鉄鉱山4 約束
——王太子、町に迎えがきているぞ。
頭の中に直接響くドラゴンの声が聞こえた。
琥珀は眠りから覚め、自分の腕の中で眠る雪花を見つめた。
ほの暗い竜穴の横穴で、ランプの光に照らされた彼女の寝顔は彼を蕩けさせる。
ずっとここに居たかったが、そうもいかない。
「雪花。ドラゴンが呼んでる」
「……………眠い」
彼は彼女の髪を除けて、首にキスする。
クスクスと笑いだした雪花は、アーモンド型の目を開いた。
琥珀は彼女に吸い寄せられるように、その甘い唇に口付けする。
「あぁ。起き上がりたくないな」
琥珀の溜息に雪花が、またクスクスと笑った。
着替えを済ませた雪花を後ろから抱きしめると、たっぷりで柔らかな髪から彼女の香りがする。
「………戻りたくない」
雪花は腕を伸ばして琥珀の髪を撫でた。
「いつまでも人の家にはいられないでしょ」
歩き出そうとして、よろける彼女を琥珀が支える。
「大丈夫か? 足に力が入らない?」
「……………大丈夫」
昨夜を思い返せば無理もないかもしれない。
荷物を持った琥珀はヒョイと雪花を抱きかかえる。
「行こうか」
「一人で歩けるのに」
彼女は少し赤くなって唇を尖らせた。
軽く眉を下げた琥珀は、そのまま歩き出す。
「そうだ、ランプ」
雪花が指を弾いて魔法で灯りを消し、大人しく彼の首に腕を回した。
竜穴ではドラゴンが二人を待っていた。
琥珀の腕から降りた雪花がドラゴンに挨拶する。
「おはよう」
『おはよう。良い朝だ。町に王太子の迎えが来てる。支度が済んだら私が送ってあげよう』
「え? あなたが送ってくれるの?」
琥珀も戸惑ったように答えた。
「泊めてもらた上に送らせていいのか?」
頭の中にドラゴンの笑い声が聞こえてくる。
『なに、ひとっ飛びだ。そうだな、お礼なら一つ約束してくれ。二人に子が生まれたら、此処に来て私にも合わせてくれるとな』
雪花が顔を赤くして目を瞬く。
琥珀は笑って頷いた。
「約束しよう。そうだ、ドラゴンに立ち会って貰えると有り難い」
琥珀は雪花の右手を取ると、薬指から指輪を抜いた。
「……………抜けたわ」
雪花が目を丸くして琥珀を見た。
彼は雪花の左手を取って、その薬指に指輪をはめる。
「これで、結婚しないといけなくなった。手首を切断するか?」
「バカな事言わないで。これは、あたしの指輪になったんでしょ?」
「ああ、俺も含めて、一生、君のものだ」
雪花が笑った。
「良かったわね。あたしも一生、あなたのものだわ。返品は受け付けない」
琥珀はドラゴンに笑いかけた。
「聞いてたよな」
『聞いていたとも。私も二人を祝福しよう』
雪花を抱え上げ、琥珀は彼女に口付けた。
☆
ドラゴンが町の上空を飛ぶと、人集りが出来てしまった。
公園でその背中から下ろしてもらい、雪花は彼の前足に抱きつく。
「ありがとう。必ずまた逢いましょう」
ドラゴンの金色の瞳が雪花と琥珀に向けられる。
『ああ、待っているよ』
ドラゴンが羽ばたくと風が逆巻き、雪花の髪を舞い上げる。
琥珀は彼女の腰を抱いて、風に飛ばされないように掴んでいた。
大きな黒い影をつくり、穏やかなドラゴンは鉄鋼山へと帰って行った。
人集りから、黒髪に黒い瞳の琥珀によく似た青年が歩いて来た。
琥珀より幾分か小柄で、髪も硬くは無さそうだ。
纏う雰囲気もずっと柔らかい。
仕立ての良い紺色のマントを身につけている。
腰には琥珀の剣とよく似た剣を下げて、後ろに従者を連れていた。
彼が第二王子の黒曜だと雪花にも分かった。
「兄さん。随分と派手な帰還ですね」
琥珀が破顔して青年を抱擁した。
「久しぶりだな、黒曜。お前、自分で迎えに来たのか?」
「逢いたかったんですよ」
黒曜が微笑むと、琥珀は笑って雪花に腕を伸ばした。
「お前が逢いたかったのは、俺じゃなくて彼女のほうなんだろ? 緑の魔法使いの弟子、雪花だ」
雪花は水仙の挨拶を思い出し、黒曜の前でワンピースを摘み大きく膝を折った。
「初めまして雪花と申します」
黒曜は微笑んで彼女の手を引いて立たせる。
「貴女が膝を折ることはありません。水仙から聞いています」
琥珀をチラッと見て、口元に含んだ笑みを浮かべる。
「義姉になられる方だと……」
琥珀が頷くと、黒曜はそのまま雪花の手に親愛のキスをしようとした。
雪花の手と黒曜の顔の間に、スルッと琥珀の手が滑り込む。
「兄さん?」
「相手がお前でも、挨拶だったとしても、ダメだ」
琥珀はそのまま雪花の手を握って、自分の横に引っ張った。
「彼女は俺の妃になるんでな」
黒曜は目を丸くして、喉の奥で面白そうに笑った。
それから、雪花を見て言う。
「ダメだそうです。残念ですね」
雪花は少し頬を染めて苦笑を浮かべる。
黒曜は琥珀に向き直った。
「そうだ。兄さん。城に戻る前に必ず寄れって水仙から言われているんだ」
「水仙の所に寄るのか……なら、少し待ってくれ。ああ、そうだ。この人集りを、なんとかしてくれ」
言われた黒曜は、呆れたように兄を見る。
「人を集めたのは兄さんでしょう。まさか、ドラゴンを連れて来るとは思いませんでしたよ」
「そうは言ったって、お前の言う事の方が聞くだろ」
琥珀は弟の身なりと、自分の身なりを比べるように見た。
黒曜は苦笑して従者に何か指示する。
琥珀は気にせず雪花を引っ張って、屋台の方へ歩き出す。
「雪花、何か食べて行こう。水仙とこは肉が出ない」
「いいの?」
彼女はチラッと人払いしている黒曜を見た。
琥珀が笑う。
「いいのさ。あいつの方が、ああいう事に向いてる。何を食べようか。串焼きか? 揚げパンの方がいいのか?」
「揚げパン!」
雪花の目が輝いて、喉がゴクンと鳴る音がした。
琥珀が弾けるように笑って、両方とも買おうと言った。




