ヒュドラ討伐
アニス村に着いた。今日はここで1泊する。先遣隊に混じって、村の皆さんが食事を提供してくれた。
「すみません、お聞きしたいのですが」
食事中、ずっとモジモジと話したそうにしていた男性が、話しかけてきた。
「はい。なんでしょう」
「ドゥルーヴ先生ですか?」
「?はい」
この男性に見覚えはない。俺の事を知っている?何者だ?
「私はメアリーの父です。メアリーからドゥルーヴ先生に助けてもらったと手紙が来て。先にいらした方にドゥルーヴ先生もいらっしゃるはずだと聞いて、お礼を言いたかったんです」
「メアリーというと、弓を使う?」
「はい。誉めてもらったと。文面から嬉しそうな感じが伝わってきて」
「そうですね。いい腕でしたよ。ファングボアとワイルドドッグの目を正確に射抜いていました」
「そうですか。安心しました」
「メアリーは長期休暇には帰っているんですよね?」
「それが、帰れないと言うんです。そんな時間は無いと。ねぇ、先生、そんなにアカデミーって忙しいんですか?」
「確かに課題はたくさん出されますが。俺の立場的にこうだ、とは言えないんです」
「そうですよね。ありがとうございました」
「いいえ」
メアリーの父親と別れる。打ち合わせをして、見張りの時間を決める。プラチナムにそんな事はさせられないと言われたが、はい、そうですかと任せてしまうわけにいかない。
夜明け前に見張りを交代する。
「ウィスタミナが絡んで悪かったな」
ブルースに謝られた。
「いいや。彼女のあれは平常運転だろう。ワザと絡んでお前に嫉妬させたいんじゃないか?」
「嫉妬、嫉妬か。ドゥルーヴのテントで彼女は何をしているんだ?」
「俺のテントでキャリーと話をしている。俺はハリアーと話しているし、ウィスタミナが遊びに来ても話すことはないな」
「キャリーと何を話してるんだ?」
「お互いのノロケ。ハリアーも聞いているからキャリーはそうでもないが、ウィスタミナはブルースがどうだった、こう言ったと楽しそうに話している」
パキリと大深林の方で音が聞こえた。見張りに緊張感が走る。
「ナスティ、俺のパーティーメンバーとハリアーを呼んでこい」
ブルースが指示を出す。
「わあぁぁっ!!」
男が2人飛び出してきた。
「助けてくれっ!!」
「落ち着け。俺達はヒュドラの討伐隊だ。お前達は?」
「ねぐらが……。ゴブリンにっ」
どういうことだ?
「ドゥルーヴ、聞き出してくれ。デューク、お前はドゥルーヴの補佐。ナスティ、全員を起こせ」
「はいっ」
落ち着かせる為に闇魔法を使う。ジュヴェ嬢にやった手段だな。
「話してくれるな?」
落ち着いた頃に聞くと、男達の正体が判明した。コイツらは大深林地帯にねぐらを持つ盗賊一家「ヒュドラの牙」の構成員だそうだ。最近冒険者の出入りが多いから見てこい、と言われて見回りに出た直後、ゴブリンの群れにねぐらが襲撃を受けて、急いで逃げる内にヒュドラを見つけた。ヒュドラからさらに逃げてここに出たと。災難だったな、と無罪放免とはいかない。コイツらは犯罪者だ。
「ヒュドラの牙の構成員がゴブリンから逃げる、ねぇ」
「ドゥルーヴさん、行ってください。コイツらは俺達が見張っておきます」
大深林の奥に走る。走りながら作戦を組み立てる。ゴブリンまで相手にしないといけないのは面倒だ。
「ウィスタミナ、待たせた」
「ヒュドラが寝ている隙に首を1本落としたわ。あの油、いいアイテムね。さすが、キャリーちゃん」
「あの男達からの情報だ。この奥に『ヒュドラの牙』のねぐらがあるらしい。そこが今、ゴブリンに襲われているんだと」
「……。放っておきましょ。今はそっちに戦力を割いている時間はないわ」
「同感だ」
魔力を練り始める。
「何をするの?」
「風魔法でアイツの首を切り飛ばす。例のアイテムを一番右の首の近くに投げられるか?」
「任せてください」
「俺が首を切り飛ばしたら、火魔法をアイテムに当ててくれ」
