのか?
「人質が牢に入れられていて、魔法錠がかかっているなんて時に役立ちます」
「あっ、そうですね」
職員も授業に参加している感じだな。
魔法省の職員がアカデミーに居られるのは今週一杯だそうだ。
「勧誘は進みましたか?」
「本命以外には良い返事がもらえました」
職員と教員の会話が聞こえる夕食時、アレイスト先生が俺達の席に来た。
「ドゥルーヴ先生、今日の魔法円の授業ですが、僕にももう一度教えてもらえませんか?」
「良いですよ。どうしたんですか?」
「魔法錠の解錠を覚えたいんです」
「アレイスト先生なら出来るんじゃ?」
「出来ないんですよ。何年も取り組んでいる課題なんですが」
「何年も?」




