婚約者が大嫌い‼
恋愛要素薄いです。
私には大嫌いな婚約者がいる。
婚約者は隣のアレギー国の皇太子だ。
名をブェルゼン・ド・アレギーと言う。
婚約者発表のパーティーの時に一度だけ会ったことがある。
そう忘れもしない、ブェルゼンが10才私が8才の時だ。
私達の婚約発表は和平調印式と共に私の国で行われた。
私の国と彼の国は長い間戦をしていた。
土地は荒れ、兵は疲弊した。そこでイシュタル王(父)が和平を申し込んだ。
アレギー国王は渋ったが、先代のローザ・ルルベリー王太后が和平を押した。
引きつった顔の彼(ブェルゼン王太子)と不機嫌なアレギー王の顔を今でも忘れない。
私には兄と弟が7人、姉が1人いる。
王妃が王子を3人産み王女を1人産んだ。
後の王子は4人の側室が1人ずつ産んだ。
私は側室の娘で王女は辺境伯に降嫁されたお姉様と私だけしかいなかった。
姉とは仲が良かったが、私が7歳の時にお嫁に行かれた。
暫くは手紙も届いていたがいつの間にか手紙が来なくなった。
子供も生まれたようだしきっと忙しいのだろう。
隣の国の王太子の婚約者といっても、和平を結ぶための人質の様なものだ。
だから和平が破られた時、殺されてもいい私が選ばれた。
母は男爵令嬢で側室の中で一番身分が低かった。
おまけに産んだのは女の子で他の側室が産んだのは王子で……
母は肩身の狭い思いで暮らしていたのだろう。
それでも母が生きていた時は王(父)は母の元に訪ねて来てくれた。
私には関心がなかったが。
母が病で亡くなり、葬儀はひっそりと執り行われた。
王女を産んだ、一番身分の低い側室など貴族も国民も気にも留めない。
母の亡骸は王族の霊廟に納められず、後宮の隅の泉の側でひっそりと埋葬された。
私以外花を手向ける者はいない。
母が亡くなってから父は私の所に訪ねることは無かった。
後宮のはしの小さな館で乳母と私はひっそりと暮らしていた。
母の実家は私の事など忘れているのだろう。
何度か手紙を書いた事があったが。
祖父母からの手紙は一通も届いていない。
やがて乳母も馘になった。
王妃の嫌がらせだろう。
私は一人で暮らす事になる。
身の回りの事は乳母が教えてくれていたから大体できた。
久しぶりに父が訪ねて来てくれた時、私は嬉しかった。
『お前でもこの国の役に立つ時が来た』
父(王)は上機嫌だ。
これでやっと目障りな子供を追い出せるのだから。
それがいらない姫を追い出す事でも、父の役に立てるならとその婚約を了承した。
最も、それ以外の選択は無かったが。
『いくら政略結婚でもアレはない』
ブェルゼン王太子は侍従にそう話していた。
『父上は私にオークと結婚しろと言うのか‼️』
『ブェルゼン様、オークは言い過ぎですよ。せめて豚とかデブとか潰れアンパンとかに留めてください』
『何気にお前の方が酷くないか?』
付け加えるなら、私は奴(婚約者)の侍従も嫌いだ。
婚約者がどんな方なのか一目見たくてこっそりベランダの下に隠れていたのだ。
美しい王子だったが、性格に難ありだった。
因みに護衛騎士とメイド5人は撒いてきた。
私が隣の国の王太子の婚約者に決まった日に付けられたのだ。
この城には王族専用の秘密通路がある。
王族のみが開く事が出来る秘密通路だ。
私は昔からこの通路を遊び場にしていた。
暗くて蜘蛛の巣が張って居たり、ネズミやムカデが這い回っていたが。
一人で泣くには十分だった。
よく兄弟から虐められていた。
『醜い‼』
『豚‼』
『イボガエル‼』
『よくあのような姿で生きているものだ‼』
突然離れの館に兄弟(王子達)がやって来ると。
石を投げられる方ならまだいい方で、たまに攻撃魔法やナイフが飛んできた。
兄弟から逃げ惑ううちに秘密の通路を見つけたのだ。
