26歳の俺と22歳の妻、2人揃って10年前にタイムリープしたから、俺は高校1年生、妻は小学6年生に!?
「はい宗司さん、今夜はミートソースよ」
「おお、やった!」
食卓に置かれた挽肉が多めのミートソースパスタを見た瞬間、俺の胃がぐるりと唸った。
たっぷりかかった粉チーズとのコントラストが、食欲をそそる。
とても堪えきれず、フォークでパスタをクルクル回して掬うと、大口でかぶりついた。
すると――。
「うん、美味いッ!!」
「ふふ、よかった」
ギャグ漫画だったら目玉が飛び出てるだろうってくらい美味かった。
やはり友実の作る料理は、どれも三ツ星レストラン並みに美味い。
そのうえ美人で優しくて、ちょっと天然で甘えん坊な一面もある。
友実は冴えないサラリーマンである俺には、もったいないくらいの最高の奥さんだ。
――友実と結婚して早や半年。
俺は今、人生の絶頂にいると言っても過言ではなかった。
友実とは今から2年ほど前、1人で観にいった映画館でたまたま席が隣だったことがキッカケで付き合い始めたのだが、いやはや、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「んふ、宗司さぁん」
「ふふ、何だ友実」
その夜。
ベッドで俺に子猫みたいに甘えてくる友実の頭を、よしよしと撫でる俺。
まったく、友実は本当に甘えん坊なんだからな!(恍惚)
「でも、不思議よね」
「ん?」
友実?
「何がだ?」
「だって宗司さんは26歳で、私は22歳じゃない? てことは、宗司さんが高校1年生だった時は、私は小学6年生だったのよ? 高校生が小学生に手を出したら、普通に犯罪よね?」
「あ……まぁ、そりゃそうかもしれないけど」
考えたこともなかったけど、言われてみれば、確かにそうだよな。
「でも、今はお互い大人なんだし、別に問題はないだろ? 世の中にはもっと歳の離れた夫婦はいくらでもいるしさ」
「んふふ、そうよね。気にしないで、ちょっと思いついただけだから」
「そっか」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
友実のおでこに軽くおやすみのキスを落とすと、今日も多幸感に包まれながら、俺は瞼を閉じた。
「コラ、宗司! 早く起きな!」
「へ? ……か、母さん!?」
翌朝目を開けると、目の前に有り得ないはずの人物がいて、俺は面食らった。
そこには実家にいるはずの、俺の母さんが仁王立ちしていたのである。
何で俺の家に母さんが!?
しかも夫婦の寝室に勝手に入ってくるなんて、いくら実の親でもデリカシーがなさすぎるッ!
「あ、あれ?」
が、俺の隣で寝ていたはずの、友実の姿がどこにも見当たらない。
それどころか、部屋の風景も一変していた。
……だが何故か、異様な懐かしさも感じる。
そうだ!
ここは実家の俺の部屋じゃないかッ!
いつの間に俺は、実家に帰ってきたんだ!?
「まだ寝ぼけてるのかい? 早く支度しな! 学校に遅刻するよ」
「学校……?」
何で学校?
俺はもう社会人だぞ?
……待てよ、さっきから妙な違和感がある。
――そうだ!
最近はすっかり白髪が多くなった母さんの髪が、異様に黒々としてるんだ!
しかも肌艶もよくなってる気がする……。
むしろ10歳くらい若返ったみたいな……。
――まさか!!
慌てて壁に掛かったカレンダーを確認すると、そこには――。
「マ、マジかよ……」
西暦2021年と、ハッキリ記載されていたのである。
――10年前に戻ってるううううううう!?!?!?
「どうしたんだい? 悪い夢でも見たのかい?」
「あ、うん……」
むしろ今見ているこれが、悪い夢であってくれと心から思う。
だがコッソリ自分の太ももをつねってみても普通に痛いし、残念ながら紛れもない現実らしい。
あれか? これが所謂タイムリープってやつか?
確かに10年くらい前に、フィクションの世界で流行ってた覚えがあるが……。
でもタイムリープって、例えばトラックに轢かれて死んだとか、彼女の弟と握手するとか、何かしらがキーになって発動するものなんじゃないのか?
昨日俺は、いつも通りに寝ただけだが……。
『だって宗司さんは26歳で、私は22歳じゃない? てことは、宗司さんが高校1年生だった時は、私は小学6年生だったのよ? 高校生が小学生に手を出したら、普通に犯罪よね?』
――!!
その時だった。
昨夜寝る間際に友実が言っていたことが、俺の頭の中を駆け巡った。
――もしかして!
