森9 食糧採取と目の保養
確かに雪花の言う通り太陽はまだ高い。
魔物が動き出すには早いのだし、別れて行動するなら彼女が湖の方がいい。
森には肉食の獣も住んでいる。
それでも、少し心配だ。
あの娘は自分のことを過信している節がある。
ヴォルクを引き裂いた時といい、結界や、魔法円を見ても、彼女は腕の立つ魔法使いだと思う。
普通なら見えないが、雪花の魔法は王子にも見える。
きっと、琥珀石の指輪のせいだろう。
彼女は腕は立つけれど、気が散りやすい性格に思える。
——やっぱり心配だ。
王子は左の腰に剣、右の腰に短剣を差して立ち上がり、そっと雪花の後ろをついて行った。
——随分と機嫌がいいな。
湖についた彼女は鼻歌混じりで、踊り出しそうな雰囲気だ。
彼は木陰からそっと彼女をうかがっていた。
「………あ」
目を逸らして、すぐに立ち去るべきだったかもしれない。
雪花は服を脱ぎ出したのだから——。
早く立ち去らないと。そう思っても、足は動かない。
王子は軽く脱力して木陰にしゃがみ込む。
あの娘は何を考えているんだ。
いくら人気がない森の湖だと言ったって、絶対に安全なわけでもないのに。
白い肌に黒髪が揺れるのが見える。
本人が気にしていたように、彼女は小柄で痩せ型だ。
だが——手足はすんなり長く、余分な肉の少ない体は軽そうで美しい。
——まるで羽根をもがれたフェアリーだな。
王子はボンヤリそう思う。
絵で見た事があるだけで、フェアリーになど会ったこともないのに。
腕を組んだまま見ていたら、薬草を擦って髪を洗い、体を洗い、気持ち良さそうに泳ぎだす。
どこか奔放で、子供のような娘だ。
そんな事を言えば、きっと凄く怒るんだろうけれど。
彼は苦笑して頭を軽く振った。
少しして、水を上がった彼女は、体を拭いて持って着た袋から服を出して着替えた。着替えても飾り気のないグレーのワンピースだ。
もっと可愛い服を着ればいいと思うが、ここは森なのだ。
目立つ色では獣を呼ぶのだろう。
彼女が汚れた服を洗い始めたあたりで、王子は大きく息を吐いて立ち上がった。
——覗かれてたなんて分かったら大騒ぎだな。
十八歳だと言っていたが、彼女は十六歳だろう。自分で去年、成人したと言っていた。ルシア国の成人は十五歳だ。三つ下ということになる。
——まあ、十六なら。
確かに普段の言動が幼く見えるので、成人前だったらどうしたモノかと思っていたのだ。
王子は小さくため息をつく。
まさか森で自分の指輪を抜ける人間に出会うとは、想像もしていなかった。
呪いの指輪は普通の人間には抜けない。指にはめる事など考えられない。
もしも、指にはめて平気でいるとするなら——その人間は指輪に選ばれたということだ。
彼女の右手薬指から指輪を抜く方法を彼は知っている。
ただ——彼女がそれを知って、どうするか全く想像がつかない。
それに、今は時期が悪い。
彼が刺客に狙われているのは本当だし、今は城に戻れないのも本当だ。
指輪を抜く旅に出る——雪花がそう言い出したのは、彼にとって渡りに船だったと言える。
まだ、しばらくは身を隠していなければならない。
着の身、着のまま出て来きた身としては、森にずっと潜むのは至難の技だ。
仕方なく彼女と旅をしている、そう思っていてくれれば、その方がいい。
方法を伝える時のことを考えると気が重い。
やっぱり時期を待つしかない。
木々の隙間に茶色い毛玉が走り抜けるのが見えた。彼は躊躇なく短剣を投げる。
兎だ。秋の兎はタップリ脂肪を蓄えて美味そうだった。
森の神とウサギに祈りを捧げ、耳を掴んで持ち上げる。
——雪花は喜ぶかな。
王子の口元にほんのり笑みが浮かんだ。
☆
五匹ほどの川魚を紐で括ってぶら下げ、雪花はとても機嫌よく歩いていた。
森も周って胡桃も見つけ、ポケットいっぱいに拾った。
魚に合う薬草も採取できた。
洗った服を枝に引っ掛けて持っているので、両手が塞がっていた。
変な旗を持っての行進みたいになってしまっている。
「いいわよ、どうせ人になんか合わないし。少し冷たかったけど、水はとても気持ちよかった。体も髪もサッパリ洗えたし。帰ったら、ボンクラにも、日が傾く前に湖で体を洗うように言おう」
一人きりなら、口からどんどん言葉が出てきても気にしなくてすむ。
彼女は独り言を呟きながら、機嫌よく森を進む。
「何日も体を洗っていなかったから、お互いに、だいぶん臭うようになっていたしね。あのボンクラも綺麗に洗えば、それなりに見えるだろうし、元は悪くないんだから……」
彼女は少し首を傾いだ。
「んー。むしろ、顔はいい方よね。あんまり認めたくないけど、きっと王子はハンサムの部類に入るんだろうしなぁ。お城に戻れば、お妃候補がわんさか色目を使ってきそうね」
彼女の口元に少し皮肉な笑みが浮かぶ。
「大変そう。………でも、まあ、あたしには関係ないし。この指輪さえ抜けちゃえば自由になれるわ」
彼女は立ち止まって服の枝を足に挟み、右手の指輪を陽にかざしてみる。
キラキラと光りを受けて、琥珀石は不可思議に煌めく。
思わずホウッと息をつく。
「本当に、綺麗な指輪なんだけどな」
微笑んだ彼女は、指輪に語りかける。
「呪いさえ掛かってなかったら、絶対に返さないんだけど」
琥珀の指輪が答えるように光ったが、雪花は日差しの加減だと思っていた。




