森4 ボンクラ王子1
雪花だって旅慣れているわけじゃない。
だが、王子はダメ過ぎだと思う。
彼は木の根につまずいて盛大に転び、その場に伸びた。
「これで何度目なの? その度に青タンができるのも、あちこち痛むのもあたしなのに」
彼女は大きく溜息をついて足を止め、王子の側にしゃがみ込む。
「ボンクラ。あんたを連れてたら一生かかっても森を抜けられない気がしてきた」
「……ごめん」
王子は情けなく笑って、雪花が差し出した手を掴んで立ち上がる。
「まあ、ご貴族様には辛いわよね。いい、少し休もう」
「………それもあるけど、雪花。この大荷物は何だ?」
そう。実は王子の背に大きな袋が括りつけられている。
お陰でバランスが取り難くなっているのだ。
「長旅には荷物が付き物じゃない。それに、森を抜けたら町があるのよ。集めた薬草を売っぱらう良い機会だし、お金があれば、宿にも泊まれる。食糧も手に入れられるんだから」
「……まあ、そうだけどな」
荷物を降ろして、ホッと息を吐く王子をチラッと見た。
「買い手がつくなら、ボンクラも売っぱらいたいくらい」
あ、また口に出てしまった。
王子がしょっぱい顔になって雪花を見ている。
気をつけようと思っても、呪いで口に出てしまう。
それなら、せめて聞こえないように口の中で小さく言おうと思っていたのに。
呼び名だって、本当はちゃんと名前を呼ぶべきだと分かっているのだが。
「ボンクラ」
ついそう呼んでしまう。
「あなた、足は大丈夫なの? 豆ができたら潰れる前に言ってよ。あたし、少しなら回復魔法も使えるし」
王子は微笑んで答えた。
「ありがとう。雪花は優しいな」
「いいのよ。あなたの豆が潰れて痛いのはあたしだしね」
彼はシュンと肩を落とした。
この王子……どこか凄く胡散臭いと思う。
王族のくせに素直すぎだし、威張らないし。
彼女の思うご貴族様のイメージから遠すぎる。
「本当に王子なのかな?」
「ああ。王子だ」
「…………独り言に返事しないで」
雪花は大きな溜息をついた。
「なんでこんな事になっちゃったんだろ」
「せめて、聞いてから指輪を抜いて欲しかったな」
「だから!独り言に返事しないで!」
「……ごめん」
王子を睨むと、雪花は二つのカップに魔法で湯を注ぎ、小袋から茶葉を出して入れた。
「湯が出せるなんて凄いな」
「こんなの、序の口の生活魔法じゃない」
「俺にはできない」
「……ボンクラは魔法使いじゃないでしょ」
「そうだな。それでも、凄いと思う」
そう褒められれば悪い気はしない。
ポケットから、干し葡萄を出してボンクラ王子にも分けてやった。
嬉しそうに受け取る姿が、なんとも素直で笑える。
いっそ、愛らしい。
「……あなたって犬みたいね」
ハッと口を塞ぐと、王子はヘラッと笑った。
「親しい人間には、よくそう言われる。犬は好きだから良いけどな」
気位の高い輩なら怒り出すだろうに。
この朗らかさは育ちの良さなんだろうか……。
「ねえ、ボンクラは何で森にいたの? 王太子が一人でうろつく様な所じゃないでしょ?」
「逃げて来たというか、追い出された」
「え? 城をってこと?」
王子は何でもない顔で、美味しそうに干し葡萄を噛む。
「よくある後継者問題ってやつだ。出来の良い弟を王太子にしたい人間もいるからな。暗殺されかかって、しばらく消えてろって言われた」
「消えてろって……あなた、そのまま消されるんじゃない? 存在ごと」
「あぁ。可能性はあるな」
雪花は苦い顔でノホホンとした王子を見た。
「まあ、気持ちだけは分かるけど。王の器には見えないし」
「だな。俺も向いてないと思う。けど、黒曜も嫌がってるしな。ああ、黒曜は弟。いい奴なんだ。頭もいいし、剣も得意で顔もいい。あいつが、やるって言ってくれれば苦労しないんだけどな」
王子は、またヘラッと笑った。