王太子が滞在している客室の近くにも隠し通路があった。
私は自分の行いを後悔した。
知らなければよかった事など星の数ほどあったが、今回は最低だ。
その時私は魔力病を患っていた。
魔力の暴走で体がむくみまるで土座衛門の様な有様だったのだ。
肌は赤黒く体中にイボがあり。
良く兄達は私の事をイボガエルと呼んでいた。
薬を塗り込めた包帯は臭く。
赤い髪はバサバサで瞼は腫れて目が糸のように母と同じ紫の瞳は濁っている。
私は王族の中で一番醜かった。
亡くなった母はストロベリーブロンドで紫の瞳の儚げな美人だった。
父も金髪碧眼の美丈夫で。
兄妹達はそれぞれの母親に似て美しかった。
最も中身は最悪だが。
ああ……
この王太子も兄弟と同じだな。
醜いと笑い者にする。
彼の国に嫁いでも、ろくなことにならないだろう。
思った通り彼らは私を冷遇した。
王と王太子は私の持参金と馬車10台のドレスや宝石の荷物と共に先に国に帰り、私は粗末な馬車と僅かな護衛達で隣の国に入った。
家畜を乗せる馬車でなかっただけましか。
ガタガタと悪路を遠回りに進んでいた事は地理に詳しくない私でもわかった。
やっと王都に着いたと思ったら。
私は城処か王都に入る事も許されず、そのまま辺境の森の中にある館に連れていかれた。
王からの使者によると東の森には先王の王太后様がいらっしゃって。
王太后様にこの国の礼儀作法を叩き込まれる事になった。
体よく追い払われたのだ。
それから王からも王太子からも手紙も訪問も誕生日のお祝いも一度も無かった。
森の中の館は山の上にあり、どちらかと言うと砦に近かった。
玉座に座る王太后様は凛々しく、まるで大将軍の貫禄があった。
若い頃は【戦姫】と呼ばれていたらしい。
流石ブェルゼンの祖母だ。
若かったころは絶世の美女だったのだろう。
「お前名は?」
「イシュタル国の第二王女イザベルと申します。以後お見知り置きを……」
ローザ・ルルベリー王太后様は私の言葉を遮った。
「挨拶はよい。人質として連れて来られた哀れな娘よ。妾が生き延びる事が出来るよう鍛えてやろう。なに礼には及ばぬ。明日から騎士団訓練学校に入るがよい」
王太后様もめんどくさくなったのか、私は辺境の城下町にある騎士団幼年訓練学校に送られた。
父にも国から追い払われ、婚約者にも城から追い払われ、王太后様にも砦から幼年訓練所に追い払われた。
私はニヤリと笑う。
好機だと思った。
いずれ婚約は解消されるだろう。
それならば役に立たないこの国の礼儀作法を学ぶより体を鍛えた方が何倍もましだ。
どうせパーティーに呼ばれる事も無いのだから。
婚約を解消されれば『役立たず』と言われ国に帰る事も出来ないだろう。
修道院にすら入れてもらえないだろう。
私は一人で生きていかなければならない。
父は隣の国に嫁ぐ私にメイドも護衛も付けてくれなかった。
私に付いていた護衛騎士とメイドは何だったんだろう?
まあいいわ。
私は真面目に訓練に勤しんだ。
剣を振るうには私の体は小さかったが、避けるのは得意だった。
伊達に何年も兄弟の攻撃魔法やナイフを躱してきていないのだ。
ガキ共の拙い剣など余裕で躱せた。
剣も魔法も当たらねば意味が無い。
舐め切った私の態度が気に障ったのか。
直ぐに私の相手だけ教官に代わり。ボコボコにされた。
「魔物は子供でも手加減してくれないのだぞ‼」
はい。ごもっともでございます。
「それに何だ‼ そのブクブクに膨らんだ体は、魔力病など魔力をコントロールして気合で直せ‼」
うわ~~~脳筋だ‼
アレルギーは食って治せ‼ というタイプだな。
たいがい死ぬが。
この国は王や王太子以外脳筋らしい。
いや……王太后様のお膝元だからか?