「分かりました」
使うのはウインド・ソー。俺のオリジナルだ。回転数を上げたウインド・ソーを放つ。よし。ヒュドラの首が飛んだ。そこに炎の付いた粘性の油が降り注ぐ。
「お次はこっちの番よ」
ウィスタミナが氷の槍をヒュドラの頭に落とす。剣士達が2本目を切り飛ばした。素早く火魔法で切り口を焼く。
近接隊が引き付けてくれているからこちらが攻撃出来るし、こちらがフォローすると信じているから、近接隊は攻撃が出来る。攻守が上手く噛み合っている。こういうのを見るとゾクゾクする。
「5本目!!」
「最後の1本だ。気を付けろ」
「来るわ。前衛退避!!障壁用意!!」
ウィスタミナの声に急いで前衛の前に障壁を張る。ヒュドラが毒を吐いた。不味い。毒霧も襲ってくる。
「ウィスタミナ!!」
「分かってる!!」
魔導師全員で障壁をドーム状にする。
「この障壁、半数で維持出来るか!?」
「無理!!」
「規模が小さかったら!?」
「頑張ってみる。何を思い付いたの?」
「風魔法を使えるヤツ、魔法円を教える。合わせろ」
「無理ですって!!」
「じゃあ、これはどうだ?」
次に示したのは旋風。
「いけます」
「ウィスタミナ、3人で外に出る。術が終わったら回復時間が欲しい」
「分かった。気をつけて」
「出るぞ。なるべく息を止めろ」
「はい」
風魔法を使える3人で障壁を出る。霧が身体に纏わりつく。不味い。痺れが出てきた。後の2人もキツそうだ。合図を出す。3人で旋風を使う。霧が上空に昇っていく。ちょいと旋風を操作してヒュドラの顔面に毒霧を纏わせる。ヒュドラが苦しみだした。ざまあみろ。自分の毒をその身で受けるが良い。
「ドゥルーヴ、フリード、ベルン、回復しなさい。後はやるわ」
ブルース達近接隊が駆けていく。障壁を消したウィスタミナがワンドを掲げた。
「ドゥルーヴさん、フリードさん、ベルンさん、こっちです。お早く」
支援隊が作ってくれた結界内に転がり込む。
「大丈夫か?」
「なんとか」
「大丈夫です」
「ドゥルーヴ、フリード、ベルン、解毒剤よ」
「あぁ」
「全く無茶するんだから」
「仕方がないだろ。フリードとベルンには付き合わさせてしまったが」
「それよりあの最初の魔法円、何ですか?ずいぶん複雑でしたけど」
「トルネイドだ。周りの空気を強制的に上昇させる。魔力消費がでかいのが欠点なんだよな」
「ドゥルーヴのトルネイドって、あれでしょ?ワイバーンの群れを叩き落としたヤツ」
「あれは逆回転させたんだ。だから落ちてきたんだよ」
話している間に回復してきた、気がする。
「フリード、ベルン。2人は休んでおけ」
「何言ってるの!?ドゥルーヴ、貴方もよ?」
「俺は良い。2人を頼む」
「ちょっと、ドゥルーヴ!!」
キャリー達が引き留めるのを無視して、遠距離攻撃に復帰する。
「もう良いの?」
「あぁ。どんな具合だ?」
「最後の1本がしぶとくてね。なかなか切り落とせないのよ」
「どうすれば良い?」
「どうすれば良いと思う?」
「それを聞くのか……」
どうするか。近接隊の限界も近い。何人も支援隊に運び込まれている。
「ドゥルーヴ、あの切り飛ばすのは?」
「ウインド・ソーか?やってみるが、あれだけ動いていると……」
ウインド・ソーを飛ばす。チッ。避けられた。
「ブルース、ハリアー、近接隊を下がらせてくれ。ウィスタミナ、ジーン、ヒューム、重力魔法、いけるか?」
「いけるわ(ます)」
「首が下がったら近接隊、斬りかかってくれ」
「了解」
頭に氷魔法をかける。重力魔法に抵抗していたヒュドラの頭が下がってきた。
「今だ!!」
ブルースのかけ声に近接隊が駆け出す。ヒュドラの最後の首が斬り飛ばされた。素早く切り口を焼く。
「討伐完了」
ブルースの声に歓声が上がる。
「おつかれさん」
「おつかれ」
しばらく話していて、気が付いた。盗賊一家『ヒュドラの牙』の事だ。