「そ、宗司!? どこ行くの!?」
「ゴメン母さん!! ちょっと俺、大事な用事があるんだ!」
俺はパジャマ姿のまま、部屋を飛び出した。
「ううむ」
そして俺がやって来たのは、俺の母校でもある肘川第三小学校――通称肘三小。
校門付近の電柱の陰から眺めていると、ランドセルを背負った俺の後輩たちが、希望に満ち溢れた顔でぞろぞろ登校してくるところだった。
くうう、眩しいぜ!
思えば俺も、小学生の頃はこんな感じだったなぁ……。
それが今や立派な社畜として、死んだ魚のような目で毎日仕事してるんだから、人生の何と無情なことか……。
まあ、俺は友実と結婚できたから、オールオッケーだけどね!(ノロケ)
「そ、宗司さんッ!」
「っ!!?」
その時だった。
不意に1人の女の子から抱きつかれて、俺は頭が真っ白になった――。
――いや、でも、この子は。
「……友実」
「よかった、宗司さんもタイムリープしてたのね?」
それはランドセルを背負った、小学6年生の友実だった――。
「……ああ、朝起きたら10年前にいて、スゲェビックリしたよ」
「私もよ。――きっと昨日、私が変なこと言ったからよね? 本当にゴメンなさい!」
「い、いや、友実が謝ることじゃないよ!」
そもそも本当にそれがキッカケでタイムリープしたとは限らないんだし。
……それにしても、友実はこの頃から美少女だったんだなぁ。
それでいてまだあどけなさの残る、庇護欲をそそる顔立ち。
ほっぺたもぷにぷにじゃないか。
こりゃ不審者に襲われないか、心配になっちゃうぜ――。
「あのー、そこの君、ちょっといいかしら?」
「「――!!」」
その時だった。
肘三小の先生と思われる、メガネをかけた若くて綺麗な女性が、眉間に皺を寄せながら声を掛けてきた。
ち、違うんです!!
俺は決して、不審者じゃないんです!!
――俺たちは、夫婦なんですッ!!
――何てことを言えるはずもなく、俺と友実は肘三小の校内に無情にも連行された。
椅子とテーブルしかない狭い部屋で、所謂生徒指導室的な場所だろうか?
少なくとも俺が在校中は一度も立ち入ったことのない部屋だった。
「君たちの親御さんは、どちらとももうすぐいらっしゃるみたいだから」
「あ、はい……」
先ほどのメガネの美人教師が、依然としてジト目で俺と友実を交互に見てくる。
多分歳は20代前半といったところだろうか。
友実の担任らしい。
俺が在学中はいなかった気がするから、新任の先生かもしれない。
まさか年下の女性(今の俺は高校生だが)から、こんな風に睨まれるとは……。
確かにパジャマ姿で小学生と抱き合ってたら、不審者に見えるのも無理はないかもしれないが……。
果たしてどうやって誤解を解くべきか。
「そ、宗司ッ!!」
「「――!!」」
その時だった。
俺の母さんが、顔面蒼白で部屋に入ってきた。
うん、まぁ、息子が小学生と抱き合ってて、学校で捕まってると連絡を受けたら、誰でもそんな感じにはなるよね……。
「こちらの少年のお母様でしょうか?」
「は、はい! このたびは息子がとんだご迷惑を……! でも、きっと何かの間違いです! そんな人の道に外れたことをするような子じゃないんですッ!」
うん、もちろん俺はやましいことは何一つしちゃいないよ母さん!
ただ妻と抱き合っていただけだからね!(迫真)
「あっ、お義母さん、ご無沙汰してます!」
「「「――!!」」」
不意に友実が立ち上がり、母さんに深く頭を下げた。
友実いいいいいい!?!?
「お、お義母さんて……。宗司ッ!! あんた、こんな小さな子に手を……!!」
「ち、違うんだよ母さんッ!! 誤解なんだッ!!」
いや、確かに10年後は手を出したけど、今はまだ出してないからッ!!
友実の担任の先生も、汚物を見るような目を俺に向けてくる。
HEEEEYYYY。あァァァんまりだァァアァ。
「友実ッ!」
「「「――!!」」」
その時だった。
息を切らせながら、1人の女性が部屋に入ってきた。
それは他でもない、友実のお母さんだった。
つまり俺にとってはお義母さん。
当たり前といえば当たり前だが、その容姿は10年後の友実そっくりだった。
10年後の友実と並んで歩いていたら、美人姉妹としてスカウトされてもおかしくないだろう。
危うく俺も友実に倣って、「ご無沙汰しております、お義母さん!」と挨拶しそうになったが、すんでのところで堪える。
俺までそんなことを言ったら、確実に警察へダイレクトシュートされてしまう(迫真)。
「あ、お母さん、紹介するわね。こちらが私の旦那様の、宗司さんよ」
「「「――!?!?」」」
友実いいいいいいいいい!?!?!?!?