戦姫で聖女だからな。
魔物が溢れる最前線で戦っている。この国を守っている。
こうして私は地獄の様な訓練学校を卒業してこの国の軍隊に入り魔物を狩る毎日だ。
王妃教育どこ行った?
まあ、王も王太子も私をこの国から追い出す気満々だし、私も出て行く気満々だ。
18歳になった時、城から使いが来た。
イシュタル王(父)の使いが王太子と私の結婚の打ち合わせに来たらしい。
私は魔物退治の帰還の途中で攫われるように馬車に押し込められた。
わぁ~おぅ~‼
その馬車は四頭立てで白く立派な馬車で、護衛騎士も王族直轄の騎士達だ。
まさに王族って感じだ。
どこぞのお姫様が乗り込む様なおとぎ話にでも出てくる様な馬車で。
女の子なら一度は乗ってみたいだろう。
私がこの国に来た時よりも立派な馬車じゃなかろうか。
しかもこの馬車は空を飛ぶ。
原理は魔石をエネルギーとして車体の下に風と重力の術式が組み込まれている。
詳しいことは分からないし、私は魔力はあるが魔法が使えない。
馬車の中には文官が居て、魔物の帰り血を浴びて臭い、私からなるたけ体を遠ざけようとしていたが。
諦めてハンカチで口と鼻を押さえる。
文官は王(父)の使いが来たことを告げて、結婚式の準備の為に城に連れもどされることを告げた。
ふむ。
噂によると王太子には好きな令嬢がいるらしい。
伯爵令嬢で名はクラリッサ・ザデスと言う。
私との婚約が無ければ彼女がブェルゼンの婚約者だったのだ。
クラリッサは水色の髪で紺色の瞳の美少女だとか。
私は会ったことが無い。
王宮のお茶会で彼女を見たことがある王太子の侍従が言っていた。
さぞやお似合いの美男美女なのだろう。
私には関係のない事だが。
私を監視する為に王太子の侍従がやって来た時は驚いた。
口が悪いので左遷されたのだろう。
本人はのほほんとしていたが。
王太子の侍従だっただけあって剣も魔法も勉強もトップだったが。
いかんせん口が悪い。
高位貴族の四男でそこそこモテると本人は言っている。
「へーホーソウデスカ。ヨカッタネ」
と私は答えておいた。
本気でどうでもいい話だ。
奴は事あるごとに私に絡んできてうざかった。
城に着くとそのままの格好で大広間に案内された。
有り得ない。
魔物討伐で顔は泥に汚れ。
髪は目を隠すほど伸びていて、しかもぐしゃぐしゃ。
軍服はあちこち破れ、魔物の血で汚れていた。
おまけに魔力病を抑える為に、呪文の書かれた包帯をしている。
その包帯も私の血と膿で汚れていて薬草臭い。
『イザベル・ド・イシュタル姫のおな~り~』
大広間の前にいた家臣が私の登場を告げる。
音楽と笑い声に溢れた大広間がピタリと静まり返った。
この国の貴族と招かれた外国の貴族が溢れる様にいたのだが……
まあ、そうだろうな。
王太子の婚約者が結婚発表のパーティでボロボロの軍服姿で現れたのだ。
ふむ。
これは王太子が仕組んだ事だろうか?
それともクラリッサの父親が仕組んだ事だろうか。
或いは両方か?
アレギー王も加担しているのか。
しているんだろうな。
平和交渉を破棄して再び戦を仕掛けるのだろう。
「イザベル・ド・イシュタル貴様との婚約は本日を持って破棄する。そしてクラリッサ・ザデス伯爵令嬢と婚約する」
ブェルゼンは高々とそう宣告する。
ブェルゼン王太子の隣で誇らしげにしているクラリッサ。
彼女は随分豪華なドレスに首飾りにティアラをしている。
はっきり言ってケバイ。もう少し上品さを追及したらどうだ?
あれ?
あの首飾りやイヤリングにティアラはイシュタル産のエメラルドじゃないの?
