救助と逮捕
自警団より先に冒険者達が集まってきた。暴れている技術者を抑えていく。ウルツケリの妻と子供達は地面に蹲ってひたすら謝罪していた。あちこち血まみれだ。
「怪我をしている者を連れてきてくれ。ウルツケリの家族を保護しておけ。手の空いている奴は通りの掃除を頼む」
遅れて駆けつけた自警団によって、騒動が落ち着いていく。
「レオナール、癒術医は?」
「それが、自警団の2人だけなんだ。あの2人は経験が浅いんだよな」
「分かった。手を貸す」
保護されたまま放っておかれている、ウルツケリの家族の方に行く。
「すみません。申し訳ございません」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「許してください。何でもします」
3人は謝罪の言葉を繰り返していた。
「もう大丈夫だ。怪我を癒そう」
「私より、技術者さん達を優先してください」
「そちらにも癒術師は行っている。息子さんから診ようか」
息子は4~5歳といった年頃か。ふっくらとした身体つきに、裕福に育てられたのだと分かる。
「癒術をかけるだけだ。警戒しなくても大丈夫だ」
こちらを警戒するように見てくるが、しゃがんで目線を合わせ、話しかけて落ち着かせた。全身に癒術をかける。
「もう大丈夫だ」
あちこち服が破れている。技術者の暴動にやられたのか?
「お母さんの血をこれで拭ってくれるか?」
大判の布と水を出す。息子がそれを受け取って、母親の血を優しく拭い始めた。
「次はお嬢さんだ。ちょっと手を見せてくれ」
踏みつけられたのか真っ赤に腫れている。癒術をかけている最中に石が投げ込まれた。ガシャンという音に3人がビクッとする。とっさに防壁を張った。
「代わります」
娘の癒術を終えた直後、他の所から駆けつけたであろう癒術医が代わってくれた。ホッと息をつく。
「ドゥルーヴさん、話を聞かせてもらって良いですか?」
「あぁ」
レオナールに事情を話す。
「家族を放って自分だけ逃げた?」
「技術者の男はそう言っていた。給料も支払われてないと」
「この店、魔導具と魔石がたくさん並んでいたよな?まさか、今無いのは」
「あいつが全部持っていったんだ」
大声が聞こえた。俺が最初に話を聞いた技術者だ。
「大きなマジックバッグを持って、魔導車に乗っていったよ」
年嵩の女性が言う。隣の男性も大きく頷いた。
「どんな魔導車だった?色は?」
「黒い長い魔導車だったよ」
「よくウルツケリが使っていた魔導車だ。前にウルツケリがショーファーだって自慢していた」
女性の隣の男性が補足する。
レオナールが誰かを呼んだ。頷いた自警団員が術を行使する。あの術式はサモンか?
小型の鳥が魔法円から10羽程出てきた。その鳥に何事か指示を出すと、鳥が飛び立つ。
「おい、ドゥルーヴ。そんなに見るな。怖がるだろう」
「サモンはまだ取得していないんだよな」
「だからって……。魔法マニアのお前にも取得していない魔法があったんだな」
「サモンとテイムは取得していない。専門家がいるんだ。そっちの方が詳しいし上手いだろ?」
「まぁ、テイムはな。時間もないだろうし。サモンとテイムを取得していなかったのが意外だっただけだ」
「でも、取得してみようか、とは思っている」
「正気か?」
「テイムはともかく、サモンは便利そうだ」
「便利そう……。便利ではあるけどな」
「レオナールさん、見つけました。アカデミー方面に向かってます」
サモナーの団員が知らせに来た。
「アカデミー?何をする気だ?」
「学長に伝令鳥を飛ばしておく」
「頼んだ」
アカデミー方面に自警団が向かっていく。俺もアカデミーに向かわなければ。
「悪い、レオナール。俺ももう行かないと」
「アカデミーの講師だったか。頑張ってくれ。将来有望なアカデミー生の為に」
「やるだけやってみるさ」
