表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
38/46

火炎の町3 あと一歩

 王子は男湯を出ると、雪花を持ちながら廊下で外を見ていた。

 ふいに彼女に抱きしめられた気がして狼狽えた。

 辺りを見回しても雪花はいない。


 一瞬の事だったから、本当にそうだったのか分からない。

 ふっと息を吸って、また外を見る。

 月が明るい夜だった。


 相変わらず、どうやって彼女に切り出せばいいのか分からない。


 彼が求婚するということは、王太子妃になってくれということだ。

 のちには、王妃となることを意味している。

 その地位は彼女を縛る事になるだろう。


 ——できるなら、俺だって投げ出したいのに。


 背負わせる荷が重すぎて、身動きができない。


「俺には向いてないんだよなぁ」

「何が向いてないの?」


 独り言のつもりに返事が返ってきて、驚いて振り向くと、湯上りの雪花が彼を見つめていた。

 ほんのりピンクに染まった彼女は、やっぱり綺麗だった。


 王子は眉を下げて気弱に笑って見せた。

「……俺は王に向いてないよなって」

「そんなことないでしょ?」


 雪花からは思っていなかった言葉が出てきた。

「あなたは自分で思っているより王に向くわ。指示も出せるし、人に任せることも知ってる。人の気持ちも考えられるし、何より誠実であろうと思ってる」


 彼女は華奢な手で王子の頰に触れて微笑んだ。

「あなたは、いい王になるわ」


 濡れた黒髪がいつもより黒さを増していて、髪は淡く染まった肌を際立たせ、彼女の表情を魅惑的に見せる。

 まっすぐ彼を見つめる瞳は月明かりを受けて煌めき、謎めいて見えた。


 膝をついた銀の気持ちも、膝をつくと言った水仙の気持ちも分かった。

 彼女は断ると言うだろうがーー。

 許されるなら自分も膝をついて、命を尽くしてあなたを守ると言いたかった。

 だが、それは立場が許さない。


 彼は目を瞑って大きく息を吐いた。


「銀が羨ましい」

「え? なんで?」

「彼は君の騎士だろ」

「勝手にそうなったみたいだけど、違うわ。彼は友達よ」


 王子が静かな目で雪花を見つめた。


「俺は?」


「あなたは……」


 雪花は目を逸らしてから言った。

「王太子でしょ?」


 彼が傷ついたような目で雪花を見るのが分かった。

 彼女はどうしていいか分からなくなった。


 そのまま小さくため息をついた王子は、気弱に笑って言った。

「明日の朝、部屋まで迎えに行く」


 背中を向けて行ってしまう王子を見ながら、雪花は唇を噛んでいた。

 行かないで、一緒に居て欲しい。そう言うことができなかった。

 彼女は少し泣きそうになる。


 ——思った事が、なんでも口に出る呪い、抑えないでおけば良かったな。


               ☆


 王子は部屋に戻って溜息をついてから、頭を抱えてしゃがみ込む。

「だぁあぁ——どうしろって言うんだよ」

 そのまま胡座をかいて、頭を垂れて、しばらく落ち込んだ。


 自分が王太子なことは否定しない。

 だが、そんな事を聞いたんじゃない。


 もう寝てしまおうと乱暴に服を脱ごうとして、雪花に貰った物だった事に気づく。静かに脱いで椅子に掛ける。下着になって布団に潜り込んだ。


 物入れの上に置かれたランプの灯りを絞る。

 天井に炎の揺らめきが影を踊らせていた。


 眠れない。

 布団の上に腕を出し、指を折って数える。

 水仙と話してから、すでに二日たった。

 早ければ、あと二日、遅くても三日で城から迎えが来てしまう。


 今のままなら、彼女をあの状態のまま連れて帰ることになる。

 離れるわけにはいかないから——。


 けれど、城に戻れば今までのようには行かない。

 周りは琥珀へかしづくように彼女へ強要するだろう。


 指輪が左手の薬指にはまっていれば——状況は全く変わる。

 周りが彼女へかしづくだろう。


 どちらも、彼女の望む状況ではないだろう。

 それでも——王太子妃になる女性として城に行く方がいくらかマシだ。


 彼女の為にも求婚しなければいけない。

 そう——思っているのに。


 銀は、ああ、言ったが。

 自分が男として選ばれている自信が全く持てない。


 確かに雪花は琥珀の指輪をはめる事ができた。

 弾かれることなく、吸い付くようにシッカリとはまっている。


 だが——もし、拒絶されたら?

 自分にはどうする事もできない。

 己の意気地のなさに暴れ出したい気分になった。


 その時、ふわりと唇に触れる甘い息を感じた。

 体が強張る。

 滑らかで、柔らかな感触が彼の唇を覆う。

 思考が停止するような、甘い誘いが体を通り抜けてゆく。


 彼は起き上がって自分の唇に触れた。

 クックククと喉の奥から笑いが込み上げてくる。

 雪花の悪戯そうな顔が浮かんできた。


「まったく、敵わないな」


 砕けたら、砕けたか——。


「おやすみ。雪花」

 王子はランプを消して布団を被った。


                ☆


 雪花は借りた部屋に戻って、大きく溜息をつく。

 ランプを物入れの上に置くと、揺らめく炎が部屋に影を踊らせた。


 服を脱いで荷物の上にたたんでおく。ピンクのショールも丁寧にたたむ。

 下着になってベッドの上に胡座をかいた。


 右手の指輪をジッと見つめる。

 炎を受けてキラキラと煌めいていた。


 引き込まれるような気持ちになる。

 彼を見ている時と同じだ。


 あの強い光を持った圧倒的な目は、逸らすことを許さない力がある。

 あの人のそばに居たい。


 また、ポロポロと涙が溢れてきた。


 ドワーフのお祖父さんが、指輪は一生抜けないって言った時に、心のどこかでホッとした。

 指輪があれば側に居られると、そう思ったからだ。


 大きく息を吸い込んで、雪花は自分の目の前に琥珀石の指輪をかざす。


 自分が膝をついて、忠誠を誓ったら王子はどうするだろう。

 受け入れてくれるのだろうか。

 彼を守れるなら、命もいらないと言ったら……。


 ——重いわよね。


 彼女は、ふわっと笑った。


 ——いいわ。


 承諾なんか必要ないんだった。

 邪魔だって言われたら、言われてから考えればいい。

 何か守り方があるわ。


 ——あたしは、魔女だもの。


「銀様。あなたはあたしに大切な事を教えてくれたわ」


 そうしたいからそうするのよね。

 彼女は口元に蠱惑的な笑みを浮かべ、琥珀の指輪にゆっくりキスをした。


「おやすみ、琥珀」


 ランプの灯りを絞って、布団に潜り込んだ。


























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