エメラルドはダイヤより脆いので同じ大きさだとエメラルドの方がお高いんだが。
まあその事は置いといて。
いきなり婚約破棄か~。
はいはい。
婚約破棄ありがとうございます。
「婚約破棄。慎んでお受けいたします」
私は軍人らしく敬礼をする。
皇太子は私が泣いてすがるかと思ったのだろう。
少し意外そうな顔をした。
しかし直ぐに私がクラリッサに暗殺者を差し向けたと断罪した(笑)
「お前はクラリッサに嫉妬して暗殺者を差し向けた‼ これは王家に対する謀反だ‼」
私は噴出した。
「それはぶっ飛んだ妄想ですね?」
私は鼻で嗤う。
いかんせん私は辺境にいて、城処か王都に入ったことも無い。
何処で暗殺者を見つけたんだ?
私にはメイドも護衛騎士もいない、私がわざわざ王都の闇ギルドに暗殺を依頼したというのか?
そもそも私には暗殺者を雇う金もコネもない。
私がその事を言うとブェルゼン王太子が顔を歪める。
周りの外国から来た、貴族達がざわめく。
「辺境で魔物退治? それは斬新な王妃教育ですね」
「いやいや。側室の王女でもメイドや護衛騎士ぐらい付けるだろう?」
「王女なのに金を持っていない? えっ? 持参金は? かなりな金額を持たせたと聞いているが……」
「城にも王都にも入ったことが無い? 本当に婚約者?」
「えっ? 婚約発表の時しか会っていない?」
皆さん食いつく所はそこですか?
私は王太子に花も手紙もドレスも送られたことはない。面会もない。
暗殺者を差し向けるのなら王太子の方にだろう。
余りの常識の無さに呆れかえる招待客達。
それはそうだ。
今後自国の姫がアレギー国に嫁いで来た時。
自国の姫もそんな扱いを受けると言うことだ。
そんな国に嫁がせたのなら、交渉役の首が飛ぶのは当然だ。
誰が自分の首が物理で飛ぶ事になるのに、姫を嫁がせる奴などいるものか。
「イザベル‼ その恰好は何だ‼」
ああ。
イシュタル王(父)か?
そう言えば居たんだ。
老けたな。
10年ぶりの父の顔には皺が刻まれ、金髪は見事に白くなっている。
その老いから月日がたったのだと、今更ながら思い知る。
少し痩せたか?
ただその青い瞳だけが色あせる事が無かった。
「しかもお前に贈った宝石やドレスを何故この女が身に付けている‼」
王(父)はクラリッサ・ザデスを指さす。
まあ、お父様人を指さすものでは無くてよ。
ほうほう。
イシュタル王(父)は私の為にドレスや宝石を贈っていたと。
それをアレギー王やブェルゼン王太子が、がめてクラリッサに贈っていたと言うことか?
「父上お久しぶりです。数時間前まで魔物討伐に出ていて、そのまま城に連れて来られたものですから。御無礼をお許しください。しかし急な訪問ですね。私の所には何の連絡も来なかったですが」
「何を言っている。半年前に手紙を出している。お前の返事も貰っている」
「それは不思議な事ですね。私はこの10年、父上にもこの国の王にも王太子からも誰からも手紙を貰ったことも出したことも無いですが? それに城に入るのも今日が初めてです。私はこの国に来てすぐに辺境の軍の幼年学校に入れられて、王妃教育などしたこともございません。てっきり婚約は破棄されるものと思っておりました」
父は私ではなく、クラリッサ・ザデスと文通していたのかな?
