鉄鉱山3 求婚
雪花の照らす明かりだけが、二人を包んでいる。
繋いだ手を軽く引っ張って雪花が言った。
「あのね。言っておかなきゃ。わざとじゃないのよ? あたしだって、あそこであんなに大きい魔法を使うつもりは無かったんだから。あなたを悲しませたいんじゃないわ」
王子は口元に笑みを浮かべる。
「分かってるさ。子供が死にかかってたんだ。……ただ、覚えておけ」
彼は立ち止まって雪花を見つめる。
いつもの王子の目ではなかった。
燃え上がるような熱を持った、圧倒するような目だ。
「これからも、きっと、お前は無茶をするんだ。その度に俺は、死んだ方がマシだと思うほど、お前を心配することになる。忘れるなよ。俺はお前を愛してるんだ」
雪花はゾクッと首筋が泡立った。
魅入られたように琥珀の目を見つめる。
燃えるような瞳の奥に飲み込まれるような強い力を感じる。
自分はこの目からは逃れられないと思う。
トンネルの奥で何かが羽ばたく大きな風の音が響く。
二人はハッとしたようにトンネルの先を見た。
王子は彼女の手を引いた。
「行こう」
☆
二人が辿り着いたのは噴火口の近くにできたウロだった。そこには、小山ほどもありそうなドラゴンが休んで居た。
公園の像はよく似て居た。だけれど、その存在感と瞳の色は別物だ。
固そうな鈍色の鱗に覆われ、金色の目は銀の瞳孔が縦に走っていて、淡く黄緑に光っている。
『おや。珍しく人間がいるな』
ドラゴンの声は頭に響くようで、口元はピクリとも動かない。
「邪魔して御免なさい。あなたと話して見たくって」
金色の大きな目が二人をジロリと見る。半分だけ瞼を閉めると、笑っている声が聞こえた。
『王太子と緑の魔女か。わたしに聞きたいことは何だ?』
王子はヒョイと肩をあげた。素を出しているのか、威圧的な雰囲気を放っている。
「話したいのは俺じゃない」
雪花はドラゴンに歩み寄って、彼の前足に触れた。
「古の魔法の話をして欲しいの」
ドラゴンは、また笑ったようだ。
『久しぶりだ。私は幼いお前に会ったことがある。お前と同じことを言った男が連れていたよ』
「お爺ちゃんもここに来たの?」
『古語で話をした。彼はそれを理解したからな』
雪花が古語を使って話し出した。
ドラゴンは彼女を足の上に乗せたまま、静かに話している。
王子に古語は分からない。彼はドラゴンの穴を見て回った。
横穴に獣の皮やランプなど、幾つかの日用品が放り出されていた。
手入れはされていないが、汚れているわけでもない所を見ると、誰かが時々この場所で寝起きするのだろうか?
まあ、ドワーフ達もドラゴンの鱗や爪を集めたりはするだろう。
ドラゴンは脱皮もする。
それらは高い金額で取引され、概ね薬と称して取引されていて火炎町の重要な資金源だ。
泊まり込むこともあるのかもしれない。
ドラゴンが休む場所から斜めに噴火口へ続く穴が開いている。
穴といって、ドラゴンが翼を広げて出入りできるのだからずいぶんと大きい。
そこを覗くと星が煌めいているのが見えた。
一通り見て回った後でも、雪花は興味深そうにドラゴンと話を続けていた。
王子は座り込んで足を投げ出し壁にもたれる。
雪花が目を覚まさなかった為に、彼は寝不足気味なのだ。
ドラゴンとその足に座っている黒髪の魔女を、不思議な気分で見ているうちに眠り込んでしまった。
「ドラゴンの巣で眠るなんて、ずいぶんと肝が太いわ」
雪花の声を聞いた王子は半分覚醒したが、まだ、ゆめうつつの状態を彷徨っていた。
彼女は王子の隣に座って彼の手を取った。
「やっぱり、この指輪は抜けないみたい。いいわ。抜けないなら一生はめとく」
王子は雪花をボンヤリ見つめた。
「一生? 俺の側にいてくれるのか?」
雪花はキョトンと王子を見る。
「起きてたの? まだ眠そうだけど」
「眠い。で、一生、側にいてくれるのか?」
彼女は面白そうに笑う。
「そうするしかないじゃない?」
「今のままなら、俺の代わりに傷を負う。下手したら死ぬぞ?」
「心配いらない。あなたが、あたしの主だわ。命に代えても守る」
目を瞬いた王子が喉の奥で笑った。
「分かった。お前のことは俺が守る。一生そばに居てくれ」
「いいわ」
「……妃として」
彼女は一瞬黙った。黙ったと思ったら、みるみる真っ赤になってゆく。
その上気した顔で微笑んだ。
「………いいわ」
どんな花より綺麗に見えた。
王子は彼女の首に手をやり、優しく引っ張った。
指輪越しではない、彼女が逃げていかない、ゆっくりとした口付けは、想像を超えていた。全身が甘く疼いて、唇を離しても彼女の吐息に体が痺れるようだ。
彼は、はっきりと覚醒した。
雪花の体を抱いて立ち上がると、そのままヒョイと肩に担ぐ。
「お、王子?」
「俺の名は琥珀だ。ドラゴン! 今夜泊めてくれ!」
「ちょ、降ろして、降ろしてってば! こ、琥珀!」
「嫌だ。降ろさない。ドラゴン! 奥を借りるからな、誰も通すなよ!」
雪花が真っ赤になって抗議する。
「何考えてんのよ! そういうのは、ちゃんと婚姻してからで」
「却下だ」
「こ、琥珀!」
「俺がどんだけ我慢したと思ってんだ」
一瞬黙る雪花は、王子がそのまま踵を返して横穴に入って行くので焦る。
「お、お願い。あたしにも、心の準備が——」
ドラゴンは半分閉じた瞼をシッカリ閉めて、前足に顎を乗せて眠りに落ちる。
——夜は、まだ長い。