うぅ~ん、俺の奥さんは、つくづく天然だなぁ(白目)。
嗚呼、終わった……。
これで俺は明日から、変態ペド野郎として、ワイドショーを賑わせることになるのか……。
せめて実名は伏せてほしい(精一杯の抵抗)。
――が、
「……そう、遂にこの日がきたのね」
「…………え?」
お、お義母さん?
ピンポーンというチャイム音が、玄関のほうから聴こえてきた。
時計を見れば、ちょうど夜の7時を回ったところだった。
流石お義母さん、時間通りだ。
「あ、俺出てくるよ」
「お、おう、頼むぞ」
「くれぐれも粗相のないようにね!」
「わかってるって」
母さんと、既に仕事から帰宅して事情を説明してある父さんを台所に残し、俺は玄関に向かう。
そして軽く深呼吸を一つしてから、ゆっくりと玄関のドアを開けた。
「やっほー、宗司さん!」
「お邪魔いたします」
「あ、いえいえ、狭い家ですが、どうぞ」
そこには友実とお義母さんが、仲睦まじく並んで立っていた。
「さあさあ、どうぞどうぞ! お好きなだけじゃんじゃんお食べになってください!」
「わぁ、ありがとうございますお義母さん!」
「恐縮です」
2人のために奮発した高級しゃぶしゃぶセットを、興奮気味に勧める母さん。
しゃぶしゃぶなんて我が家では滅多にお目に掛かったことはなかったが、まあ、今日は特別だからな。
「あ、お義母さん、私何かお手伝いすることはありませんか?」
「えっ……。あ、ああ、いいのよそんな気を遣わないで。お客様なんだから、ね?」
「そうですか……」
やはりまだ母さんも、友実からお義母さんと呼ばれることには若干の抵抗があるらしい。
さもありなん。
それは父さんも同様なようで、さっきからずっと気まずそうに無言でチビチビ瓶ビールを飲んでいる。
こうして何とも言えない微妙な空気の中、友実とお義母さんを交えた我が家のディナーは進んだ。
「さて、ではそろそろ、私のほうから事情を説明させていただきます」
「「「――!」」」
宴もたけなわとなったところで、お義母さんが不意に口を開いた。
い、いよいよか……。
昼間肘三小で友実が俺のことを旦那として紹介した途端、お義母さんは「遂にこの日がきた」と意味深なことを呟かれたのだ。
だが、俺たちがどういうことなんですかと詰め寄っても、ここでは話せないと首を振るばかり。
俺が不審者でないことはお義母さんが保証してくださったので、肘三小から解放された俺たちは、夜に我が家に伺うというお義母さんたちと一旦別れ、現在に至るというわけだ。
「友実から詳しく話を聞いたのですが、友実と宗司君は10年後の未来では夫婦で、そこからタイムリープしてきた――ということで間違いないのよね?」
「――!!」
お義母さんは真剣な表情で、真っ直ぐに俺の目を見てきた。
「は、はい、その通りです。……信じてはいただけないかもしれませんが」
「いいえ、信じます。何せ、私もまったく同じことを過去に経験していますから」
「「「――!!?」」」
そ、そんなッ!?
「私だけではありません。私の母も、祖母も、同様にタイムリープ経験者だったそうです」
「マ、マジっすか……」
つまり、そういう血筋ということ……?
「私の主人は友実が生まれて数年後病気で他界したのですが、あれは私と主人が結婚して間もない頃でした。――朝目が覚めると、私と主人は10年前にタイムリープしていたのです」
「「「――!!」」」
確かにそれは、今の俺たちとまったく同じシチュエーション――!
「そこで10年前の母に事情を説明したところ、母も同様の経験をしていたことが判明したのです」
「……なるほど」
つまりお義母さんは、いつか友実の身にもタイムリープが発生すると、薄々予感していたというわけか。
だからあの時、「遂にこの日がきた」と仰ってたんだな。
……ん? 待てよ?
「で、でも、じゃあお義母さんとお義父さんは、タイムリープした後は、ずっと10年後の未来には戻れなかったってことですか?」
「いいえ、それがね、特に何をしたというわけでもないんだけど、数日後には朝起きたら10年後に戻っていたのよ」
「あ、そうなんですか」
「多分風邪みたいなものだから、放っておいても数日で治るはずよ。私の母と祖母もそうだったらしいから」
風邪……!
随分変わった風邪もあるものですね(白目)。
「そういうわけですので、どうかふつつかな娘ですが、友実のことをよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
お義母さんと友実は、揃って頭を下げた。
「あ、あらあら、そんなどうか頭を上げてください! むしろこちらこそ、こんな不出来な息子ですが、どうかよろしくお願いしますね!」
「ええ、ホント自分に似て、何の取り柄もない、どうしようもない息子ですが」
母さんも父さんも実の息子をディスりすぎじゃね!?