イシュタル語が書ける文官だったら、笑える~~~
「なっ……これはどういう事だ‼ 私はお前からの手紙を10年間貰っていたぞ‼」
父はアレギー王を睨み付けた。
「ふん。元々お主もそのつもりであったのだろう」
「どういう事だ‼」
「それが証拠にイボガエルを寄越したでは無いか‼」
アレギー王は私を指差した。
お前も人を指さすな。
いやいや、あんたの方が腹黒イボガエルだ。
もっともこの王も外見は良い。
「ワシは【イシュタルの赤い宝石姫】を要求したのに来たのはイボガエルだ‼ 平和交渉が聞いてあきれる‼ この様な紛い物をよこしおって‼」
「【イシュタルの赤い宝石姫】? 恥ずかしい呼び名ですね。誰ですか? 初めて聞きました」
「お前の事だよ‼」
父王が青筋を立てて怒っている。
父が怒鳴るのを初めて見た。
基本父は私に興味がない。
だから私に笑いかけてくれたことも、怒ったことも無い。
「知りませんよ。誰一人そう呼ばれたことは無いですよ」
「お前の存在は国家機密だったからな。王太子のアルベルトと私とアレギー王しか知らぬ」
アルベルト王太子(兄)は忙しい人で姉と王太子(兄)だけは私を虐めなかった。
最も兄は忙しすぎて私にかまっている暇は無かったのだろう。
アルベルト王太子(兄)は5年前に結婚して子供も三人いるそうだ。
「そうじゃ。【イシュタルの赤い宝石】は聖女で王家に掛かる呪いや災いをその身に受け浄化する。【イシュタルの赤い宝石】はイシュタル王家にしか生まれない。和平の条件に望んだのにこの様な紛い物を寄越すとは……」
「偽物だと思ったから城処か王都にも入れず、辺境の幼年学校に入れ魔物退治をさせて、いつ死んでもいい扱いをしたのですか?」
私は王に尋ねる。
「当然だろう。忌々しい。魔力病か魔物退治でサッサとくたばるかと思えばいじ汚く生き延びおって‼」
アレギー王は吐き捨てるように言った。
「おや? お前は彼女を偽物だとずっとそう思っていたのかえ?」
凛とした声が大広間に響き渡る。
私は振り返り白い髪と紫の瞳を持つこの国のローザ・ルルベリー王太后に敬礼する。
辺境騎士団も引き連れている。
王族護衛騎士と辺境騎士団とどっちが強いかと言えば、辺境騎士団の方が数倍強い。
周りの貴族達も慌てて礼をする。
「義母上。いつおいでになられたのですか?」
「お前に義母上と呼ばれる筋合いはない」
冷たい声でアレギー王を見る。
ローザ・ルルベリー王太后は扇で口元を隠す。
この二人は仲が悪い。
アレギー王は側室の産んだ子供で第5王子だった。
戦で4人の王子が亡くなり、アレギー王の元に王位が転がり込んできた。
(最も王子や王女はアレギー王一派に暗殺されたと言う噂があるが)
アレギー王の母親は側室の中で一番身分の低い男爵令嬢だ。
本来ならローザ・ルルベリー王太后が産んだ王女が女帝となるはずだった。
だが王女は離宮が火事になりその時亡くなられた。
先王が亡くなり、唯一生き残ったこの男が王になったのだが。
「お前覚えているかえ。わらわに娘がいたことを」
「……? 確か離宮が火事になり亡くなられたと」
「火事で亡くなったのではない‼ 殺されたのは乳母の娘でわらわの娘は攫われてイシュタル国の男爵家に引き取られ。後にイシュタル王の側室となりそこのイザベルを産んで亡くなった」
「なんと‼ 妹を攫ったのはイシュタルの者でしたか‼」
王太后はピシャリと扇を閉めると冷たく王を見る。
「違う‼ 私の娘を攫ったのはアレギー国の反王族派と名乗る者達だ‼」
「反王族派は十年前に原因不明で壊滅したが? 皇后が壊滅させたのですか?」
「あ奴らを壊滅させたのはそこにいるイザベルの力よ‼」
「この娘は魔力はあるが魔法は使えぬはず……」
アレギー国王は私を見た。
「王族に産まれた【聖女】は18歳になるまで【聖女】の力を使う事が出来ぬ。その代わり王族の呪いや災いをその身に受け浄化するのだ」
「その身に受け浄化? まさか……」