笑いあって別れる。少し歩いた所で誰かが後ろから付いてくることに気が付いた。
「どうした?」
ウルツケリの息子だ。
「おにいちゃん、ありがとう」
「もう痛くないか?」
「うん。ママもいたくないって」
「そうか。ほら、ママの所に戻れ」
「またあえる?」
「どうだろうな。会えると良いな」
頭を撫でてやると元居た方向へ走っていった。
家に戻って荷物を纏める。ジェイソンの見送りを受けて、汽車の駅に行く。ハリアーとキャリーが待っていた。
「遅かったな」
「悪い。騒動に巻き込まれた」
「騒動?」
「ウルツケリが逃亡した」
「はぁ?」
「で、技術者達が暴動を起こしたわけだ。店がめちゃくちゃになってしまってな。家族が暴行を受けたらしくて、怪我をしていた」
「大変じゃない」
汽車に乗り込む。
「逃げた方向は?」
「アカデミー方面らしい。自警団のサモナーが言っていた」
「サモナーか。ドゥルーヴはサモンは取得していないよな?」
「取得しようかと思い始めているんだよ」
「またかよ」
呆れられてしまった。
「ドゥルーヴ、サモンなんてどこで使うの?」
「今回のヒュドラ戦、人の目で見なくても召喚獣で事足りりゃ、危険は少なかったと思わないか?」
「見るだけならね」
「どこまで出来るかは分からないけど、やってみる価値はある」
「こうなったら何を言っても無駄だ。キャリー、諦めろ」
「まぁ、講師をしている間にしか出来ないけどね。無理はしないでよ?」
「大丈夫だ。無理のギリギリでやめるから」
「安心出来ないわ」
アカデミーの最寄り駅は騒然としていた。ウルツケリの事が知られているらしい。
「ドゥルーヴ先生、ハリアー先生、キャリー先生、こちらです」
駅にアレイスト先生が迎えに来てくれていた。
「わざわざすみません」
「いえいえ、お礼も言いたかったですし。アニス村は私の出身地なんです。ヒュドラなんてあの村だけじゃどうにも出来ません。父がお礼を言っておいてくれと」
「早くないですか?」
「父は伝令鳥を使えるんです。使えるのは伝令鳥だけですけど」
「アニス村が出身だと言うことは、メアリーとは知り合いですか?」
「直接ではないですね。メアリーの親父さんが私の父の弟子なんです。私がこちらに来てから結婚して生まれたのがメアリーですね。あの子がアカデミーに来るまで顔も知りませんでした」
「アレイスト先生のお父様の弟子って、お父様は何をされているんですか?」
興味を引かれたのか、キャリーが聞く。
「鍛冶師です。あの村唯一の鍛冶屋ですね」
アカデミーに着いて、教職員専用の小径を通って教員住宅に行く。
「ここは教職員以外立入禁止なんだが」
「見逃してくれ!!」
ウルツケリが小径の横の生け垣の中に居た。
「見逃すわけがないだろう?奥さんや子供達が傷だらけになって、職人達に謝っていたぞ」
「イライザはカモツリーエの店に行けって言ったのに、聞かなかったんだ」
「カモツリーエの店だって?」
カモツリーエの店というのは娼館だ。しかも質が悪い方の。そんな所に妻を売ろうとしたのか。
「娘ももう13歳だ。カモツリーエは13歳なら働けると言っていた」
ベラベラと聞いてもいない事まで喋ってくれる。
「どうしよう。ものすごく殴りたいわ」
「同感だ」
キャリーとハリアーがイイ笑顔で近付く。
「私も殴ってやりたいですねぇ」
アレイスト先生までが言った。俺も同意見だ。だが、法の裁きに任せた方が良い気もする。
「とりあえず縛り付けておくか」
樹魔法で生け垣を操作して、大の字に手足を拘束する。少し浮かせてあげたら喜んでいた。
「痛ででで!!降ろせ。拘束を解け」
アレイスト先生が地魔法で背中部分に針の山を作る。それを確認して少しだけ降ろしてやった。
「ぎゃあぁぁ。降ろすな」
希望通りにしてやったのに文句を言われた。
「つまんないわ」
「魔導師の独壇場だよな」
「投擲の練習でもすれば良いんじゃないか?」