……まぁ、事実だから何も言えねえけど。
「そんなことないです! 宗司さんはとっても優しくて頼りになるし、私なんかにはもったいないくらい、最高の旦那様です!」
「まあ……!」
「おお……!」
友実……!!
あ、ヤベ、ちょっと泣きそう。
まったく、友実こそ俺にはもったいないくらいの、最高の奥さんだよ!
「友実ちゃん!」
「ひゃう!?」
「か、母さん!?」
感極まった母さんが、友実に抱きついた。
オイイイイイイイ!?!?!?
「ああもう、何て可愛い子なのかしらッ! どうか私のことは、『お義母さん』って呼んでね!」
「はい、お義母さん!」
いやさっきからそう呼んでたけどね友実は。
「お、俺のことも『お義父さん』って呼んでもらえるかな?」
「もちろんですよ、お義父さん!」
「……おぉ!」
いい歳したオッサンが感激に打ち震えてるんじゃないよ、気色悪い……。
「もう今日は友実ちゃん、うちに泊まっていきなさいよ!」
えっ!?
か、母さん!?
「うん、そうだそうだ、それがいい」
父さんまで!?
「え、でも、お邪魔じゃないですか?」
「そんなわけないじゃない! ――あなたは私の娘でもあるんだから」
「お、お義母さん……!」
ああそうだった。
10年後の未来でも友実はこんな感じに、たちまち俺の両親に気に入られたんだったな。
まあ、友実は可愛いからね!
しょうがないね!
「ふふ、では私はそろそろお暇させていただきますので、友実、ご迷惑をかけるんじゃないわよ」
「はい、お母さん!」
あれ? でも待って?
じゃあ友実は、どこで寝るの?
「んふ、宗司さぁん」
「と、友実……!?」
で、今現在、俺と友実は俺の部屋の狭いベッドで2人、並んで寝ているわけなのだが……。
いつも通りのノリで友実が甘えてくるものだから、俺は軽くパニックになった。
何せ今の友実は小学生なのだ。
いくら夫婦とはいえ、小学生に手を出すのは流石にマズいだろう……。
……マズいよね?
嗚呼、でもこんなぷにぷにほっぺの美少女に子猫みたいに甘えられたら、世の男たちがロリコンになってしまうのも、わからなくはないかもしれないとも言い切れないかもしれない(迫真)。
「ふふ、でも何か、ちょっと得した気分」
「え?」
友実?
「だって10年後の私じゃ、どう頑張ったって高校生の宗司さんには会えなかったわけだし。実はずっと気になってたんだ、若い頃の宗司さんて、どんな感じだったのかなーって」
「ああ、そういうことか」
それを言うなら俺だって同じことを思ってたよ。
むしろ世の中の夫婦ほとんどが、似たようなことを一度は考えたことあるんじゃないかな?
……ああそうか、ひょっとしたら友実の家系の女性たちは、みんなその思いが人一倍強かったのかもしれないな。
その思いの力が、こうやって結婚相手とのタイムリープという超常現象を引き起こしたのかも。
まあ、確かにそのお陰で、こうして小学生時代の友実と並んで寝れてるんだから、その特殊体質に感謝してもいいかもしれないな。
「おやすみなさい、宗司さん」
「ああ、おやすみ、友実」
友実のおでこに軽くおやすみのキスを落とすと、いつも以上の多幸感に包まれながら、俺は瞼を閉じた。
……おでこにキスくらいだったら、ギリセーフだよね?
「ん? あ、あれ?」
翌朝目が覚めると、2031年の俺たちの家に戻っていた。
おお! 意外と早く戻ってこれたな!
「友実、起きてくれ! 10年後に戻ってきたぞ!」
「ふみゅ? ああ、ホントね! よかったわ宗司さん!」
友実にぎゅうっと抱きつかれる。
ふふ、可愛いやつめ!
「でも、せっかくならもう少しだけ、高校生の宗司さんを堪能したかったかも」
「ハハ」
確かに俺ももうちょっとだけ、小学生の友実を堪能したかったぜ。
い、いや、変な意味じゃなくねッ!?
「まあ、何にせよよかったよ。今日は休みだしいろいろ疲れたから、昼まで寝てよーぜ」
「ええ、そうね」
俺は例によって友実のおでこに軽くキスを落とすと、再び瞼を閉じた。
「宗司、友実ちゃん、そろそろ起きな! 学校に遅刻するよ!」
「へ? ……か、母さん!?!?」
「お義母さん!?!?」
目が覚めると、母さんが目の前に仁王立ちしていた。
えーーーー!?!?!?!?!?