アレギー国の王は私を見る。
「イザベルは魔力病ではない」
ローザ・ルルベリー王太后は冷たくアレギー王と家臣を見渡した。
私は呪文が書かれた包帯をシュルリシュルリと解く。
この包帯は王太后(お婆様)が毎日私の為に作って下さったのだ。
一目見てお婆様は私が孫だと悟った。
それから毎夜お婆様は包帯を作り、私の元に訪ねてくださった。
恐らくお婆様の包帯が無ければ、私はアレギー国の王族に掛けられた呪いや災いで、命を落としていただろう。
この国の王族は穢れ切っていた。
私は今日で18歳になった。
はらはらと包帯は私の足元で桜の花びらのように散って消えて行く。
「イザベルが醜いのはその身に王族にかけられた災いや天災を全て受け止めていたからだ」
イシュタル王(父)は静かに語り出す。
「イシュタルには王族はもう私と王太子と辺境伯に嫁いだ娘しかおらぬ。これがどういう事か分かるか? 愚かな王よ」
【聖女】である私がイシュタルを出た時、イシュタル王家に掛けられた呪いは逆流し王族に帰って逝った。
よって私を虐めていた兄弟(王子達)と王妃と側室達は腐れ死んだ。
浄化出来なかった呪いは5倍返しになるらしい。
彼らは互いに呪いをかけていた。己が王に成りたいが為に。
そして……王妃や側室達の醜い女の争い。
聖女が国を出ると自分達がかけていた呪いが帰ってきた。
浄化をする者はいない。イシュタル王は己が手を汚さずに邪魔者を排除できた。
私はアレギー国王太子の婚約者になった為に、今度はアレギー国の王族の災いをこの身に受けることになった。
そしてこの国に入ると母を攫った【反王族派】は一人残らず腐れ死んだ。
神のいとし子である聖女の血筋に仇為す者は神の不興を買い天罰が下される。
私はパンパンに紫色に膨れ上がった右手を王太子に見せる。
右手のどす黒い肌の色がすうっと薄れて白魚の様な手になる。
バサバサだった髪は艶を取り戻し、燃えるようなストロベリーブロンドとなった。
どす黒く浮腫んでいた顔も浮腫みが取れた。
祖母と同じアメジストの瞳をブェルゼン王太子に向ける。
軍服を纏った女神のようなその姿。
アレギー国王もブェルゼン王太子も他の貴族や騎士達も、涙を流しながら魅了される。
「う……嘘よ‼ お前がこんなに美しいはずがない……」
ポツリと零されたクラリッサの声が、やけに広間に響く。
「「ぐあっ‼」」
アレギー王とブェルゼン王太子が顔を押さえる。
張りのある肌がたちどころに紫に晴れ上がりボコボコと膨れ上がり。
バラバラと髪と歯が抜ける。
二人は床を転げまわり苦痛に苛まれる。
「いっ……痛い痛い痛い痛い‼ 私の足が‼」
クラリッサは蹲り足を抑える。
ドレスの裾から足が異常に膨れ上がり破裂する。
「呪詛返しよ」
床に転がり喚き立てる三人を私は冷たく見下ろした。
三人からしたら私は差し詰め復讐の女神に見えたことだろう。
他の所でも悲鳴が起きる。
「何で‼ 何で‼ 何で‼ 呪いが帰って来るんだ‼」
「痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ 俺の腕が腐り落ちる‼」
「目が‼ 目が~~~‼ 」
十年前に反王族派に起きた惨劇がここで繰り返される。
聖女がその身で浄化しなかった呪いは、呪いを掛けられた者と掛けていた者の所に帰って逝った。
大広間にいる多くの貴族が大理石の上でのたうち回り地獄と化した。
肉が爆ぜ、悲鳴と許しを請う声と罵声が飛び交う。
大広間にいた貴族達の三分の一はただの肉塊となり無様に屍を晒す。
「何時も妾が言っておったであろう。神(聖女)とは飼いならせるものでは無いと……」
ローザ・ルルベリー王太后は私の方を見てニッコリ笑う。
生き延びた貴族と騎士達はローザ・ルルベリー王太后の微笑にひざを折る。
誰もがこの人と私に逆らってはいけないと震えた。
私は今日で18歳になった。
【聖女】の力を使いこなせる年になったのだ。
