火炎の町1 妖精の輪
王子は惚けたまま椅子に座っていた。
「何をボウッとしているの?」
ハッとして顔を上げると、雪花が不思議そうに覗き込んでいた。
王子は彼女の黒い瞳をまともに見る。
その瞳にボンヤリした自分の顔が映っていた。
「………いや。考え事を」
「考え事? 面倒な事なの?」
王子は眉を下げて、気弱に笑った。
「考えていたんだけど、何を考えていたか忘れた」
「さすが、ボンクラね」
「あぁ。ボンクラ過ぎだ」
雪花が目を瞬かせた。
「どうしたの? なんか、変だけど。大丈夫?」
王子は少しボンヤリしたまま頷く。
「雪花はどうしたんだ?」
「どうしたって、迎えに来たのよ。いつまでもサロンに来ないから」
まるで眠りから覚めた時のように、彼は辺りを見回した。
「ごめん。支度は済んでるんだ。行こう」
荷物を背負う王子を、雪花が首を傾げて見た。
——なんか。やっぱり変。
彼女は王子の前に回り込んで背伸びする。
小さい手が王子に伸びて首をひっぱり、空いた手が額に触れる。
「雪花?」
「熱はないね。ボンヤリしてるし、目が潤んでるから発熱したかと思った」
王子は彼女の白い顔を見る。
頬に赤みは少なく、大きなアーモンド型で黒目がちの目、形のいい眉、花弁のように紅い唇。今は少し心配そうに、軽く眉を寄せている。
気づけば手を伸ばして、彼女の髪に触れていた。
雪花の髪から彼女が好んで使う薬草の香りがする。
胸の内に暖かいモノが灯る。
王子は微笑んで言った。
「大丈夫だ。何ともないよ。行こう」
☆
水仙のかざした手の平から淡い光を編んだかのような輪が生まれ、次第に大きく広がってゆく。
「妖精の輪です。所々に仕掛けてあります。妖精族ならば輪を広げて移動することが可能なのです」
雪花が好奇心に目をキラキラさせている。
「すごいね。初めて見たわ。お爺ちゃんの魔法書には載っていたんだけど、魔法とは違うって書いてあった」
「そうですね。魔法というより、もっと血脈による能力だと理解しています」
「今度、もっとよく見せて欲しいな」
「雪花様の希望せあれば、喜んで何度でもお見せしましょう」
微笑む水仙は雪花の頰に手をやった。
「本当に気をつけて。黒曜様のお話では、すでに琥珀様を狙う刺客はいないはずなのですが」
銀も王子を見つめて言う。
「残党がいないとも限らない。雪花をくれぐれもよろしく」
王子は静かに頷いただけだが——。
雪花が片眉を上げて目を細め、妖精の姉弟を見た。
「二人とも少しあたしを侮りすぎよね? これでも王子に上級魔法使いだって言われてるんだから。面倒を見るのは王子じゃなくて、あたしの方だと思うんだけど」
水仙が、うふふ、と、小さく声を上げて笑った。
男二人はその様子をギョッとして見る。
銀が呆気に取られた声で言った。
「……姉さん。声を出して笑えたんですね」
彼女は銀を軽く睨んでから、雪花に向き直ると微笑んで言った。
「では雪花様。琥珀様を頼みます。この方は我が主の兄であり、次期王でも在らせられます」
「任せて、この人には傷一つ負わせない。あたしは、もう怪我するのは嫌だし」
「では、お二人とも、くれぐれも気をつけて。この向こうは、もう火炎町の入り口ですので」
「ありがとう。二人とも、お世話になりました」
妖精の姉と弟は、名残惜しむように雪花と琥珀を見る。
「雪花。危なくなったら、いや、その前に、必ず僕の名を呼んで」
「私たちは、いつでもお二人方をお待ちしています。必ずまたおいで下さい」
雪花が王子の手を握った。
王子が小さく笑って頷く。
水仙に促され、彼女と王子は光の輪をくぐった。
あっという間の出来事だった。
輪を抜けた瞬間に当たりが光に包まれたと思ったら、二人は火炎の町へ続く道の横に出ていた。
妖精の輪は二人の背後ですぐに小さくなって消えた。
雪花が目を瞬かせる。
「なかなか出来ない体験だった。妖精の輪をくぐったのは初めて」
「ああ、俺も初めてくぐった」
彼女は自分が握っている王子の手に気づくと、ビックリしたように離した。
少し頰が赤みを増していた。
王子は軽く微笑んでから、もう一度、彼女の手を握り直す。
「行こうか。まずは肉だろ?」
「そうよね。お肉!」
雪花の満面の笑みを見て、王子はククッと喉の奥で笑った。
ムッとした顔で彼を見上げた雪花だが、今はお肉が優先らしい。
「早く行こう!」
彼の手を引っ張って火炎の町へと歩き出す。
火炎の町はルシア国第二の大きさを誇るだけあり、多くの人で賑わっている。
町には人だけでなく、ドワーフ達も大勢働いていた。
ドワーフは人間より背は低いが、体躯はガッシリと逞しく、少し毛深いのですぐ分かる。
雪花はキョロキョロと辺りを見回しながら歩くので、王子が手を握っていないと迷子になってしまいそうだった。
「雪花。ちゃんと前を見ないと人にぶつかる」
「あ、ごめん。ねえ、見て、キャンディだけを作ってるお店があるのね。あれってケバブっていうんでしょ? 異国の食べ物よね? へぇ、楽器も売ってるのね」
「雪花」
「あ、ごめん」
おもちゃ屋に来た子供のようだ。
王子は笑いを堪えながら彼女の手を引く。
「あ! 揚げパン売ってる!」
雪花が立ち止まって、王子を物欲しげに見上げる。
「揚げパンがいいのか?」
「そうね。一番最初の買い物は揚げパンにしよう?」
二人は屋台の揚げパンを買って、座れる所を探した。