コキコキと肩を鳴らす。
今まで私に纏わりついていた物が消え去り。
体が軽い。
私は美しい手で顔を触る。
お婆様が手鏡を差し出してくれた。
そこには亡きお母様にそっくりな美しい少女がいる。
「お前の母親にそっくりだな」
イシュタル王(父)が亡き母を思い出して、そう呟く。
「イシュタル王よ、マリアンヌが攫われた我が娘と気付いたのは何時じゃ?」
イシュタル王は遠い目をして言う。
「イザベルが産まれてこの子が魔力病を患った頃かな……これは魔力病では無いと思った。イザベルの兄弟達がお互いに呪いを掛け合っているのは知っていたが、呪いは全てイザベルの身に宿った。イシュタルにいるとイザベルが成人出来ないと思いアレギー国に行かせた。貴女がイザベルを助けてくれる事に賭けた」
「賭けには勝ったようじゃな」
「ああ……ローザ・ルルベリー王太后イザベルを救ってくださって感謝している」
「なに、礼には及ばぬイザベルは妾にとっても可愛い孫じゃ」
「これでやっとお婆様と呼べるのですね」
私は祖母に微笑んだ。
羽虫は潰した。
「所でお前はどう生きたい?」
お婆様が私の頬を撫でながら尋ねた。
「私は旅をしてみたい。鳥かごの様な世界しか知らないから。元々婚約が破棄されることは分かっていたし。冒険者になって世界を旅したい」
「ふむ。良かろう。許可しよう」
~~~~~~~
私は最後の手紙を読み終えた。
それは色々な人達からの手紙だった。
馘になった乳母の手紙だったり、母の祖父母(ロット男爵夫婦)の手紙だったり、姉からの手紙だったり、アルベルト王太子(お兄様)やイシュタル王(父)からの手紙だった。
この手紙は王妃(父の妻)やアレギー国王が隠していたもので、父とお婆様が見つけて私に渡してくれたのだ。
私が出した手紙は燃やされたのだという。
因みにイシュタル王(父)に手紙を出していたのは40代の文官だとか。
マジ笑える~~~
私はマジック・バッグに手紙を仕舞った。
そうそう私に付けられたメイドと護衛騎士は王妃(父の妻)に密かに殺されていたそうだ。
可哀そうなことをした。彼らの身内には賠償金を支払うそうだ。
私は馬にまたがり、崖の上からアレギー国の王都を眺めた。
馴染みのない都だが朝日を受けオレンジ色の屋根が輝いている。
私は振り返りそいつを睨んだ。
「何であんたが私の護衛騎士なのよ‼」
私は思わず護衛騎士を指さした。
ヘラヘラ笑いながらゼイアンは答えた。
「ローザ・ルルベリー様のご命令です他にも5名ほど就いていますよ」
下種顔に腹が立つ。
「いや~~~優秀な人材は辛いな~~~ローザ・ルルベリー様の命令は絶対ですからね~~~」
女騎士3人にA級冒険者2人(大神官の孫と他国の第三王子)が私の護衛兼監視人として付けられた。この二人は婚約者候補だとか。
ふん良いわ。撒いてやる。
私はニヤリと笑う。
イザベルの背中を見て何を企んでいるのか察した、ゼイアンはローザ・ルルベリー王太后の言葉を思い出した。
『イザベルの護衛任務に就きたいのか? は~~~。初恋を拗らせたツンツンは辛いの~~~』
ローザ・ルルベリー王太后は苦笑する。
『好きな子を虐めてしまってすっかり嫌われてしまったなんて哀れじゃな~~』
ゼイアンは二の句が継げ無かった。
ローザ・ルルベリー王太后はマルっと全てお見通しだ。
ゼイアンがイザベルを実は好きで弄っていたと告げてもイザベルに殴られるだけだ。
『初恋は実らないと言うし~~まあ頑張れば~~~2年の間にイザベルの心を射止めたら婿に認めてもよいの~~~』
王太后は下種顔で嗤った。
ほんとあの王太后には腹が立つ。
それ以上に自分の心を奪った、ストロベリーブロンドで王太后と同じ紫の瞳の少女にも腹が立つ。
実はあの醜い姿でさえも多くの少年の心を奪っていたのだ。
王太子の婚約者だから、皆告白はしなかったが、王太子(邪魔者)はいなくなり。
イザベルは本来の美しい姿となった。
ライバルは日を追うごとに増えている。
___ 俺の道は険しい。だが負けん。最後に笑うのは俺だ ___
「皆行くわよ。私の冒険が始まるのよ」
イザベルの馬は駆け出した。
走り出した馬の後を追いながらゼイアンは笑う。
~ Fin ~
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2020/8/13 『小説家になろう』 どんC
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~ 登場人物紹介 ~
★ イザベル・ド・イシュタル
主人公 8歳の時隣の国のブェルゼン王太子と婚約。
婚約と同時にアレギー国で暮らす。
魔力病の為に醜い。兄弟から虐められる。
アレギー国王とブェルゼン王太子に嫌われて、王城にも王都にも入れてもらえなかった。
辺境の軍の幼年学校で大きくなる。
★ ブェルゼン・D・アレギー
アレギー国の王太子。金髪碧眼の美形。
醜いイザベルを嫌う。クラリッサが好き。
イザベルと婚約破棄する。アホ王子。
因みにフェルゼンと打とうとして間違えてブェルゼンと打ってしまった。
まあいいかで、この名になった。
この名は有名漫画ベルサイユ○ばらに出てくるハンサム貴族の名である。
★ アレギー王
ブェルゼンの父親。強欲。見た目は美丈夫。
和平の証に王太子と婚約させるがイザベルを偽物と思い平和条約を破棄する。
腹黒王。
★ クラリッサ・ザデス
伯爵令嬢。
本来ならば彼女が王太子妃になるはずだった。
水色の髪とボニーブルーの瞳の美少女。
イザベルに贈られた宝石やドレスをブェルゼン王太子に強請りがめている。
腹黒なのが玉に瑕。
★ ゼイアン・ゾルタクス
ブェルゼン王太子の侍従。
ゾルタクス家は直系王族が絶えた時のスペアーで、ゼイアンは三男。
有能だが口が悪い。ブェルゼン王太子とは幼馴染。
長男が王位を継ぐ事になっている。
★ ローザ・ルルベリー・D・アレギー
アレギー国の王太后であり聖女。
赤ん坊だった娘を攫われる。
娘はイシュタル国で男爵令嬢として育てられる。
イザベルのおばあちゃんにあたる。
ルルベリー家は数代おきに聖女が生まれる女系貴族。
聖女に生まれた娘はたいがい王族と結婚する。
★ マリアンヌ・ロット
反王族派に攫われてイシュタル国で男爵令嬢として育てられる。
余り丈夫では無かったため、イザベルが幼い時に亡くなる。
(イシュタル王妃が毒をもったと言う噂がある)
本当はアレギー国の王女。数代おきに聖女が生まれる家系に生まれる。
彼女は聖女では無かった。
★ 反王族派
王族を排除して下位貴族による搾取を狙う雑魚集団。
イザベルの母を赤ん坊の時攫う。
イシュタルの森に棄てられるが、子供のいないロット男爵夫婦に拾われて実子として育てられる。
聖女の血筋に仇なしたためイザベルがアレギー国に入った為【神の怒り】が発動して腐れ死んだ。
★ イシュタル王
イザベルの父。イザベルとブェルゼンを婚約させ、イザベルを国から出す。
イザベルの母親をとても愛していた。
マリアンヌがアレギー国の王女とは知らなかった。
イザベルを守るためわざと関心の無い振りをしていた。
マリアンヌを湖の近くに墓を作ったのはマリアンヌの遺言の為。
墓の周りにはマリアンヌが好きな花がそれと無く植えられている。
イザベルにかなりの財産を持たせた。
イザベルがアレギー国に行くと同時に手紙魔と化す。
残念なことに文通相手はおっさんだった。
イザベルの結婚相手は好きな相手で良いと思っている。
早めに王位を息子に譲り、イザベルと暮らすのもいいかなと思っている。
★ アルベルト王太子
イザベルの兄。忙しすぎてイザベルに構えなかった。
結婚して子供もいる。真面目な人。
父親に仕事を丸投げされている。
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